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復活の日

次回でラストになります。

 王城・アウズンブラ、その地下に位置する禁域。巨大なホール状の空間に、茨で捕らえられたバルドル達は移動させられていた。


「あと少しか、いよいよだな」


 ガランガランと音を立てて、結晶にされた人々が無造作に床へと落とされる。ホールの床は天井から放たれる眩しいほどの蒼白い光で照らされているが、真円ではなく僅かに欠けているようだ。まるで夜空に浮かぶ月を切り取ったような荘厳な光景に見えた。

 そんな光の中心には、石の台座に横たえられたフレイヤの亡骸が安置され、その傍らでロプトは何かを待っているようだった。


 (く……動け、ない……!こんな茨程度で…何故だ……!?)


 バルドルは茨に絡めとられた身体を何とか動かそうとするが、全くと言っていい程に拘束を解けない。骨にまで届こうかという茨が持つ棘の痛みと、流れ出す血の温かさが全身で感じられる。だが、冷静になって考えてみれば、バルドルはそこに違和感を覚えていた。身動ぎ一つできないはずの状態で、何故この茨は食い込み続けているのだろうか?最初は、何とかこの茨を振りほどく為に身体を動かそうとして、茨が余計に食い込んでいったのだが今は違う。バルドルは全く、指一本も微かにすら身体を動かせていないのだ。

 にもかかわらず、茨はまるで意思を持っているかのように食い込み続けている。その違いがどうしても、納得いかないのである。


 もちろんこれはロプトが、いやウートガルザ・ロキが呼び出し操っている魔性の茨だ。自らの意志を持ってバルドル達を拘束しているとしても不思議ではない。だが、本当にそうなのか?もしそこに()()()()()()()()()()()()()()()()()?付け入る隙があるのではないか?とバルドルはそう思った。

 それはあまりに都合のいい望みかもしれない。しかし、どこかで間違っていないような、あやふやな確信がバルドルの中に芽生え始めていた。

 

「それにしても、よもやこのアウズンブラを人間共が自らの城として使っているとはな。元よりここは我ら巨人族の居城だが、これほど俺に都合のよい未来が待っているとは思わなんだぞ。人間共というのはどこまでも我らに味方してくれる、貴重な生物であったなぁ」


 感慨深げに、ロプトは一人呟いている。それは単なる独り言なのか、或いは、フレイヤに聞かせようとしているのかは解らない。ただ一つ言えることは、ロプトは勝利を確信し、己の念願が成就することを少しも疑っていないということだ。そうして遂に、その時が訪れた。


「……満月だ。空に浮かぶ蒼白の(ぎょく)が最も高く、美しく輝くこの瞬間こそ、俺が待ち望んだもの……女神の誕生だ!」


 床を照らす眩い光が真円を描き、ホール全体が月の光に包まれる。本来、地下であるこの禁域には、月の光が届く事などあり得ない。しかし、巨人族が建てたこのアウズンブラには一つの秘密があった。それは満月のほんの一時だけ、月の光を集めて禁域を照らし、禁域そのものを一つの祭祀場へと変える造りになっているというものだ。

 この禁域こそは、かつて巨人族が所有していた頃から、様々な彼らの儀式に使われていた場所なのである。


 照らし出す月の光は、満月の光が直接当たっているのではなく、それを城の建材として使われている白竜陶石が吸収し束ねているものだ。虫眼鏡で陽光を集めて火を起こすかの如く、集中した月の光は真昼のように禁域全体を照らしていた。地下だけあって寒々しかった禁域の温度も少しずつ上がり始めているのか、その中央に置かれたフレイヤの亡骸は、ほんのりと熱を帯び始めていた。


「時は満ちた!さぁ、出てくるがいいフレイヤよ!」


 赤い指輪を高く掲げ、ロプトが叫ぶ。しかし、指輪に変化はなく、ただ静まり返っているだけだ。ロプトは鼻を鳴らし、勝ち誇る自分の邪魔をするフレイヤを睨みつけた。


「ふん!お前が指輪の中にいれば俺の願いが達成できないと思っているのか?姑息な真似をする。……だが、そんな事をしても無駄だ。お前は俺に逆らえないんだよ、フレイヤ。何故なら、お前の肉体は俺の手の内にあるのだからな!」


 そう言うと、ロプトは指輪を持っているのとは反対の手を、フレイヤの遺体にかざした。そこから静電気のような小さな雷が発生して、遺体に落ちる。すると、指輪の中からだろう、悲痛な叫び声が禁域に響いた。


 ――ああ!?ああああああっ!


「フハハハッ!痛いか?針で刺された程にも足らぬ刺激であっても、剥き出しの魂であるお前には、生身の肉体にかかる衝撃は凄まじいものだろう。お前の死体が何故八十年もの間、朽ちる事なく残っていると思う?それは俺がこうして魔力を使って繋ぎ止め、維持してやっているからだ。お前は確かに死んでいるが、肉体との縁は繋がったままなのさ。お前を女神にする為には、肉体も不可欠なのでな」


 そう言うと、ロプトはおもむろにフレイヤの胸にある大きな傷へ手をかざす。そして、何事かの呪文を唱えると、遺体の傷は瞬く間に癒えて消えた。


「人や神族が正真正銘の神として生まれる為には、それ信じ敬う者達の信仰とそれを支える神話が必要不可欠だ。今いる人間共は皆殺しにしてやるつもりだが、その後で、この星を新たに支配する種族は俺がこしらえてやる。そいつらの信仰をお前が一身に集めることで、お前は真の神として生まれ変わるのだ。……()()()()()()()()()()、これこそ神に相応しい神話の幕開けだと思わないか?フレイヤ。そして俺が、新たな女神となるお前の夫として、天界に至る神の座を得るのだ!」


 人が死を乗り越え、蘇る。それは古今東西あらゆる神話の中で、もっともポピュラーで有名な神話のエピソードだ。何故なら、人間は決して死から蘇る事など出来ないのだから。それが出来るのは紛れもなく、神と呼ぶべき存在だけである。そしてそれは、巨人族の王たるウートガルザ・ロキであっても同じ事だった。

 いかに人や神族と比べても頑強で、強靭な生命を持つ巨人族であっても、完全に絶命してしまえば、そこから復活することなどあり得ない。ウートガルザ・ロキが現代まで永らえているのは、死ぬ前に己の命と魂を人間の中に逃げ延びさせていたからに他ならない。だからこそ、彼は今、巨人族ではなく人として生きている。

 

 ウートガルザ・ロキはそれを誰よりもよく理解していた。そんな中、己が神に至る道を模索し、必死に思考する中で考えついたのが、神の伴侶となることだった。


 神という存在は、他者からの信仰心を集めなくてはならない。彼らの力の源は、その信じ敬う心の願いだからだ。故に、神々は神話という己の偉業をアピールする物語を持ち、それが広く伝播されることを望む。一人でも多くの信者を集め、その思いを束ねて自らの力と地位を確立するのが天界における神なのだ。

 人々を苦しめる悪を倒した英雄が神格化されるように。または多くの人間を助け、導いた指導者が神格化されるように。何かが神として生まれ、認められるには神話の核となるモノが必要なのである。

 

 だが、ウートガルザ・ロキにはそれがない。仮にもしも、たった一人生き残った巨人族の王と名乗った所で、人間からの信仰心など集める事は出来ないだろうし、打ち倒して英雄となるほどの敵はこの世界に存在しない。世界中の魔獣を滅ぼして回れば可能性はあるだろうが、それは非現実的だし、何より神となるほど崇められるかは解らない。

 そこで彼は、まず自分ではない他者を神とし、その伴侶となる事を思いついた。これならば、自分が死ぬ必要もなければリスクもないだろう。多少の時間はかかるだろうが、それはリスクと呼ぶほどのものではない。時間など、人間の血の中で魂を眠らせていれば済む話なのだから。

 

 そうして、迂遠過ぎる計画は幕を開けた。神の伴侶となるものは、即ちその神と同じ信仰の対象となり得るものだ。ましてや、彼は現行の人類を抹殺し、自らに都合のよい種族を作り出そうと画策している。それだけのものが積み重なれば、彼が神になるのは難しいことではないだろう。


 ロプトは指輪を再び高く掲げ、月の光に晒した。眩い月光が指輪に嵌め込まれた宝石に集中すると、少しの間があった後、そこからフレイヤの魂がゆっくりと抜け出てくる。その首をがっちりと掴み、ロプトはフレイヤの魂を肉体に押し込めた。そして、贄と称して集められた者達に近づくと、腰に佩いていた剣を抜き、その刃を向けた。


「さぁ、コイツらの命をお前に捧げよう。さすればお前はたった今から月を支配する巨人族の女神、アングルボザとして生まれ変わる!新たな神格と命を持って蘇るがいい!」


 まず最初に、結晶化されていた者達が術を解かれ、生身へと戻る。そして、まだ意識の戻っていない彼らの首へ、ロプトは次々に剣を突き刺した。床に流れ落ちた大量の血は、生きているかのようにフレイヤの遺体が寝かされている台座へと流れこみ、力となってフレイヤの身体に流し込まれていく。そうして、残ったバルドル達の茨へと凶刃が届こうとした時だった。


「これで終わりだ。バルドルよ、光栄に思うがいい。お前の血と命で、お前が愛したフレイヤの魂は変わるのだ!死ねぇっ!」

 

 ――や、止めて……!バル……!う、あぁ、ああああああああっ!


「フレイヤ……!泣くな!俺は、お前を助ける為に……っ!」


「な、なんだ…?!」


 バルドルの背中から翼が現れ、茨を打ち破る。魔力で作り上げた魔装義肢(プロテーゼ)の翼は四枚二対に増え、いくつもの羽根が舞い散った。それらが床に落ちるよりも速くバルドルは飛び、輝く光の中でバルドルはフレイヤの身体を抱き締めていた。

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