決戦の幕間
魔女って便利ですね。
「見ろ!大蛇が倒れていくぞ!」
「すげぇ!エッダ騎士団がやってくれたのか!?」
「俺は見たぞ!あの大蛇の頭に流れ星みたいな光が落ちたのを!」
「おおおおっ!光の騎士侯爵様、バンザーイ!」
王都の外から事態を見守っていた市民達から歓声が上がる。それはまさに拍手喝采といった様子で、ヨルムンガンドや魔獣に怯えていた人々の心を前向きに震わせてくれたようだ。中にはバルドルの事を知る貴族達も含まれており、彼らによって光の騎士侯爵というバルドルの異名が叫ばれ、それは一般の市民達にまで伝播していった。
「これ、団長が聞いたら卒倒するかもな。……へへっ!面白ぇ、英雄詩でも作ってみるか」
ブラギはニヤニヤと笑いながら、その構想を練り始めた。ブラギはバルドルの事を決して嫌ってはいないが、彼をからかうのは大好きである。かねてからバルドルのことを、もう少し民衆に慕われて報われるべきだと考えているブラギは、これ幸いとバルドルの名声を高める為に彼を称える詩を作り始めた。元が吟遊詩人であったブラギにとって、そんな事は造作もない。むしろ、得意中の得意と言ってもいいだろう。
市民達を王都の外に連れ出しても、まだ五番隊の仕事は終わりではない。今度は身を守る術のない彼らを守る必要があるのだ。王都の外は比較的安全とはいえ、野生の獣や小型のモンスターなどはいるし、場合によってはまだ王城から敵が出てくる可能性もある。予備役隊だけで十万の市民を守り切る事は不可能なので、バルドルの命令が無い限り、ここから動く事は出来ない。その鬱憤を晴らす意味も込めて、バルドルを褒め殺してからかってやろうとしているのだった。
「おおーい!こっちだ!ベーオウルフ隊長が見つかったぞ!」
そう叫んでいるのは、二番隊の騎士達である。ヨルムンガンドに隙を作る為に、敢えてミスをしたフリをして飲み込まれたベーオウルフは、倒れたヨルムンガンドの口の中から這い出してきた。どうやら、先に飲まれた部下達の遺体を引っ張り上げようとしていたらしいが、先にそこまで奥へは行けなかったようだ。息も絶え絶えに救助された彼は、悔しさを表情に滲ませていた。
「ベーオウルフ、ありがとう。お陰でチャンスをものに出来たよ。だが、その状態ではこれ以上戦うのは無理だ、二番隊の生存者達と、一緒に王都の外へ避難してくれ」
「く、そ……情けねぇ、こんな、程度で……」
「いやいや、この程度って君、身体のあちこちが溶けかけてケロイドになってるんだぞ?見るからに重傷だというのに、どういう神経してるんだか……治癒術をかけておくから安静にしているんだね」
ヨルムンガンドの身体は、胃まで到達しなくても消化液が出ていたらしい。スカディの見立て通り、ベーオウルフの身体はあちこちが火傷に似た傷を負っていた。スカディの治癒魔術は優秀だが、この状態で戦闘が続行できるはずもない。それは本人もよく解っているのか、バルドルの指示に逆らう事はせず、ただ悔しいと嘆くばかりである。
ヨルムンガンドとの戦いで、一番と二番隊はどちらも半数弱の隊員達が損耗していた。このまま戦闘続行できないとは言わないが、二番隊は隊長であるベーオウルフが戦線離脱するほどの怪我である。ならば、二番隊そのものを引き下げるべきだろう。
「団長、俺らはどうします?まだ戦えるっスよ」
「ウルか。よし、一番の生き残りは四番隊と共に陣を張って王城から魔獣などが出てきたらそれに当たれ。テュール、この場の指揮を任せるぞ。城内に入るのは俺とヴァーリ、ウルとスカディの四人だけでいい」
「そんな少人数でよいのか?儂ら四番隊はほぼ健在じゃぞ」
「だからこそだ。俺達は少数で城内に入り、敵の首魁……ロプトを探して叩く。奴をどうにかしなければ、この戦いは終わらないだろうからな。それに、もうないとは思うが、またヨルムンガンドのような大物の敵が出てきた時の事を考えたら、少しでも戦力を多く残しておいた方がいいだろう。だが、テュール。あまりに危険な敵が出てきた時は、無理に戦わず速やかに撤退しろ。いいな?」
「……解ったわい」
テュールはベーオウルフに負けない脳筋タイプではあるが、長年の経験から引き際と敵の力を正確に見定める眼を持っている。部下を無駄な危険に晒すような、無謀な戦いはしないだろう。何より、外に数を多く残していくのは、王都の外には五番隊が控えているからである。ブラギの魔曲は人間を鼓舞して操る事だけでなく、曲を聞いた者達の力を高めて引き出すのが最大の利点だ。言わば、彼らはエッダ騎士団全体の支援を最も得意とする部隊なのだ。
そんな彼らがいるのだから、人数は多い方が圧倒的に有利だろう。バルドルの采配は、それを見越したものであった。
少し時間を置いて、四人は王城の中へと入っていく。しばらく進んだが、城内は不自然なほど静まり返っていて、人はおろか魔獣の気配すら感じられなかった。また、至る所に血痕や戦闘の痕跡が見受けられるものの、戦ったであろう人や魔獣の死体すら一つも残っていない。何が起こったのか想像もつかないことだが、その静けさが緊張感と不気味さを醸し出しているようだった。
「クソ、父上達はどこへ行っちまったんだ?まさか、魔獣にやられちまったんじゃ……」
「いや、流石にオーディ様が魔獣如きに後れを取るとは思えん。きっとどこかに隠れてやり過ごしているんだと思うが」
「人探しなら得意だよ。魔術で探してみようか?」
「そんな事が出来るのか?!頼む!やってくれ」
「承った。んー……それっ」
スカディがくるんと杖を振ると、キラリと光る小さな光の玉が現れてフワフワと漂い始めた。それが何なのかさっぱり解らないバルドル達はポカンとした様子で見つめている。すると、しばらく光を見ていたスカディが顔をしかめてみせた。
「……残念だけど、この城の中に生きた人間の気配がないと言っている。この子はそういうものを探すのに敏感でね。間違いが全くないとは言わないが…その可能性は低いだろう」
「そ、そんなバカな!?父上が……」
「あの、スカディちゃん、それって何なんスか……?イキモノ?」
「ああ、これはね、私の魔力で作った使い魔さ。周辺の探知に特化していて、人間の気配くらいなら簡単に探し出せるんだよ。私は魔女だからね、使い魔くらいは持っていないと格好がつかないだろう?」
魔女に詳しくないバルドルには、使い魔というものの存在も理解の外なのだが、話を聞く限りでは探索には自信があるようだ。となると、やはりオーディ達はやられてしまったのだろうか?だが、そこで一つ新たな疑問が浮かぶ。
「……ちょっと待ってくれ。となると、ロプトもここにはいないということか?じゃあ、奴は一体どこに」
「俺ならここにいるぞ、バルドル」
突然声がして、バルドル達はその声が聞こえた方へ視線を向けた。そこには、怪しい笑みを浮かべた男が立ちバルドル達を見据えていた。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




