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王都、燃ゆ

だいぶバランスブレイカーな五番隊です。

 オーディとローズルが物言わぬ結晶の彫像に変えられてしまったその頃。バルドル率いるエッダ騎士団は、王都に到着してすぐに散開し、魔獣の掃討作戦を行っていた。


「一番隊五番隊は市民の避難誘導と護衛を優先させろ!二番隊四番隊は東西に分かれて王都中の敵対勢力排除を、予備役は打ち漏らしを叩く…俺に続け!」


「了解っ!」


 王城から飛び出してきた魔獣の数はそれなりの数であった。ただ、内部でオーディやローズルが奮戦した事と、多少なりとも近衛兵団が戦っていた為に当初予想していたよりも民間への被害は大きくない。その為、まずバルドルは守りに長けて気が利く一番隊と五番隊を市民救助に振り分けた。一番隊はウルを始めとして、弓や魔法を駆使した遠距離戦が主体の部隊である。また五番隊のブラギは魔笛などの魔導楽器を使い、味方の身体能力を底上げしたり、体力の自然回復力を上げるといった芸当を得意とする。その上、魔導楽器のほとんどはどれも重量のある打撃武器としても扱えるので、前衛もこなせるのが特徴だ。


 そして、掃討作戦の要となるのは脳筋主体の二番隊と四番隊である。どちらも攻撃に特化した前のめりな部隊である為、不得意な市民の防衛に回すよりは攻め手に使った方がよい。前述の通り、王都は貴族区、商業区、一般区、公設区の四ブロックに分かれているが、基本的に人が住んでいるのは貴族街と呼ばれる貴族区と、庶民が住む一般区である。

 王城を中心に、王都の北西部分が貴族区、南東部分が一般区で、あとは北東が商業区、南西が公設区という分け方だ。何故こういう分け方になっているのかは定かではないのだが避難所がいくつか設定されている公設区と、貴族区一般区が隣り合っているのはありがたい。左右両側からローラー作戦で魔獣を倒していき、打ち漏らしがいればバルドルと訓練中の予備役部隊が念入りに潰していく…そういう作戦である。


 初めは想定していた通りに作戦が進んでいた。魔獣達の群れは確かに脅威ではあったが、建物の多い王都では群れを成して行動するには不向きである。仮に魔獣達にとっては建物を破壊して進む事が簡単でも、それでは居場所が丸わかりだ。隠れている魔獣をいちいち探す手間が省ける分、脳筋な二番隊と四番隊ならばかえってスムーズに殲滅出来るだろう。

 バルドル達が王都に到着したのは夕方前だったが、陽が落ちる頃には王都のほぼ全域で掃討が完了していた。


「団長、魔獣の殲滅はもうすぐ終わりそうですが、公設区の避難場所が満杯です。避難場所だけでなく全ての公的施設まで解放していますが、ああすし詰めでは長くは持たないかと」


「本来なら、王城が一番の受け皿になるはずだからな……その王城から敵が出てくるんじゃあどうしようもねーか」


「ふむ……」

 

 ヴァーリはそう呟いて、未だ散発的に魔獣が飛び出してくる城門を見つめていた。やはり、根本的な原因を取り除かなければ意味がないのだ。バルドルが王城内部へと突入する部隊をどうするか思案している、その時だった。


「ん……?おい、誰か王城から出てきたぞ。人……か?」


 城門を見張っていた騎士の一人が、それに気付いた。城の中から現れゆらりと幽鬼のように歩くそれは、ゆっくりとした動きで、かつどこか不気味な雰囲気を漂わせている。生存者のように見えるのに疑問符がついているのは、その動きがあまりに人のそれとはかけ離れて見えたからだった。


「あの服……ヘズ王子じゃねーか?でも、何か様子が……」


「何だ?この胸騒ぎは……皆近づくな!警戒しろ!」


 バルドルがそう命じた途端、ヘズ王子の身体が激しく震え始めていた。まるで、押し込めていた何かが中から溢れ出すかのような、奇怪な動きだ。およそ人の動きとは思えないそれが数十秒続いた後、信じられない事が起こった。


「ヴ、ヴヴヴ……ヴァァァァァッ!!!」


「お、おいおい……なんだってんだよ?!ありゃあ!」


 ヴァーリが慌てるのも無理はない。震え続けるヘズ王子の身体から大量の血液が噴き出したかと思うと、今度は割れた皮膚の下から、ボコボコと肉の塊が盛り上がって飛び出していく。瞬く間にそれは巨大な肉塊へと変化し、そこから鱗のような皮膚が形成されていた。そして、誰もが呆然と立ち尽くす中、王城アウズンブラをも凌ぐ凄まじい巨体の蛇が現れたのだ。


 完全に質量を無視したその変化に、バルドル達は言葉を失った。まさに絶句である。ついほんの数十秒前までは人の形をしていたヘズが、見上げるほどの巨体をした蛇になるなど誰が予想しただろうか。呆気にとられるバルドル達が動き出したのは、元ヘズだった大蛇が緩やかに動き始めてからだった。


「スーッ……ジャアアアアアアアアアアアッ!!」


「うおお!?」


「く、鼓膜が……!?まずい、伏せろっ!」


 ガラガラヘビが身体をすり合わせて発した音を、数万倍にまで高めたような鳴き声でヘズが叫声を上げた。すると、ぼんやりとその頭の横に大きな火球が複数現れて、ビーム状の熱線を乱射する。そして、熱線の当たった場所が大きく爆発し、激しく炎を噴き上げ始めたのだった。


「ば、バカなっ!?」


「王都が……!?マズいぞ、あんなものを公設区に撃たれたら一網打尽だ!すぐに市民を王都から逃がせ!急げっ!」


 バルドルの指示を聞いたウルは、すぐ伝令の矢を放つ。緊急用に備えられたその矢は、魔力によって空中で破裂し、危険を知らせる音や赤と黄色の光を規則的なリズムで交互に放つのだ。基本的にはグラズヘイム王国全土で周知されている全軍撤退を示す信号だが、その点滅のさせ方で伝えたい内容を変える事ができる。この場合は、避難指示である。


 ビームは主に商業区と王都を囲む城壁に当たったのだが、その内の一発は公設区ギリギリの位置にも直撃していた。たったそれだけで数百人規模の被害が出ただろう。あまりの出来事に固まっていた市民達は、ウルの伝令矢による指示を見て、我先にと脱出を始めた。


 王都に住む十万人近い人々が一斉に走り出し、人の津波が出来上がる。このままではそれだけで死傷者が出かねないと判断したバルドルは、傍に待機していたブラギに指示をだす。


「五番隊、混乱を落ち着かせる音を出せ!そのままお前達が誘導して市民を王都の外に連れ出すんだ!」


「アイアイサー!行くぞぉ、お前らっ!」


 魔導楽器は魔力を込めた音を鳴らし、それを聞いた人々に影響を与える道具だ。混乱した人間を鎮静化させることも可能だが、流石に人を完璧に操る事はできない。それがブラギ達でなければ、だ。


 ブラギは元々、吟遊詩人として諸国を漫遊していた男だ。彼は成人する前からギター一本を片手に旅をして、行く先々で遊び歩いていたという。それを可能にしたのが、彼が独自に編み出した魔導楽器による演奏……通称『魔曲』である。


 魔曲は、聞く人々の心と身体に作用し、劇的な効果をもたらす事が出来るのだが、それは時として人間を自由自在に操る事すら可能にした。人の心を落ち着かせたり、戦意を高揚させたりする程度なら通常の魔導楽器でも十分可能だ。しかし、魔曲による人心の掌握はそれらを大幅に上回る結果をもたらす。

 ブラギは立ち寄った村で魔曲を使い、ろくに働かずに労働者を搾取する雇い主を小作人よりも厳しく働かせたり、山賊を操って他の山賊同士と戦わせて喜んだりしていた。

 

 基本的に人に害を及ぼす人間ではないのだが、そんな事をしていれば噂は広まるし、山賊の後処理などは騎士団の仕事となる為、かえって余計な手間が増やされることもあったようだ。それに業を煮やした先代のフリッグが彼と一騎打ちをして打ち負かせ、騎士団に引き入れたのが始まりである。

 どうやらブラギにとって、一回り以上歳の離れた相手とはいえ、フリッグは初恋の相手だったらしい。騎士団に入ってからというもの、マイペースさは発揮していたが、決してフリッグには逆らわず、また後を継いだバルドルの事も気に入っているのか、バルドルの命令だけは絶対に守る男なのだ。


 そして、彼が率いる五番隊は、ブラギが認めた魔導楽器の才能を持つ使い手達の集まりである。たった百人ほどの部隊だが、ブラギの魔曲を五番隊全員がフォローすれば、十万の人間を同時に操って避難させることなど造作もないことであった。

 なお、魔曲はその余りの効果の高さから、普段は使用が禁じられている禁忌の術だ。だからこそ、バルドルが許可を出して思いっきり演奏できることが、ブラギ達五番隊には相当な喜びでもあるようだ。


 「残った一番二番四番隊は、俺と共にあの大蛇を討つ!予備役隊は五番隊を補佐しつつ王都の外で市民を守れ!行くぞっ!」


 バルドルの檄が飛び、あっという間にエッダ騎士団は一気に息を吹き返す。こうして、燃える王都の中でエッダ騎士団と大蛇と化したヘズ王子との戦いが始まったのだった。

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