呪われた血筋
今日はちょっと短めです。
振り返ったヘズの顔は、まるで爬虫類そのものの様相を呈していた。チロチロと伸びては戻る細長い舌、ワニ革を思わせる光沢のある分厚いうろこ状の皮膚……そして、独特の瞳。それはもはや人間のものではない。一体、彼に何があってこんな変化を遂げてしまったのか、いや、そもそもあれは本当に息子なのか?とローズルは思わずにはいられなかった。
「シュー…シュー……!」
「ヘズ王子……!」
「バカな……何故、あの子があんな…くっ!オーディ、気を抜くな。あの敵意、尋常ではないぞ!」
あれが息子であるということを信じたくない気持ちはあるが、異形と化してしまった相手から明らかな敵意が向けられているのは解った。このままでは間違いなく、戦闘になるだろう。彼の足元には数人の被害者と思しき人の姿もある。最悪の場合も想定せねばならない。
オーディもまた、ローズルに言われるまでもなくヘズからの敵意を感じ取っていた。ローズルは親として、目の前にいる怪物が息子であると信じたくはないようだが、それから感じられる魔力は間違いなくヘズのものである。彼が問題児であった事は解っていたが、まさかこの状況でこんな特大の問題を引き起こすとは思っていなかった。ヴァーリやバルドルが嘆いていた理由が何となく理解出来て、オーディを余計に悩ませている。
「来ますっ!陛下、後ろへ!」
オーディが叫ぶのとほぼ同時に、ヘズは勢いよく二人目掛けて飛び出してきた。ヘズは武器らしきものを持っていないが、その分、身軽で素早い動きが可能なようだ。両膝を曲げて高く跳び、両手は顔の横で開いたままいつでも掴みに移行できる体勢である。そのまま、あっという間にオーディの元へ到達した。
「ぐううううっ!」
「シャアアアアアアッ!」
これがヘズでなければ、オーディは手にした槍を突き立てていただろうが、曲がりなりにも相手は王子である。問答無用で殺してしまう訳にもいかず、オーディは槍を一文字に構えてヘズの攻撃を受け止めることしか出来なかった。勢いをつけたヘズの全体重が圧し掛かり、オーディを押し倒そうとしている。オーディとローズルはまだ五十代半ばという中年男性だが、二人共最近は内務ばかりで運動不足気味であった。それもあって、純粋な力押しにはかなり弱い。
「お、おのれ…っ!我が子と言えど容赦はせぬぞ!」
ローズルは剣を構え、ヘズに威嚇をする。これまでにも散々やらかしてくれたバカ息子ではあるが、ローズルにとっては大事な一人息子である。手のかかる子ほどかわいいのは、どこの世界でどんな立場でも同じだろう。それ故に、言葉では容赦しないと言っていても実際にヘズを斬れる訳ではなさそうだ。それが本能的に解っているのか、ヘズはチラリとローズルを見た後、それ以上は特に気にせずオーディへの力押しを止めようとはしなかった。
「へ、陛下ッ!お下がり下さい!このままでは、我ら二人共……っ!?」
オーディの言葉を遮るように、何かが彼の足を貫いていた。視線を下に向ければ、オーディの太ももに恐竜のようになったヘズの足から伸びた、太いかぎ爪が突き刺さっている。かなりの深手だが、問題はそれによって、踏ん張る力が利かなくなってしまうことだった。
「ぐぁ!し、しまったっ!?」
「お、オーディ!!」
一瞬の隙を突き、ヘズの押し込む力が一気に強くなる。伸びた爪はみるみる内に短くなってオーディの足から離れていた。すると、そのまま大量の出血が始まって、オーディは完全に体を支えられなくなってしまった。あっという間に押し倒され、大型化したヘズの口が開いてオーディの首元を襲う。なんとか槍で防いでいるが、このままでは数分ともたないのは確実だ。そこでようやく、ローズルは覚悟を決めた。
「……っ、すまん、ヘズよ!」
鋭い剣先が、無防備なヘズの頭部に振り下ろされた。いかに怪物然としていても、首を刎ねられれば無事では済まないはずだ。我が子の不始末をつけるのは親である自分の役目と感じていたが、その攻撃が許される事はなかった。
「なっ!?」
「ふん。そこまでだ、我が孫よ。子孫同士で殺し合いなどするものではない。お前達の命には、もっと大事な使い道があるのでな」
その一撃を防いでみせたのは、ロプトであった。いつの間にかヘズの横に立っていて、ローズルの剣を受け止めている。そのままパチンと指を鳴らすと、ヘズはオーディの上から飛び退き、オーディとローズルは足元から氷のような結晶に包まれて固められていく。
「お、おおお!?これは……?!」
「ローズルとオーディだったか?お前達の魔力は大したものだ。今は殺さず、封じるだけにしておいてやろう。大事な贄として、我らが女神の誕生……その礎となるがいい」
「き、貴様!?その顔、は……ぅぉおおおおおおっ……!」
「へ、陛下……!こやつは、いった……ぃ…………」
一瞬にして物言わぬ彫像となった二人は、ガランと大きな音を立てて床に落ちた。そして、ヘズは床にこぼれたオーディの血を一心不乱に舐めとっている。そんなヘズを見て、ロプトは大きく溜め息を吐いてみせた。
「……こいつも我が子孫ならもう少し使えるものかと思ったが、こうまで頭の悪い怪物にしかならんとはな。贄に使えそうなものまで殺してしまおうとするのでは話にならん。コイツ自身は優秀な贄にもならぬようだし……む?この気配。来るか、バルドル。よかろう、今度こそ息の根を止めてやる。もちろん、最後は贄として活用してやろうぞ」
ロプトは二人の身体を指輪に納めると、ヘズをその場に置いてどこかへと姿を消した。残されたヘズは一頻りオーディの血を舐めた後、新たな獲物を探してゆっくりと歩き出すのだった。
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