悪霊令嬢の真実
遂に真相が……
「ローゲが、ロプト?ロプトというのは、あの……」
愕然としながら呟くバルドルの脳裏に浮かんだのは、何故かあのヘズ王子の憎らしい笑顔であった。
ロプトとはかつて、フレイヤがまだ存命だった頃に婚約者だったという元王子だ。フレイヤによると当時から浮気を繰り返していて、ろくな男ではなかったという。ただ、そんな問題行動を実力で黙らせる腕の持ち主であった事も確かなようで、以前ヴァーリに調べてもらった所によると、個人的にかなりの権力基盤を築いていたようだ。だが、彼はフレイヤの死後しばらくして、突然表舞台から姿を消す。
その実力の高さから、次代の王として有望視されていた彼は、王を継ぐその直前に妻となったフレイヤの親友シギュンと共にいなくなってしまったのだ。それも、たった一人の子供を残して。現在の王、ローズルはその孫にあたる人物である。
その為だろう、よくよく見てみれば、目の前の男の笑みはヘズ王子によく似ていた。ローズル王は類い稀な傑物だが、何故その息子であるヘズはあそこまで酷い人物なのかと首を傾げた事が何度もあった。しかし、その血がロプトに連なるものであるならば納得である。それほどに、調べれば調べる程ロプトという元王子は悪性を持つ男であった。
「俺とフレイヤの関係を知っているか。クククッ、お前はずいぶんと好人物と言われているようだが、とんだ間男だったな」
「ば、バカな!?お前が、いや、お前は八十年近く前に姿を消したはずだ!よしんば、お前がロプト本人だったとしても、とても……」
そうだ。フレイヤと同年代であるならば、ロプトもまた八十年前に成人だったはずだ。つまり、現在九十七歳の老人である。だが、目の前にいるロプトの姿はどう見ても二十代前半程度、バルドルよりも少し若い男である。いくらなんでも高齢者には見えない容姿であった。
しかし、そこまで言った所で、バルドルの脳は一つの解に辿り着いた。辿り着いてしまったと言うべきかもしれない。高齢の人物であるのに年齢をまったく感じさせず、非道を続けた男の話をバルドルは聞いたばかりだったからだ。だが、それはあまりにも残酷で荒唐無稽な話である。だからこそ、理解したくない、そんな思いが胸に広がっていく。
「ヘイムスクリングラ、か?だが、あれは………」
「ほう、そこまで知っているとは、大したものだ。あれは今時、王族くらいしか習わぬ歴史だと思っていたがな」
ロプトの言葉は、即ち自分がそれを習う王族であった事を証明している。しかし、ヘイムスクリングラは生贄を捧げる必要のある儀式だったはずだ。その先の答えも予想はついている。だがそれは、フレイヤにだけは聞かせたくないものだ。だから、バルドルはそこで口をつぐんだ。
(ば、バル……?どうしたの?なんで黙って……)
「クックック…!流石は光の騎士侯爵、お優しいことだ。そんなにフレイヤが大事か?真実を知って、そいつが悲しむとでも思っているのか?」
「ぐ……!ロプト、お前は……!」
バルドルは何も言い返せずに、ただ、ロプトの薄笑いを睨み返すだけだった。ロプトの反応からして、バルドルの答えが正しいと証明しているようなものだ。だが、真実は、バルドルの考えていたそれを大きく上回るものだったと、バルドル自身もまた気づいてはいなかった。
「その顔……そうか、そういう事か。フフフ、フハハハハッ!こいつはお笑い種だ!そいつの価値を全て知って持ち出したのかと思えば、お前は何も知らぬまま、ただの哀れな幽霊女だと思ったまま、フレイヤを攫って行ったというのか。ハッハハハハッ!」
「なんだとっ、お前がそれを言うのか!?彼女をこうなるまでに苦しめたのは、お前の……っ!」
「なんだ?言ってみろ。どうせ、お前には言えまい。そいつを最も無惨な形で、この世に縛り付けたのが誰なのか。俺が言ってもいいんだぞ?フレイヤ、お前を殺したのは……」
「やめろ!それ以上、言うなぁっ!」
怒りに我を忘れたバルドルは、いつもの冷静さを全て無くしてロプトに飛び掛かっていった。しかし、ロプトは剣の腕前さえも達人級の力を持つ男である。隙だらけの力と速さだけの獣のような動きでは、どんな攻撃も通用などしない。ましてや、彼は既に、バルドルを攻撃する為の二の矢三の矢を準備していたのだ。
先程地面に打ち込んだ雷槍が、突如として地面から弾丸のように撃ち出された。雷そのものは半分以上散ってしまっているが、それでも相当な威力がある。空中に飛び出してしまっていたバルドルは、それを躱す事が出来ず、がら空きの腹に直撃してしまった。
もしも、バルドルが冷静であったなら、一瞬であっても再び魔装義肢を発動させ、空中で回避する事も出来ただろう。しかし、今の彼は完全に頭に血が昇っている。まともに雷槍を受けた衝撃で動きが止まったその隙を、逃すロプトではなかった。
ロプトが放った二段目の雷撃は彼の用意していた二の矢であり、三の矢はその左手にあった。燃え盛る炎の刃を持つ魔剣・レーヴァテイン。バルドルのミストルテインと同じく、普段はほんの小さな火種しかないそれこそが、彼の三の矢……奥の手である。
ロプトは素早くレーヴァテインを振るいその炎でバルドルの身体を鎧の上から焼いた。雷槍すらも弾いた鎧の魔剣であっても、無防備な状態で攻撃を受ければ衝撃まではゼロには出来ない。加えて、レーヴァテインが持つ尋常でない熱量は雷の比ではなく、鎧の魔剣であっても完全に遮断することは難しい。そして、地面に叩きつけられたバルドルの左腕にレーヴァテインが突き立てられる。
「ぐあっ!?」
「……フレイヤ、お前を殺したのはこの俺だ。この俺が手ずから、お前とお前の家族全てを殺し、ヘイムスクリングラの生贄としたのだ!全ては、この世界に新たな女神を生み出す為にな!」
「う、嘘よ……そんな……」
「ふ、フレイヤ……よせ、聞くな…!」
「ククク、どうやら、バルドルはある程度その事に気付いていたようだ。何とも泣かせる……いや、笑える話じゃないか。もはや人ですらない、終わった幽霊女を悲しませぬようそこまで身体を張るとは。光の騎士侯爵殿は、亡者に大した想いを寄せているらしいな」
「え……?バルドルが、わ、私を……?」
「く……くそっ!」
「しかし、生憎だがフレイヤをお前にくれてやる訳にはいかん。コイツは俺の女だ。俺が手塩に掛けて育てた、大切な道具だ。……返してもらうぞ」
「なっ……ぐっううう……うわあああっ!!」
ロプトは倒れ伏せたバルドルに向けて、昏く輝く指輪を向けた。それは、先日の旅行で拾ってきた指輪に似ているが、何かの術が生きているのか恐ろしいまでの禍々しい魔力を放っていた。鎧の魔剣に守られているはずのバルドルから、何かが引きずり出されるような感覚がした。それは、身を切られるような感覚で、バルドル自身の魂を削り取っていくような苦しみを与えていった。
「ば、バルっ!あ、ああああっ!?か、身体が……!いや、やめて!た、助けて……バルっ!!」
「ふ、フレイヤッ!ぐああああああっ!」
「フハハハ!ずいぶん強く魂が繋がっていたようだが、お前は俺に逆らえないんだよ、フレイヤ。大人しく、俺の元に戻ってこい。抵抗すればするほど、愛しのバルドルが苦しむ事になるぞ?ハハハッ!」
「そ、そんな!?バルが……私の、せいで…うう」
「よ、よせ。行くなっ、フレイヤ!ぐうぅぅっ!」
肉体ではなく魂そのものに傷をつけられることは、どれほど肉体を鍛えても耐えがたい苦痛である。フレイヤとバルドルは、粗末な契約ながら魂で結ばれている状態だ。フレイヤか、バルドルがその契約を放棄しない限り、二人の魂は繋がって、無理に剥がす事はできないのだ。
「それ、どうする?このままお前が粘っていれば、間違いなくバルドルは死ぬぞ。いいのか?お前のせいで愛した男が死んでも!」
「き、聞くな!この程度…俺はっ!っううう、がああああっ!」
「いや……いや!もう止めて!止めて下さい、ロプト様!私はあなたの元に戻りますからっ!」
「よく言った。ならば、来るがいい。その手をバルドルの魂から離し、この指輪を見ろ!」
「ふ、フレイヤ、止せぇっ!」
「ごめんね、バル。……でも、もういいの……どうか、死なないで」
そして、フレイヤはバルドルの魂から意識を放した。すると、あっという間にバルドルの身体からフレイヤの魂が指輪に吸い上げられていく。バルドルは何とかフレイヤを取り戻そうと顔を上げて手を伸ばしたが、既にその魂は指輪の中へ消えた後だった。そこでバルドルはしっかりと見た。指輪に嵌められた赤い宝石の中で血を流し続ける、フレイヤの肉体を。そこへフレイヤの魂は還って行ったのだ。
そうして、バルドルは意識を失った。
「バルドルか。殺してやっても良かったが、これ以上フレイヤの魂に不純物が着いてきても困るのでな。今は見逃してやる。これから先、己の無力さを噛み締めて生きるがいい。フハハハハ!ハーハッハッハッハ!」
勝ち誇るロプトの高笑いが森にこだまする。こうして、フレイヤはバルドルの前から消え、二人は離れ離れになってしまったのだった。
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