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狂乱の大森林

最悪の事態に…

 ――ヴォルトライン領、大森林。


「ナンナ隊長、装備の確認と怪我人の手当てが終わりました。動かせないほどの重傷者はいないようです」


「そうか。ありがとう、ラニア。お前も少し休め、どちらにしてもすぐには動けないからな」


「はっ。ありがとうございます」


 ラニアという女騎士は小さく敬礼をすると、ゆっくりと闇の中へ消えていく。ナンナはそれを確認して、深く息を吐いて隠れている大木にもたれかかった。


 現在、ナンナを始めとするエッダ騎士団三番隊はヴォルトライン領の中心に位置する大森林で、一握りの生存者を集めて身を潜めている。ヴォルトライン領はグラズヘイム王国の南方に位置する、比較的小さな領地だ。領地そのものは大きくないが、大森林と呼ぶ広大な森を所有しており、澄んだ水と豊かな自然からもたらされる豊富な食糧がこの土地の売りだ。

 領主の名はアーデ・ヴォルトラインという名の女性で、年齢はバルドルより少し上の三十歳。少々男性を嫌う傾向にある女貴族であった。今回女性ばかりの三番隊が任務に当たったのも、アーデが自らそれを望んだからだ。


「まさか、こんなことになるとは…ふ、団長と思い出作りが出来たばかりだったのが救いかな」


 先日の温泉旅行は幽霊騒ぎで散々だったが、楽しかったことに変わりはない。欲を言えばもう少しバルドルと二人きりになりたかったとは思うが、素直になれないこの性格では関係を進展させるのも難しいだろう。それなりに満ち足りている今ならば、終わるのも悪くはないのかもしれない。

 とはいえ、領都から避難してきた住民を預かっている以上、捨て鉢にもなれないのだから、騎士とは困った商売である。


 当初、ナンナ達が聞いていたのはヴォルトライン領都キケルの南方に位置するというオーゲン平野に現れた魔獣を退治するというものであった。

 そこで相対したのはライオンに似た大型の獣が魔獣化した怪物達で、それなりに手強い相手だったのだが、ナンナ達三番隊が苦戦を強いられるほどの敵ではなかった。問題は、戦闘の真っ最中に、ナンナ達の背後をつく形で新たな敵の群れが現れたことである。


(我ながら、よく生き残ったものだ……)


 ナンナが素直にそう思える程、状況は最悪だった。突撃陣形で魔獣の群れを攻撃している状況では、背後からの攻撃は致命的な打撃となる。何しろ、こちらは敵集団を追うつもりで戦っているのだ、その背後から敵に追われる事は想定していない。追う側から一気に追われる側に替わった事で三番隊のほとんどがパニックに陥った。しかも、その時点ではまだ前方の敵を殲滅できていない為に、結果として挟み撃ちのような形に追い込まれてしまったのである。いかに歴戦の勇士と言えど、この戦況の変化に対応しきれる者は早々いないだろう。


 結局、百人からなる三番隊の三分の二ほどを失いながらどうにか撤退したナンナ達は、引き揚げる最中で、領都キケルから避難してきた住民達を発見し保護することになった。本来ならそのまま安全な場所まで撤退して、バルドルに応援を要請したかったのだが、力のない人々を連れて敵の追撃を防ぎきる余裕もなく、仕方なくこの大森林に逃げ込んだのだ。


 (この森には水も食料になるものも多いし、何よりあの図体の大きな魔獣達は、ここまで追いかけてくるのは難しいだろう。森に逃げ込めたのは本当に運がよかった……出来れば、本隊に応援を要請したい所だが……ぐぅ!)


 肩の傷を庇って、ナンナが小さく呻き声をあげた。最初の戦闘からここへ逃げ込むまでの間に、ナンナは手傷を負っていた。最近のエッダ領では身体の傷や病が尋常でないスピードで治る為に、少し自分の身を省みる意識が薄れていたようだ。治癒魔法の使い手こそ帯同しているが、どうしても絶対数が少ないのでまずは弱っている怪我人などの治療が先である。少なくとも数日は、ここで粘る必要があるとナンナは想定しているようだった。

 

「しばらくはここに潜んで、準備が整い次第、エッダ領に戻るのがベストか。バルドル様……どうか、私達をお守りください」


 ナンナにとって、バルドルはピンチに助けに来てくれるお伽話の王子様ではなく、心の拠り所である。だが、ナンナがバルドルの助けを待とうとしないのは、それを待っている余裕がないせいだ。

 なにせ、このヴォルトライン領はバルドル達の暮らすエッダ領から、どんなに速くても馬で二日はかかる距離がある。領都キケルから避難してきた住民の話からして、恐らく王都に三番隊の敗北とキケル壊滅の報は入っている頃だろう。そこから逆算してみると、仮にバルドル達が救援に出たとしても、彼らがヴォルトライン領に到着するまで二日半から三日はかかるはずだ。三番隊だけならそれまでここに籠ってもいられるが、避難民達はそうもいかないだろう。


「明日……いや明後日にここを出よう。うまくすれば、救援部隊とスムーズに合流できるかもしれない」


 そう決めて、ナンナは改めて身体を休めることにした。ここで体力を無駄に消耗しては、脱出もままならない。現状での最優先は、避難民を無事に安全な場所まで送り届けることである。



 そうして、丸一日が経過した翌日の深夜。食糧となる野草や小型の動物は、昼の内に十分確保できたので、三番隊の生き残りも、避難民達も体力的には問題なさそうである。ただ、森の外ではまだ魔獣達の気配が感じられるので、来た道を戻って森から出る訳にはいかないようだ。となると、森の奥へ進んで森を横断するのが、一番いいのかもしれない。その為には、準備が必要だが。


 ナンナとラニアが、顔を突き合わせて話し合っている。その間にある小さな焚火は暖を取るというよりも、最低限の灯りとしてのもののようだ。

 

「明日の昼には森を出ようと思ったが、魔獣達はかなりしつこいようだな」


「はい。偵察に出たカミユとソーラから、森の外でじっとこちらの様子を窺っている魔獣の姿を確認したと聞きました。やはり、森を横断するしか……」


「そうなると、もう少し準備が必要か。明日の昼は、持ち運びが容易な食糧を探すよう、避難民達に指示を出すか。彼らの状態はどうだ?」


「治療はほぼ終わっていますから、概ね健康ですね。治療術師のホムルには、だいぶ骨を折らせてしまいましたが」


「ゆっくり休みを取らせてやりたい所だな。よし、明日の昼はしっかりホムルを休ませてやってくれ」


「はい。でも、隊長のお怪我はまだ……」


「私なら大丈夫だ。この程度の傷なら、問題なく行動できる。今はとにかく生き残った全員で、エッダ領に戻ろう」


「隊長……!はい、必ず!」


 その時、ザザ……!と草木を踏みしめる音がした。ナンナとラニアはすぐに反応し、剣を納刀した状態で構えを取る。そんな二人の頭上から、男の声が降り注ぐ。


「残念だが、一人も生かして返すつもりはない」


「なにっ!?」


 ナンナが見上げた時、大木の幹に対して垂直に黒いローブの男が立ち、二人を見下ろしていた。同時に、少し離れた場所から、悲鳴が上がる。


「な!?この声はっ?!」


「ふ、お前達はアングルボザ様の生贄となるのだ。……さぁ、存分に悲鳴を上げるがいい。そして、我らが女神への供物となれ」


 冷たい男の声が森に響く悲鳴にかき消される事もなく、残酷な処刑宣告として、ナンナ達の耳に残った。

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