狙われたエッダ騎士団
様々な思惑が…
その一報がバルドルの元に届けられたのは、深夜に差し掛かろうという頃のことだった。
「なに?三番隊が、壊滅……?」
「はい、大量の魔獣が異常発生したことにより、魔獣の大群が構成された模様です。その群れにより、エッダ騎士団三番隊は壊滅。既にヴォルトライン領の領都キケルと守備隊は壊滅し、ヴォルトライン伯爵の安否も不明な状態とのこと。王都では情報収集の為に、偵察専門の部隊が動員される予定です。つきましては、団長にも速やかに登城するよう要請が入っております」
「そんなバカな……?!解った。すぐに行く。その前に、今動ける部隊は?」
「休暇であった一番隊には、既に招集を掛けてありますので、一時間もしない内に動けるかと。また本日の任務を終えて隊舎に帰還している四番隊と五番隊は、すぐにでも行動可能です」
「解った。では、五番隊はそのまま不測の事態に備えて待機だ。一番隊と四番隊には、俺が王城から戻るまでの間に準備を整えさせておいてくれ」
「了解しました!」
バルドルに向けて敬礼をし、一番隊副隊長のエーギルはすぐに部屋を後にした。にわかには信じ難い報告に、バルドルは今ほどそれが間違いであって欲しいと思った事はない。しかし、その願いが叶う事はないだろう。騎士団内の非公式な伝達と違って、王家を通しての要請が入っているという事は、それだけ確度の高い情報である事は間違いないからだ。
バルドルは素早く着替えを済ませて、屋敷を出ようとした。すると、ちょうど背後からフレイヤが声を掛けてきた。その声はとても不安そうで何か異常な事態が起きた事を察しているようだ。
「バル……どうしたの?こんな時間に」
「フレイヤ。まだ確証はないから黙っておこうかと思ったんだが仕方ない、落ち着いて聞いてくれ。ナンナの率いている三番隊が、魔獣の群れと戦って敗れたらしい。その件で、これから王城に向かうつもりだ。詳しい事はまだ解らないが、ナンナは……」
「え?ナンナが……?ウソでしょ?バル。ウソって言って!ねぇ!?」
フレイヤは泣き崩れ、バルドルはその肩を抱いてやる事しか出来なかった。これが嘘だと言えたならどれだけよかったか、ナンナは小さな頃から共に育ってきた家族同然の仲間なのだ。バルドルはフレイヤ以上に、ナンナにもしもの事があったなど、考えたくなかった。だが、組織の長として、騎士団長としては感情に流される訳にはいかない。今すぐ飛び出して助けに行きたい気持ちを抑えて、バルドルは唇を噛んでいた。
少しの間そうしていた後、バルドルはフレイヤと共に王城へ向かった。本当はフレイヤを置いて行こうとしたのだがあまりに落ち込んでいる為に、一人にはしておけなかったのだ。このまま彼女を一人にしておくと、絶望のあまり悪霊化してしまう恐れすらある。この状況でそれは致命的だ、ならば、手の届く場所にいてもらおうという訳である。
二人が王城に着くと、既に城内は蜂の巣をつついたような大騒ぎであった。念の為、フレイヤには姿を隠して着いてきてもらっているが、この様子では普通にしていても気付かれないかもしれない。
「バルドル!来てくれたか」
「ヴァーリ!すまない、遅れた。早速だが、一体、何があったんだ?」
「こっちも情報が錯綜してて解らん事も多いんだが……ヴォルトライン領で大量の魔獣が発生したようだ。守備隊の生き残りによると、当初はそう大きな群れではなかったみたいなんだが、突然どこからか魔獣の群れがいくつも発生したんだと聞いている。そうして、耐え切れなくなったエッダ騎士団の三番隊がやられ、守備隊では到底抑えきれずに……ということらしい」
「魔獣の群れがいくつも発生?そんなバカな。魔獣が数体増えるというだけなら解るが、群れになるような単位でバラバラに増えるなんて……」
そこまで話して思い浮かんだのは、あのロンダールの坑道で見た生物を魔獣化させる闇のことだ。今まで他の場所で見つかった例はないが、その可能性はあり得る。だが、あれが複数あったのだとしたら、もっと早くに魔獣の群れが現れていたはずだ。今回の三番隊の遠征に合わせて突然現れたのだとしたら、明らかに何者かの意思が介在しているとしか思えない。
(まさか、狙いは俺達……エッダ騎士団なのか?だが、それなら誰が、何の為に?)
「……何か思いついたか?」
バルドルの様子を見ていたヴァーリの言葉で、バルドルはハッとして意識を外に向けた。思いもよらぬ結論に我を忘れて陥りそうになったが、そんな暇はないだろう。ただ、今の段階でその着想を口にするのは早いと、そう思えたバルドルは「いや、何も」と言って口を閉ざす事に留めた。その時だ。
「おやおや、ようやくおいでか。お早いお着きですナァ?エッダ候」
「ユミル卿……すみません、状況の確認に手間取っておりました」
現れたのは内務大臣を務める男、ユミル公爵だ。日頃からバルドルを敵視している彼は、こんな時でもバルドルを責めたくて仕方がないらしい。ピンと横に伸びた髭を撫で遊ばせながら、ユミルは更に言葉を続ける。
「部下の命がかかっているという時にそれでは、トップとしての責任が足りていないのでは?管理責任を問われても仕方ありませんネェ。そんなだから、魔獣の群れに後れを取るのではありませんか?」
「っ……すみません、これは全て自分の責任です。私の部下に落ち度はありません。この件が済めば、処分はいかようにもお受けします」
「バルドル、お前!?」
「……その言葉、しかと聞きましたぞ?」
ユミルはそう言うと、満足気にその場を去って行った。彼はこれ幸いと、この機に乗じてエッダ騎士団やエッダ家の弱体化を狙うに違いない。その狙いは、息子であるボルが率いる近衛兵団に力をつけさせ、権力を更に高めようとしているのだ。それは言うまでもなく、バルドルも承知の上である。今はそんなことよりも、仲間の安否と、魔獣への対処を優先すべきとバルドルは考えていた。
「おい、バルドル!いいのかよ、あんなこと言って。あのハゲ絶対お前になんかしてきやがるぞ!?」
「いいさ。その時はその時だ。それよりまずは魔獣への対処と仲間を助ける方が先だ。俺の部下達はそう簡単に全滅などしない。石に食らいついてでも生き延びているはずだ。少しでも早く助けに行かなくては…!」
「そうか、解った。なら、お前はこのまま部隊を率いてヴォルトライン領に入れ。先遣の偵察部隊と現地で連絡を取った方が速いだろう。どの道ここにいても、やれることは少ないからな。近衛兵団の連中はテコでも動かねぇつもりだしよ……!」
ユミルの息子、ボルが預かる近衛兵団は王都防衛の重要戦力である。簡単に動くはずがないのは解り切っているが、ヴァーリの口振りからすると、彼らに行動するよう要請してくれたようだ。バルドルはその思いに感謝しつつ、再びエッダ領へ戻ることにした。
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