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ヘイムスクリングラ

この作品にミスリルは登場しません。

 その日は、珍しくバルドルの屋敷にスカディが訪れていた。


 フレイヤに貸したい本があるという事と、バルドルが持ち帰った指輪について気になる事があると言い、わざわざ自分からやってきたのだ。まぁ、人嫌いなコミュ障魔女と言っても引きこもりではないのだから、家を出てくることもあるだろうが、それでも珍しいことと言ってもよい。

 なお、現在スカディの経営する書店アンティーセは、それまで開いていた空き地ではなく街外れにある土地を使って営業している。店を構えるには街の中心部から離れすぎているものの、騎士団の隊舎が近いのでウルは通いやすくなり、人を巻き込むような心配がいらなくなったのも好都合と言えた。


「これが、件の指輪……ふぅむ」


「特別変わった物のようには見えないが、何か気になる事でもあるのか?」


 バルドルの問いかけに応えず、スカディはしげしげと指輪を見つめていた。今日のスカディは()()()()なのか、態度が尊大な魔女そのものだ。だが、その表情には真剣さと、どこかに焦りのようなものを感じさせる。バルドルの目から見て、あの指輪は大したものではないと見込んでいたが見立て違いだったのだろうか?気になってそう尋ねた所で、スカディは深く息を吐いてみせた。


「これ、幽霊の持ち物だったって本当かい?」


「直接落とした所や持っていた所を見た訳じゃないから断定は出来ない、が、その可能性は高いと思っている。で、どうなんだ?」


「いやはや……知らないというのは本当に怖いことだね。バルドル、君はもうちょっと本を読む習慣をつけた方がいい。もっとも、これは娯楽書ではなく、歴史書の類いになるけれど」


「話が見えないぞ。俺が本を読んで来なかったことと、その指輪とどういう関係があるんだ?」


「指輪そのものは問題じゃないんだよ。いや、これ自体も貴重なものではある。これは、魔導精鉄(シルヴァリー)という特殊な材質で出来ているからね。この指輪を作った者は、相当な魔術師か、私と同類の魔女だろう。だが、一番の問題はここに刻まれている術の名だ」


「術……?じゃあ、それは何らかの呪具だというのか?」


「ああ、これはヘイムスクリングラという術を模倣して作られたものだよ」


「ヘイムスクリングラと読むのか。途中までは読めたんだが……それで、どんな術なんだ?」


「予備知識なしで途中まで読めただけでも誇っていいよ。これは古語、しかももう使われていない神代の文字だからね。さて、どこから話したものか」


 スカディはそう言って腕を組み、考え込み始めてしまった。一方のバルドルは、スカディの言いたい事が解らず、ただじっと答えを待っているばかりだ。ちょうどそこへ、外出から戻ったフレイヤが壁を抜けて入ってきた。日課になっているルゥムの世話から帰ってきたのだ。


「ただいま。あら、スカディ来てたのね!いらっしゃい」


「やぁ、フレイヤ。お邪魔しているよ。君に読んで欲しい本があるから持って来たんだ。後で渡すよ」


「まぁ嬉しい!この間借りた、メリル・タッカーの推理旅行がとっても面白かったの!私も後で感想を話すわね」


 和気藹々とした二人のやり取りは微笑ましかったが、バルドルの心中は複雑だ。恐らくスカディがこれから話そうとしている事は、フレイヤには重すぎる内容だろう。何のかんのと言っても、彼女はやはり令嬢なのだ。人の悪意や悪行に触れた時、胸を痛める事が往々にしてあるのだ。

 しかし、だからと言って今ここで出て行けという訳にもいかない。やむを得ない事だが、聞かせるしかないだろう。


「さて、フレイヤとの会話を楽しむ前に、バルドルとの話を終わらせておこうか。……ヘイムスクリングラについて、だったね」


「ああ」


「ヘイムスクリングラは、かつて神代に生み出された術……或いは祭儀の名前だよ。呪いと言ってもいいが、適切なのは術の方だね」


「呪いか」


 それを聞いただけで、フレイヤの顔がにわかに曇ったのが解った。誰でも呪いなどという言葉を聞けば気分はよくないだろうが、フレイヤは特に感受性が高い方だ。どうしても、想像が先に立ってしまって苦痛を我が事のように受け入れてしまうのだった。


「それは、どんな術なんだ?」


「ヘイムスクリングラがもたらす効果については、実ははっきりしていないんだ。この術は、遠く過去の時代に栄えた()()()()で実際に行われた、大がかりな生贄を伴う儀式だったとされている。古い歴史書を読んだことがあれば、目にしたこともあっただろう」


「い、生贄って……」

 

「なるほどな」


「その国……ズウィーデンという国の王は、自らの血を分けた子どもをヘイムスクリングラの生贄として殺害していたそうだよ。彼には数十人の子供がいたらしいんだが、その大半の子が殺されていたと歴史には残っている。どうやら、元からヘイムスクリングラの生贄として産ませていたようだね」


 人の親が我が子を生贄とする為だけに産ませるなど、正に鬼畜の所業と言ってもいいだろう。神代の頃と言えば、現在とは異なる価値観で人々が生きていたはずだが、それでも命と言うものを軽んじすぎるものではない。逆に、命が大事なものだと認識しているからこそ、()()()()()()()()()()。供物とは、そうした大事なものでなければ意味がないのだから。


「しかし、それだけの術であるなら、効果がはっきりしないというのはどういうことだ?そんなあやふやなものの為に、多くの子を殺したとは考えにくいが」


「効果自体は間違いなくあったんだよ。ズウィーデンの王アヌンは、その時点で百を超える高齢者だったが、子を成せる程に若々しく健康だった。それこそ非道がもたらしたものだったんだ。ただし、効果はそれだけじゃなかったようだ……彼は多くの命を神に捧げ、ズウィーデンという国の栄光と発展を望んだんだ。そして、周辺の国々に戦争を仕掛けて滅ぼし、ズウィーデンを大きくしていった。だが、その覇道にも終わりがくる。晩年の彼はズウィーデン内部でも魔王と目されていた為に、恨みを買っていたようだ。そして、国内の反乱分子によって討たれ、そこでヘイムスクリングラを続ける者もいなくなってズウィーデンは滅亡した。これが歴史書に書かれている顛末さ」


「ズウィーデン……聞いたことがあるわ。確か、妃教育の歴史の授業で習ったことがあるもの」


「そうなのか?俺はこの国の歴史くらいしか、習っていないからな」


 バルドルは恥じているようだが、貴族であっても遠い昔に滅亡した国の記録などほとんど習っているものはいない。それを知っているのは、国を治める上での反面教師となる王族か、そこに妃として嫁ぐはずだったフレイヤのような立場にある人間くらいのものだろう。むしろ、一介の魔女であるスカディがその歴史を知っている方が驚きである。

 その答えは、この後スカディ自ら明かされた。

 

「私達魔女や力のある魔術師は、歴史ではなくヘイムスクリングラの方を主体として習うものなんだけどね。これは異端の術だが、話した通り、一国の存亡にも関わるほどの力をもたらす術だ。絶対に手出しをしてはいけない禁術と言ってもいい、それほどに厳しく教わるんだよ」


「そんなとんでもない術が、その指輪に彫り込まれていたのか……!?」


「正確に言えば、この指輪はその模倣だね。恐らく、スケールをグッと落として簡易的にしたものだろう。大方、これをやった術師は、その幽霊の魂を生贄代わりにして術が発動するか試したんじゃないかな。もしも、既に命を落とした行き場のない魂さえも供物に出来るなら、とんでもない悪用が出来ることになるからね。そして、君達の話を聞く限りでは、一定の効果を上げていたと判断していいだろう」


「効果を上げていた…?じゃあ、あのバロウがあれだけの魔力を持っていたのは、単なる情念によるものじゃなかったというのか?」


「たぶんね。君達の話を聞く限りでは、それだけの力を発揮した彼は、そう長くは存在を保てなかったはずだよ。彼の魂はヘイムスクリングラの供物そのものだっただろうから」


 それを聞いたバルドルとフレイヤは、完全に言葉を失った。スカディの言う通りなら、放って置けば大変な事態を引き起こす事だろう。早急に対策を考える必要がある。しかし、敵はそれを待ってはくれなかった。




 ――同時刻、グラズヘイム王国南部・ヴォルトライン領。



「くっ!なんて数のモンスターだ!一体、どこからこんな……いかん、逃げろっ!?」


「な、ナンナ隊長ぉっ!?」


 魔獣退治の任務についていたナンナと三番隊は、大量の魔獣の群れに飲み込まれていった。その様子を少し離れた場所から見下ろしていた黒いローブの男は、薄笑いを浮かべている。男の手には、バルドル達が持ち帰ったものと同じ指輪が煌めいていた。

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