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嵐の前に

そろそろかも…

「しかし、今回は中々厄介な相手でしたね。普段の魔獣退治よりも、難度が高かったかもしれません」


 宿屋伽藍堂からの帰り道、馬車に揺られながらフォルセティが呟いた。


 バロウを倒し、元の空間に戻ったバルドルとフォルセティが最初に見たのは、フレイヤとナンナのドアップであった。フレイヤによると、最初はバルドル達と一緒に闇の中に囚われたようだが、すぐにフレイヤだけが元の場所へ放り出されてしまったらしい。一瞬すぎて何がなんだか解らなかったものの、只事ではないと判断して慌ててナンナを呼びに行ったそうだ。


 そうして、囮として温泉に入っていたナンナと合流して戻ってきた所で、バルドル達も戻ってきたのだという。そうして、嬉しさのあまりバルドルに飛びついた瞬間を、バルドルは見たのだ。

 ただ、バルドル達の体感では、もう少し長くあの空間に囚われていたような気もするのだが、現実と具象化した空間では時間の流れに差があるのだろう。この辺りは、同じように空間を操作してみせたスカディの意見を聞いてみたい所ではある。


「まぁ、ああいう相手もいるんだというのは、いい気づきになったかもしれないな。だが、風魔法の探知を封じられたくらいで、冷静さを失うのはマイナスだぞ?フォル」


「申し開きもございません。戦場ならいざ知らず、レイス(悪霊)スペクター(亡霊)といったモンスターでもない雑霊にあんな芸当が出来るなど思いもよらず……鍛え直します」


「まったくだ!お前がついていながら、団長を危険に晒すなんて言語道断だぞ!私が鍛え直してやる!」


 フォルセティの隣でプリプリと怒っているのはナンナだ。この姉弟はバルドル大好き人間であるせいか、バルドルがピンチに陥った事そのものが許せないらしい。戦いに出る以上、命の危険があるのは承知の上なのでバルドルは気にしていないのだが、そういう訳にもいかない様である。ナンナのしごきはエッダ騎士団でもトップクラスなので、何だかフォルセティが可哀想に思えてくる。ナンナに程々になと言い含めて、バルドルは拾った小さな指輪を見つめていた。


「バル、それどうしたの?」


「いや、あの後地面に落ちていたんでな。宿屋の主人に聞いても覚えはないと言うし、ここしばらくは俺達を除いて客も来ていないらしいから、もしかしたらあのバロウの持ち物だったのかもしれない。せめて遺族を探して、これだけでも返してやろうかと思ったんだが。何か彫り込んであるんだよな……ヘイム、ス……ダメだ、これ以上読めない」


 そう言って、改めて手の中の指輪を見つめてみる。それは見た所、そう古いものでもないようで、見覚えのない材質で出来ていた。色合いは銀そのものだが、質感と重さ、触った感触が銀とは全く別物である。ただ、どこかで見た事があるような思いに駆られて目が離せないのだ。それが一体何なのか、調べてみる必要があるだろう。


 なお、バロウの遺体は滝つぼの底に沈んでいるらしい。バルドルは後で専門の業者を手配し、骨を引き上げて弔ってやるつもりだ。主神トールとの誓約により、バロウの魂は成仏したはずだが、あんな変態幽霊でも安らかな眠りに就く権利はある。遺族などの身寄りがあるのかないのかも含めて、領主として責任を持って調べてやるのが筋だろう。


 そんな会話をしている二人を見て、ナンナは少し辛そうな顔をしてフレイヤに耳打ちをした。


「頑張ったね、フレイヤ。辛くなかった?その、バルドル様がフレイヤの姿をした敵を斬ったって……」


「優しいのね、ナンナ。大丈夫よ、バルは確信をもって偽物の私を斬っただけだし、それに何より、バルは何の理由もなく私に危害を加えようなんてしないはずだもの。気にしてないわ」

 

 ナンナが気にしていたのは、まさにそれだ。事の顛末を聞いてナンナが最初に感じたのは、バルドルの恐ろしさである。これまでにも、正義の為、或いは領民の為ならば何でもするバルドルではあったが、自身の恋人にも近しいはずのフレイヤの姿を模した敵を何ら躊躇いなく切り捨てたという話は彼女の想像を超えていた。いくらバルドルと言えど、フレイヤの姿をした敵ならば、良心の呵責もあって攻撃できないのではないか?とナンナは思っていたようだ。

 しかし、バルドルは全く持って気にする様子もなく切り捨てたという。フレイヤが来る前、バルドルが冷酷騎士と呼ばれていた頃を思い出してナンナはゾッとしたようだった。


 それを知ってか知らずか、ふと思いついたようにフォルセティが声を上げた。


「それにしても団長。よくあのフレイヤさんが偽物だと解りましたね、呼び名で解ったと言っていましたが、ああいう極限状態では呼び名が変わってもおかしくないのでは?」


 (フォル……!?なんてことを聞くんだ?!)


 それは全く空気を読めていない発言に聞こえた。とはいえ、ナンナとフレイヤの会話が聞こえた訳でもないフォルセティにとっては、特に当たり障りのない質問だと思っているようだ。

 

「ああ、まぁそうなんだが。そもそも、俺はあのフレイヤが偽物じゃないかと疑っていたからな、呼び名を間違えたというのが直接の決め手じゃないんだよ」


「疑ってた?どういうこと?見た目は私と一緒だったんでしょう?」


「ん?……ああ、もしかしてフレイヤ、君には伝わっていないのか?初めに言ったじゃないか、君は俺に憑りついていると。最初は俺にもよく解っていなかったが、どうやら君を俺の間にはパスのようなものが繋がっているみたいなんだ。だから、何となくだが俺達はお互いに状況を察したりすることが出来る。そんなに強い感覚じゃあないみたいだけどな。思い当たるフシはないか?」


「え……そ、そう言えば」


 フレイヤがそう言われて気付いたのは、時折バルドルの危機を感じる事があるということだ。それは何もピンチに決まった訳ではなく、離れているのに呼ばれたような気がしたり、バルドルの位置を感じ取ったりできるのだが、まさかそれが相互に起こっている事だとは思ってもみなかった。なんだか少し恥ずかしいような、でも嬉しいような感じがして、フレイヤはバルドルから目を逸らした。

 そんなフレイヤの様子を気にせず、バルドルはにこやかに笑顔を浮かべたまま話を続けた。

 

「そういう訳でな、あの空間に入ってからどうもフレイヤがおかしいと感じていたんだ。その上で呼び名を変えていただろう?それで間違いないと確信したんだよ。でなければ、流石に一か八かでフレイヤを斬ったりするものか」

 

「なるほど!そういう事だったのですか。納得しましたよ」


(バルって、こんなこと喋って恥ずかしくないの!?私達が繋がってる、なんて……もう!)


(愛されてるなぁ、フレイヤは……わ、私も団長とそれくらい…!って、無理か)


 キラキラとした瞳で尊敬のまなざしを向けるフォルセティ。恥ずかしさのあまり顔を真っ赤に染めて顔を背けるフレイヤ。何やら肩を落とすナンナ。三者三様の反応をみせる三人に、何も解っていないバルドルはキョトンとした顔をしている。こうして、平穏とは言い切れなかったフレイヤ初めての温泉旅行は終わりを告げた。

 

 この後に、エッダ騎士団だけでなく、グラズヘイム王国全てを巻き込んだ大きな事件が迫っている事を、この時はまだ誰も気付いてはいなかった。

お読みいただきありがとうございました。

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