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轟く悲鳴の訳

風呂で不意打ちはマジでビビりますよね

 バルドルが、フレイヤを連れて帰ってきた翌朝。バルドルは眠気覚ましに軽い湯浴みをしていた。


 この世界では、ライフラインのほとんどが魔法や魔石によって支えられている。料理に使う火はもちろんのこと、風呂に入る為の湯を沸かすのも火の魔石を使うのだ。魔石自体は魔力さえ注げば起動する為、貧乏侯爵であるエッダ家でも風呂に入ることは問題がない。尚、水も基本的には水の魔石から生み出されるようだ。魔石そのものさえ手に入れば生活にかかる費用は、そう多くないのである。


 (フレイヤの家族を殺した犯人、か。早めに探してやらないと、いつまでも居座られる事になるな。しかし、80年前でさえ真相に辿り着けなかったものを、どうやって探すか……)


 色々とまとまらなかった思考が、シャワーを浴びている内に段々とクリアになってくる。湯と共に眠気も洗い流されていくようで、朝のシャワーは何とも心地良い感覚がする。寝不足から多少の気怠さはあるが、それはさほど問題にならないだろう。


 そうして全身を洗い終えて一息吐いてから湯を止め、タオルを腰に巻いて振り向いた時に飛び込んできたのは、血塗れのフレイヤの顔であった。


「ぎゃああああああああっ!?」


「ひゃっ!?ご、ごめんなさいっ!」


 屋敷全体にバルドルの悲鳴が響く。一日以上一緒にいたので、多少はフレイヤに慣れてきたつもりのバルドルだったが、風呂場での遭遇は本気で恐ろしい。シャワーを浴びている間、背後に気配を感じるという、ごくありふれた錯覚も、フレイヤがいるとそれは最悪の心霊体験に変わってしまうのだ。

 そしてあまりに大きな悲鳴だったので、慌てた何者かが間髪入れず風呂場に飛び込んできた。その男は小柄だが、金色の髪が美しく揺れている、それでいて顔つきはやや少年の面影を残した、端正な顔をした男であった。

 

「だ、団長っ?!どうしたんスか!?」


「あ、ああ……いや、何でもない。……って、ウル?どうしてお前が?」


「いや、急ぎの報告があったんで来てみたら…団長が湯浴み中だったんで、待たせてもらってたんスけど……顔色悪いっスよ?本当に大丈夫スか?」


 (そういう事か……)


 その説明で事情を察したバルドルは激しい動悸を打つ心臓を抑えるように胸に手を当てた。つまり、何かの理由で焦って入って来たウルを見て、フレイヤはバルドルを呼びに来たのだろう。


「ご、ごめんなさい。この人、凄く急いでたみたいだったから…バルを呼んできてあげようと思って……」


 それだけ言うと、フレイヤはしゅんとして俯いてしまった。彼女にしてみれば、知らない男が家に入ってきたのだから、焦る気持ちもあったのだろう。小さくなったフレイヤの様子に怒る気にもなれず、バルドルはようやく心を落ち着けて言った。


「ああ、大丈夫だ。気にしなくていい」


「はぁ……?」


「…うぅ、ごめんね、バル」

 

 それは、フレイヤとウル、双方に向けた言葉だった。今はフレイヤ自身が聞かせようと思っていないので、彼女の声や姿はウルには認識出来ていない。その為、別々に話しかける事が出来ないのである。


「そんな事よりも、報告というのはなんだ?お前がそんなに焦るなんて、珍しいな」


「あ!そうだった!大変なんスよ!東の魔石採掘場で魔獣が出たんです!それも、群れで!」


「何だって!?」


 血相を変えてそう言い放つウルの言葉に、バルドルもまた強く反応する。魔石の採掘は、エッダ家が統治する領地の中で、もっとも大きな基幹産業というべきものだからだ。


 エッダ家は、彼らの属するグラズヘイム王国が建国の際、当時の王となる人物に付き従って戦乱の中を駆け抜けた人物が始まりである。今から数百年前の建国戦争に於いて、エッダ家の始祖、エルダー・エッダは王の親友として、また勇猛果敢な戦士として多くの武勲を上げたという。その時の論功行賞によって、グラズヘイム王国の建国後に将軍となり、現在まで続く騎士団を任されたのだ。

 もちろん、侯爵という貴族であるので、エッダ家には領地も与えられた。ただし、強力な騎士達を有するエッダ家に資金力までつけさせることは、他の貴族に対する手前難しい。結局、エッダ家に与えられたのは王都に程違いが魔石採掘場を含んではいるものの、あまり肥沃とは言い難い土地であったようだ。彼らに金がないのは、先祖からの習わしのようなものなのだろう。


「魔獣の群れだと……何故急に。そんな兆候があったか?」


「そんなのある訳ないじゃないっスか!皆テンパって大混乱スよ。今の所、人間に被害は出てませんけど魔石の採掘は完全にストップしちゃってます。マズいっスよ、今月の採掘量は既定ギリギリだって、オヤッさんボヤいてたんスから」


「あー……」


 ウルがオヤッさんと呼ぶのは、魔石採掘の現場監督をしているドヴェルグという中年男性の事だ。彼は魔石の採掘から加工までを一手に引き受ける職人でもあり、優れた武具を作る名工としても知られている。ただし、とんでもなく偏屈で人間嫌いな所があり、まともに話が出来るのは人懐っこいウルや、バルドルくらいのものである。

 魔石は色々なものに利用できる反面、あまり長持ちしないという特徴がある。これは魔石の大元になっているのが、生物などから染み出した魔力が、鉱物に浸透して出来るものだかららしい。ある程度は加工次第で変化するものの、凡そ一年かそこらでダメになる場合がほとんどだ。その為、魔石の採掘は国の至る所で行われ、最低限の採掘量も決まっている。今月は天候など、いくつかの要因が重なって採掘が上手くできていなかったのだ。その上で、魔獣の群れのせいで採掘が止まっていては、現場を仕切るドヴェルグが怒るのも無理はない。


 ドヴェルグの怒りが目に見えるようで、バルドルはげんなりしている。ドヴェルグは領民であり、エッダ家に仕える部下でもあるのだが、彼がへそを曲げると領内には立ち行かなくなるものがたくさんあって、とてもではないが放置は出来ない。無類の酒好きである彼の為に、何か酒を用意しなければならないだろう。また財布の中身が減っていきそうだ。


「騎士団で動ける連中はどうした?」


「それが、どういう訳か他の領地からも同時に救援の要請が来てて、手一杯なんスよ。どうなってんスかねぇ……」


 騎士団は基本的に、グラズヘイム王国全ての領地に於ける対魔獣兼対他国の戦力だ。もちろん、どの貴族も自分達が治める各領地毎に戦力を有しているが、魔獣に対抗できるほどの戦力は持ち合わせていない。この平和な時代に慣れ過ぎて、誰も彼も金食い虫な騎士や傭兵を自前で用意する事など、二の次なのである。彼らにしてみれば、危険な敵に対抗する時の為に、エッダ家とその騎士団がいるのだ。これで他の領地への救援が遅れようものなら、エッダ家は輪をかけて役立たずと罵られることになるだろう。

 

 バルドルは頭を搔いて、すぐに思考を切り替えた。差し当たって、優先すべきは他の貴族からの救援要請に応える事である。領内の問題は、領主である自分が立てばよい。それが解っているからこそ、ウルは急いでバルドルの下に来たのだった。


「解った。魔石の採掘場へは俺が行く。その間に他の貴族達からの救援要請を全てまとめろ、隊を振り分けて出陣させる」


「あ、それはもうやってあるっス。第一~第五連隊まで、既に出兵済みっスよ!」


「……お前の仕事が速いのは結構だが、もうちょっと俺への報告を密にしろ。聞いてないぞ、そんな話」


「いやぁ、昨日から立て続けに要請が来たもんで仕方なく。団長は昨日、別件で王都に行ってたじゃないっスか。これ連絡してる時間ねーなーって」


 ウルは悪びれもせずあっけらかんとした表情で言った。彼には副官として裁量を与えているのだから、この仕事の速さは頼もしいのだが、どうも舐められている気がする。バルドルは溜め息交じりにウルの肩を叩いてから、出陣に向けて支度を始めるのだった。

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