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絆の勝利

覗きは駄目、絶対。

「な、なに、これ」


「具象化だと……?!」


 三人が闇に包まれて視界を失われた後、一瞬の内に視界が戻ると、そこは先程までの場所ではなく露天風呂の中であった。フレイヤは風呂の中まで入っていないので解らなかったが、風呂の造りは伽藍堂の露天風呂とは少し違う。周囲が暗いので解り難いが、どうやらいくつかの温泉施設の浴場を継ぎ接ぎして一つの形にしているようだ。その証拠に、足元の床が石造りな部分と、タイル張りの部分とが歪に混在している。つまりこれは、想像の産物なのだ。


 そもそも具象化とは、魔法を使う際に莫大な魔力を使って、その魔法を現実に置き換えるものである。以前、バルドルが王城でモンスター達と戦った際に浄化せし光の巨船ゼーレ・フリングホルニを使って敵を大海原の空間へと取り込み、撃破した事があった。あれが具象化だ。ただし、具象化は並大抵の魔力で実現できる芸当ではない。強すぎる魔力を使って現実を塗り替えるような、途方もない力だからだ。


「あの男、それほどの魔力をもっていたのか……!?」


 バルドルは思わぬ事態を受けて一気に冷静さを取り戻していた。そうして思い返してみれば、あの男の霊は確かに凄まじいまでの執念を持っていた。覗きというゲスな行為と欲望に全振りする異常な男ではあるが、霊体という魂が剥き出しの状態ならば、強い想いは力になるのも納得のいく話だ。だとしたら、油断はできない。


 次第に強くなる圧迫感に、背筋が凍る。それでも、戦いの気配を察知したバルドルには怯えて震える様子はなかった。そのままそっと庇う様にして、フレイヤの前に立った時、不意に男の声が周囲に響いた。

 

『ククク……!お前達はもう、袋のネズミだ。どこにも行けない、逃げ場などないぞ。クククク……』


「フォル、風で周囲を探れるか?奴はどこだ?」


「……さっきからやっていますが、ダメです。奴の居場所どころか、この空間がどこまで続いているのかさえも不明です…!」


「なんだって!?」


 目で見る限りは、この浴場はそこまで大きな風呂場ではない。バルドル達が昨日入った男性用風呂と比較しても精々1.5倍程度の広さだ。フォルセティの風魔法による探知は開けた場所なら戦場全体をまとめて手中に収められるだけの効果範囲がある。にもかかわらず調べきれないのならば、あの霊の力は確実にフォルセティの魔力を上回っていると言ってもいいだろう。これは完全に予想外の事態であった。


「なら、実際に行動を起こすしかないか…っ!」


 バルドルはアイコンタクトでフレイヤをフォルセティに預け、目にも留まらぬ速さで駆けだすと、あっという間に浴場の入口へ到着した。そして、引き戸に手をかけようとした……のだが。


「えっ?」


「ば、バルドル!?」


 引き戸に触れた瞬間、バルドルの身体はフォルセティとフレイヤの元に戻ってきていた。距離にして五メートルほどだが、間違いなく二人から離れたはずなのに一瞬にして引き戻されたらしい。ほとんど瞬間移動だ。


「団長、これは……!?」


「なるほど。俺達を逃がさない、そういう事に特化した空間を具象化しているのか」


 何をされたのかまでは把握できていないものの、その特性については今ので凡そ理解が出来た。あの男の霊があれだけ自信満々に逃げられないと言ったのは、これが理由だったのだ。あの男の霊がここまで一切姿を見せず、攻撃もしてこないのは恐らくそれが理由だろう。

 バルドルがそれに気付いたからなのか、周囲から発せられていた圧迫感は、また毛色の違う何かに変化しつつあった。


 (なんだ?雰囲気が変わった……?これは…視線、か?どこかから奴が見ているということか)


『そうだ、俺は見ているぞ。お前達の全てを……ククク、もう二度と、お前達はここから出られない。一生、死ぬまで……恐いか?恐いだろう!この俺をたんなる覗き野郎と侮ったお前らを、俺は許さん!お前らが死ぬまで、いや!死んでもずっと見続けてやる!お前達の死体がどんな風に醜く腐った死体へ変わっていくのかをなぁ!』


「な、なんだって……!?団長、このままでは!」


「落ち着け、フォル。()()()()()()、この程度のピンチに狼狽えるようなタイプじゃないだろう?」


 バルドルはそう言って、ニヤリと笑った。さっきまで怯えまくっていたのと同一人物だとは思えないほどに明るい笑顔だ。一方、その傍らにいるフレイヤは、酷く顔を青褪めさせて俯いてしまっている。バルドル達が閉じ込められて死んでしまう事を想像したのだろうか?思わず心配になりそうなほど、酷い顔色だ。


 ただ見ているだけの敵だというなら、さほど恐れる事はないのだろうが、問題はこの場所から出られないということである。当然だが、こんな場所では食料などないし、水だって現実にあるものではない。具象化していると言っても、これはあくまでイメージを魔力で形にしているだけのハリボテだ。このままじっとしていれば、フォルセティとバルドルは数日の内に衰弱して死んでしまうだろう。あの男の霊はそれを狙っているのだ。そんな中でバルドルは改めて周囲の様子を窺い、そして声を上げた。


「相手を決して逃がさない空間を具象化して作る……大した力だ。お前はこの力で、一体どれほどの人間を殺してきたんだ?」


『ふん!殺しなど、した事はない。強いて言うならばお前らが初めてだ。不思議な高揚感だ……これが、人を殺すということなのか。たまらないな、ゾクゾクする……そうだ!お前達をこの空間に閉じ込めて殺したら、俺はもう情けない覗き野郎ではなくなる!魔だ!俺は()()()になるのだ!アッハハハハハ!』


「なんと……狂気に囚われているのか、既に!」


「ふっ、覗き()か、大した異名だ。たかが二人の人間を閉じ込め、まだ殺してもいないというのに魔を名乗るとは。本物の魔物が聞いたら鼻で笑うだろうな」


『なにぃ?!』

 

「おい、覗き男、お前の名前はなんだ?あるだろう、最低の覗き男でも生きていた頃の名前くらいは。いつまでも覗き男と呼ぶのも面倒だ、教えてくれないか?ここを出たら墓の一つも建ててやるつもりだが、その時に必要だろうからな」


『は、墓だと!?ふ、ふざけやがって……!ここを出られると思っているのか!いいだろう、教えてやる。俺の名前はバロウだ!』


「バロウだな、よし。いいか?バロウ。覗きを己の全てと語るなら、当然それが見破られればお前の負けだ。そうだろう?覗きというのは隠れてするものだと相場が決まっている。現にお前は覗きがバレて追い詰められて死んだんだったな。違うか?」


『そ、それが……どうした!?』


「賭けをしよう、お前はどこかから隠れて俺達を見ている。その場所を俺が見抜いたら俺の勝ちだ。チャンスは……そう何度もあってはお前も納得がいかないだろう。そうだな、一度きりだ。たった一度でお前の居場所を見抜けなかったら……俺の身体をお前にやるよ。どうだ?悪くない提案じゃないか?」


「なっ!?だ、団長!何を言って!」


「そうよ、バルドル!ダメよ、そんなの!?」


 フレイヤとフォルセティが抗議するが、バルドルは人差し指を口の前で立ててウィンクをしてみせた。黙っていろということだろう。その提案を聞いていた覗き男のバロウはしばらく黙った後で答えた。


『………………いいだろう、乗ってやる。どうせお前には解りっこないんだ。お前ほどの男の身体を手に入れる事が出来るなら、確かに悪い賭けではない。だが、本当にお前はそれでいいのか?』


「構わんさ。どうせここに閉じ込められていれば、俺達は死ぬだけだ。ならば、賭けに出た方がマシだろう。……では、バロウ!主神トールへお前の名と魂を持って誓え!俺が勝ったら、大人しく俺達を解放して成仏すると!これは、この俺、バルドル・エッダとの賭けだ!」


『いいだろう!受けて立つ!俺の名はバロウ・ドーイだ!』


 この世界に於いて、主神トールへの宣誓はいついかなる場所に置いても有効な、神との約定となる。互いの名と魂を懸けて誓った以上、取り消す事も違える事も出来はしない。主神であるトールは、己が名を呼ぶ誓いを見て聞いているからだ。


 宣言が済んでしまった以上、自分にはどうする事も出来ないと確信したフォルセティは、黙って立ち尽くす以外に術はなかった。出来る事と言えば、後はたった一つ。もしもバルドルの身体が乗っ取られてしまったならば、バルドルを殺して自分も死ぬこと……それだけである。


(万が一の事があれば、俺は団長と共に逝こう…!団長の言う通り、ここから抜け出す方法は他にない。団長、あなただけを死なせはしません!)


 そんな悲壮な覚悟を決めたフォルセティの目の前で、バルドルは静かにミストルテインを長剣に変えて構えた。そして。


「お前の居場所、隠れているのは…………ここだっ!」


「え?」


 バルドルの表情が厳しいものになった次の瞬間、鋭い斬撃が闇の中に煌めき、フレイヤの身体を真っ二つに切り裂いていた。あまりの出来事にフォルセティは言葉を失い、呆然としている。


「な、なぜ……なぜ、解った?…あ、あの女の真似は……完璧、だった……はず…」


「簡単だ。お前は二度、俺をバルドルと呼んだ。よく出来た真似だったが、フレイヤは俺をバルドルとは呼ばないのさ。俺と一緒に来ると決めた時から、ずっと。……魔を名乗るにしては初歩的なミスだったな」


「ば、バカ……な…!?」

 

 ドロドロとフレイヤだったものの身体が溶けて、薄汚れた男の姿へと変わっていく。そうして驚きに満ちた表情のバロウの魂が霧散すると周囲の闇は消え、先程までいた玄関先へとバルドル達は戻ってきていた。その足元に、小さな指輪が落ちている事に気付いたのは少し後のことである。

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