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鎧の魔剣

勝負あり

 先程よりも短い距離で、再びバルドルとスカディが対峙する。その距離は凡そ十メートルほどだろう。そして、アンティーセの店内は上下が出鱈目な空間になっており、一度床から足が離れれば、視覚上自分の身体がどこへ行ってしまうのか解らない恐怖がある。そんな中でも、バルドルとスカディは全く恐れる素振りも見せず、飛んだり跳ねたりしているのだ。もしここに常人がいれば、まともに立っていることすら難しいかもしれない。


 そうして大盾を構えるバルドルに対し、スカディは余裕そうに近くの本棚に手を伸ばした。


「うーん、本一冊……いや、二冊は必要かな?」


 スルスルと抜き出された本とは別に、もう一冊の本がスカディの隣に浮いてきた。それらは他愛もない、単なる英雄の冒険譚だ。フィクション全開で、内容的には荒唐無稽でありえない事ばかりだが、だからこそ娯楽書としては人気がある。そんなものを持ち出してどうしようというのか、バルドルにスカディの狙いは全く読めなかった。

 

「このまま押し切る…!止めてみろっ!」


「ふぅん。……それじゃ早速、カーフ(魔力弾)!」

 

 バルドルは放たれた矢のような速さと、槍のような力強さで真っ直ぐにスカディへ直進した。それを迎え撃つスカディの足元からは、先程よりも一回り大きくなった魔力の塊が浮き出し、マシンガンのようにバルドルへ降り注いでいく。当然の如く先程の攻防で試した通りミストルテインが変化した大盾は、スカディの魔力弾を完璧に弾き返している。だが、先程と違うのはこの後だった。


「ふふ、カーフを防いだ程度ではね。そら、これでどうかな?」

 

「あれは!?」


 スカディの横に浮かぶ本が一人でに開き、バラバラと凄まじいスピードでページがめくられていく。それがどこかのページで止まると同時に、本の中から猛烈な勢いで水柱が噴き出し、バルドルを襲ったのだ。

 バルドルはその水を大盾で受け止めはしたが、その勢いの凄まじさに進む足が止まる。あれだけの魔力弾を受けても止まらなかったバルドルを止めただけでも、噴出する水の勢いがどれだけ強いのかが解るだろう。


「ぐううううううっ!」


「ほう、頑張るねぇ。でも、これはどうかな?」


 スカディはそう言うと、手にしていた本を開いてページをめくった。そして、目的のページを開くと今度はそこから竜巻が発生し、バルドルへ向かってきた。竜巻はみるみるうちに巨大化し、水柱の水と共にバルドルを飲み込んで巻き上げた。


「っ!?ぐぅ、うおおおっ!」

 

「あはははは!吹き荒れる風と水、まさに大嵐だよ。これは、この本に描かれた英雄が受けた試練の再現みたいなもの。……だから言ったのさ、私は『本を統べる魔女スカディ』。私は魔術により、本の中に記された内容を発現出来るんだ。フフフ、この通り自然災害だろうとなんだろうとね。まぁ、聞こえていないだろうけど」

 

 十数メートル以上の高さまで巻き上げられた水と風、バルドルは一気にその頂点付近まで押し上げられていた。吹き荒れる暴風と大量の水で、呼吸すらままならない。この勢いのまま落下すればいくらバルドルと言えどただでは済まないだろう。いや、それ以前に、このまま高く巻き上げられ続けたら迷宮の異常な空間に放り出されて、床に着地できるかも不明である。


 (これは確かに凄まじい力だ。だが!)


 バルドルは大盾を身体に密着させ、更に大盾の前方に魔力を集中させて、風を受け流す壁を作り上げた。そして、風を切るようにして身体を傾け、スカディの頭上目掛けて落下していく。それにスカディが気付いたのは、既にバルドルがかなり近くまで接近してきてからであった。


「なんだ!?……あ、あの暴風雨の中で盾を手放さずにいられるとは、とんでもない怪力だ。しかも、それだけじゃなく風に乗るんじゃなく切って落ちてくるなんて……本当に人間なのか?けどね」


 一瞬面食らって驚いたスカディだったが、すぐに調子を取り戻し、再びニヤリと笑みを浮かべた。すると。


「炎、だと!」


「あっはははは!その英雄譚には炎の試練もあったんだよ!終わりだね、バルドル!」

 

 それまでは水が噴き出していた本のページが変わり、今度は大量の炎が噴き出してきた。そして、竜巻は炎を飲み込んで火災旋風へと変化する。風の中を垂直に落下してくるバルドルには業火を避けることなど不可能だ。このままバルドルは、成す術もなく炎に焼かれてしまうだろう。勝利を確信したスカディは高らかに笑った。しかし。


「あっははは……は、は…!?」


 紅蓮の炎渦巻く竜巻の中で、一点だけキラリと光り輝く何かが見える。それは炎よりも眩しく光り輝いていて、かなりのスピードで近づいてきているようだ。それが何なのかを理解したスカディは、今度は途轍もない恐怖に駆られていた。


「なっ、なななな……なんなんだ、あれは?!」


 炎の中から大の字になって飛び出してきたのは、黄金に近い輝きを放つフルプレートアーマーを身にまとったバルドルであった。さっきまで手にしていたミストルテインの大盾はどこにもなく、身につけた鎧にはつま先から胴体、そして特徴的な頭部にかけて大樹の紋様が浮かんでいる。落下しつつ迫って来るバルドルは、左腰部分から剣の柄のようなものを取り外すと、そこに魔力を込めた。その魔力は瞬く間に噴き出す光の刃となり、空中で構えてスカディを狙う。


「あ、あわわわわ……ぅわぁっ!?」


 ズガンッ!という激しい音と共にバルドルが着地する。手にした光の刃はスカディの帽子のつばを切り裂き、倒れ込んだスカートの上から床に突き刺さっていた。スカディが腰を抜かして転んでいなければ、頭から串刺しになっていたかもしれない。兜の下のバルドルの瞳は見えないが、代わりに鋭い二つの青い光がスカディを射抜くように見つめている。


「はっ…!は、はぁっはぁっ!」


「……さて、勝負は俺の勝ちでいいか?」


 バルドルはスッと立ち上がって刃を床から抜くと、スカディの鼻先に突き付けてみせた。いかにスカディが魔術を使い、本から状況を抜き出そうとしても、この距離では確実にバルドルが剣を振るう方が速いだろう。何よりも、バルドルはスカディをただの女だとは思わないと宣言している。つまり、戦いを続けるならば容赦しないと言っているのだ。現に、今のは一歩間違えばスカディは命を失っていただろう。バルドルはやると言ったらやる男なのだと、スカディは心から察したようだった。


 恐怖に負けたスカディが気絶すると、迷宮のようになっていたアンティーセの店内は、元の普通の書店へと変化した。すると、本棚の中から一冊の本が飛び出してきてバルドルの背後で大きく開く。同時に、本はバラバラになってそこからフレイヤの姿が現れた。


「ダメッ!バル、もうやめて!それ以上やったら死んじゃうわ!」


「……大丈夫だ、フレイヤ。流石に気絶した相手に、ここからトドメを刺すような真似はしないさ」


 飛びついてバルドルを止めようとするフレイヤを見て、バルドルは苦笑して剣を収めた。こうして、恐るべき本を統べる魔女との戦いは幕を閉じたのだった。

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