魔女と騎士
どこか緊張感のない戦い…!
スカディから放たれた魔力は、石礫のような形になりバルドル目掛けて飛来した。それら一発一発が、高密度な魔力の塊だ。まともに当たれば身体に風穴が開く、そう直感で解るほどだった。
「っと!」
バルドルはミストルテインを長剣に変えてそれらを打ち払い、時に躱しながら、流れが途切れる隙を待っていた。どんな魔術の使い手であろうとも、一息に放てる魔力の量には限界がある。人が発声を続けるのに息継ぎが必要なように、魔力の放出を続けるのならばどこかで魔力が途切れるか、弱まる瞬間があるはずだ。スカディが自称する魔女というものが何であれ、人の姿形をしている以上、その摂理から逃れられるとは思えない。
だが、一向にその時は訪れなかった。バルドルの狙いを予測していたのか、スカディは薄笑いを浮かべたまま、大量の魔力弾を打ち続けてくる。このままの攻防が続けば、分が悪いのはバルドルの方だろう。
「ふふふ、どうしたんだい?さっきまでの威勢はどこへ行ったのかな?」
「…なるほどな。……ならばっ!」
バルドルは何か閃いたようで、ミストルテインを巨大な盾に変えた。それはバルドルの全身を覆い隠すほどの大きさで、真正面から打ち込まれる魔力弾をひとつ残らず弾き返していった。
「なんだ?あの剣、あんな形にもなるのか」
「うおおおっ!」
「っ!」
魔力弾の全てを盾で受けようとすればそれなりの重さであるはずだが、バルドルの膂力であれば、その程度は何ら問題ではない。傘に小雨が当たっているようなものだ。バルドルは盾を構えたまま、一足飛びにスカディの元へと跳んだ。
流石のスカディも、バルドルがまさかこれほどの距離を一息に跳んでくるとは思っていなかったらしい。ギリギリまで魔力弾で迎撃しようとしていたが、それに効果がないとみるや、体を浮かせて素早くその場から後ろへ飛んだ。そんな紙一重のタイミングで、空中で盾から再び剣へと変わったミストルテインの一撃が、スカディの立っていた場所へ打ち込まれた。
「ちっ!躱されたか」
「……危ないな。いくら私が魔女でもか弱い女だよ?剣で斬り伏せようだなんて、酷い事をするねぇ」
「何とでも言え。俺はお前をただの女とは思っていない……!」
「ふふ、まぁ、それは正しいね。しかし、大した度胸だ。見ての通り、君のジャンプがここまで届かなかったらこの空間に真っ逆さまだよ?怖くはないのかな?」
「この程度の距離、跳べないと思っているのか?そっちこそ、宙を飛べるとは大概じゃないか。とても人間技とは思えないな」
「私は魔女だからね、空を飛ぶくらい朝飯前さ。ああ、箒でもあればもっと恰好がついたかな?惜しいことをした」
「……残念だが、何を言っているのか解らん」
「なんだって?!君は魔女が出てくる物語すら読んだことがないというのか!?魔女は子供が読む絵本にすら出てくるポピュラーな存在なはずなのに……」
「生憎と、家に金が無くてな。本を買ってもらったり読んでもらうような暮らしはしてきていないんだ」
「……君、貴族じゃないのかい?本当はスラムの生まれなんじゃ?」
そう言われると立つ瀬がないが、バルドルが貧乏貴族なのは動かしようのない事実である。最近では多少マシにはなってきたとはいえ、基本的にバルドルは大人になるまで娯楽書の類いは読んで来なかった。幼い頃から家にあったのは、戦術書や武具や動植物の図鑑ばかりだったし、そもそも騎士となる鍛錬に明け暮れていたから、本を読む暇などなかったのである。
「悪いが、少なくとも我がエッダ領にスラムなんてものはない。領民達は貧しくとも手を取り合い助け合って生きてきた。力を合わせて苦境を乗り越える術だけは、この国のどの領地にも負けん。それがエッダ家の誇りだ」
「……なるほど。だが、しかしこれは由々しき事態だ。君のような領主が本を読んだことがないなんて!君こそまず、想像力の世界に翼を羽ばたかせて飛び込むべき存在だというのに…!よし、決めたぞ。私は何としても君の頭を地に擦りつけ、誰よりも本好きな人間に変えてやろう!なぁに、一日に三十時間も読書に費やせば嫌でも本好きになれるというものさ」
「いや、それじゃ本が好きになる前に死ぬだろう。第一、一日は二十四時間しかないぞ」
「ええい、そら見た事か!君は本を読まないからこうした諧謔やユーモアが理解できないのだ!」
諧謔とは冗談、即ちユーモアのことである。スカディはそれを敢えて二重表現で言ってみたようだが、案の定バルドルはピンと来ない顔をしていた。簡単に言えば、頭痛が痛いと言われたようなものだ。そして、その思いは反射的に口をついて出てしまった。
「どっちも同じ意味の言葉じゃないのか……?」
「またそういうつまらない事を言う!君、女の子にモテないだろ!」
「ぐっ!?」
その一言はダイレクトにバルドルの心に突き刺さり、胸を抉った。スカディとはほぼ初対面だというのに、もっともバルドルが気にしていた事を見抜かれたのだ。これまで様々な強敵と戦ってきたが、ここまで的確に精神をやられたのは初めてだ。バルドルは頭を抱えて俯きそうになる気持ちを抑え、何とか耐えた。
「や、やるな……!魔女というのは、精神攻撃も得意だということか!」
「ええー……今のがそんなに効いたの?なんか悲しくなってきたな……」
あれほど無邪気な敵意を隠そうとしなかったスカディも、今のバルドルとのやり取りで何かを察したらしく、すっかりトーンダウンしてしまった。俗に言う『毒気を抜かれた』という所だろう。だが、戦う気が全く無くなったという訳でもなさそうだ。むしろそれは、憐れみから見逃してやろうと感じた程度のものである。
しかし、ここで引く訳にはいかないのはバルドルの方であった。現時点でスカディが同情から身を引いたとしても、それは引き分けである。彼女の真の目的がなんであれ、引き分けではウルやフレイヤを取り戻す事は出来ないだろう。戦えば勝つとスカディは思っているのだ。つまり、バルドルの命を見逃してやるという引き方では、二人は救えないのだ。
「バルドル、君は可哀想だから今日の事は不問にしてあげるよ。もう二度とうちの店には来ないように……」
「そうはいかない。さっきも言ったはずだ、ウルとフレイヤを返してもらうと。それが叶わない内にこちらが退く事などあり得ないな」
「……ヤレヤレ。君、頭も悪いのかい?私の魔力弾を防いだくらいでいい気になってるみたいだけど、私の力はそんなものじゃない。はっきり言って、まともに戦えば絶対に私が勝つよ。それなのに、まだ歯向かおうって?」
「ああ、そうだ。俺の方こそ、戦えば確実に勝てるんだ。退く必要がどこにある?」
緩くなっていた空気が、再び張り詰め始めた。挑発し合っているのはお互い様だが、それでも面白くないのはスカディの方だった。彼女の中には根本的に、騎士が魔女より格下の存在だという意識があるからだ。
「ふっ、面白い事を言うじゃないか。この私に、確実に勝てるだなんてね……いいだろう、君は最後のチャンスをフイにした。その愚かさに免じてきちんと決着をつけてあげよう」
「ああ、望む所だ!」
そう言うと、バルドルはもう一度ミストルテインを大きな盾へ変化させた。魔力弾を完璧に防ぎきったこの盾ならば、勝ち目はある。
(……なんて思ってるんだろうなぁ。全く、騎士だとか近衛兵だとかって連中は本当に、想像力が足りないね。さっきのアレが私の全力だと思ってる所がまずダメだ。少し思い知らせてやるとするか)
大きな三角帽子の唾で隠れた口から、ペロリと舌なめずりをしてスカディは笑う。彼女の隠された真の力が、明らかにされようとしていた。
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