本好きの魔女
ウルは幸せそうです。
「~~~♪」
「ウルさん、凄く嬉しそうね」
「まぁ、この際だから言ってしまうが、いつもの事なんだ。アイツは惚れた相手ができると浮かれ具合が半端じゃなくてな。……本人は気付いていないようだから、黙っててやるのが温情だと思っているんだが」
鼻歌混じりにスキップしながら前方を進むウルを見つめて、フレイヤは苦笑していた。はっきり言ってあの浮かれ具合は尋常ではない。後で我に返った後、あの様子を周りに知られていたら恥ずかしさで悶絶すること請け合いだ。バルドルが武士の情けと、あえてはぐらかしていたのも納得である。
あの後、魔法の訓練に失敗したと適当に誤魔化してウルに伝えたのだが、相変わらず浮かれていたウルはそんな雑な説明にも疑問を抱かないようだった。今回はそれに助けられたが、この調子ではいずれ仕事に影響が出るのは間違いなさそうだ。騎士の仕事は命懸けの実戦なので、この状態が続くのはよろしくない。
(それにしても、いつものことって事は、あの状態が何度もあったって事よね?……うん、可哀想だからこれ以上考えないようにしよう)
何度も恋をしているという事は、それだけ実らなかった恋が多いということである。その残酷な事実に気付いたフレイヤは、ウルの名誉の為にそれ以上考えるのをやめた。
しばらくウルの後をついていくと、やはりあのアンティーセに辿り着く事が出来た。バルドルは記憶の通りに道を通った事を歩きながら確認し、改めて溜息を吐く。どこかで自分が道を誤った可能性は考えたが、答え合わせはこれで三度目である。フレイヤがここに来るのは初めてだが、バルドルが通って来た道には何も問題はなかったのだ。
「どうしたの?バル」
「いや、君は解らないだろうが、俺がここへ来るのは三度目なんだ。ただ、一人で来た時にはあのアンティーセという店に来られた事が一度もない。改めて、あれがただの店ではないと確信したまでさ」
「そうなのね……確かに、なんだか不思議な雰囲気のするお店だわ」
二人が話している間にも、ウルは上機嫌でアンティーセのドアを開け、意気揚々と中へと入って行った。その様子からは楽しげな雰囲気しか伝わってこず、とても危険や怪しさは感じられない。少しの間様子を見た後、バルドルとフレイヤは顔を見合わせて頷いた。
「それじゃ、私が中に入って様子を見て来ればいいのね?」
「ああ、頼む。だが、もしもあのスカディが店の中にいると解ったらすぐに逃げてきてくれ。彼女が本当に君を感知できるのなら危険すぎるからな。そうでないなら、ウルが中で何をしているのかだけでも見てきてくれれば、それでいい。……くれぐれも気を付けてくれ、頼んだぞ」
「任せて!それじゃ、行ってくるわ」
フレイヤは店の入り口に近づくと、中の気配に注意しつつそっとドアをすり抜けた。姿を隠すだけでなく、壁抜けの出来るフレイヤはまさに隠密行動に最適である。
「本屋さん……なのかしら?考えたら私、こういうお店に入るの初めてだわ」
生前は貴族の令嬢であるフレイヤにとって、出入りした事のある店は限られている。貴族社会では、わざわざ貴族自らが買い物に出る事などあり得ない。基本的に外商が取引にやってくるのが当たり前の世界だからだ。もっぱら買った事があるのは服や宝石などの貴金属だが、それらを買う為に店舗へ行くことなどしなかったのである。精々、高級レストランに外食へ行く事があるかないか、と言う所だろう。バルドルのように、庶民と変わらぬ生活をする貴族がおかしいのだ。
キョロキョロと中を見回すと、所狭しと並ぶ本棚に圧倒されそうになった。ウルが楽しんでいた古書独特の匂いがして、フレイヤの顔が歪む。それでも何とか通路を進もうとした時、笑顔のまま立ち尽くす、ウルの姿が目に入った。
「ウルさん…?一人で何をしてるのかしら……凄く幸せそうな顔してるけど」
「ヤレヤレ、勝手に入って来られちゃ困るなぁ」
「えっ!?だ、誰?!」
「やぁ、幽霊のお嬢さん。昼間振りだね。まさかこんな所まで来てしまうとは思わなかったよ。てっきり我を忘れてレイスになったと思ったのに」
背後から突然声がして、フレイヤが振り向くと、そこには眼鏡をかけた若い女性が立っていた。薄笑いを浮かべているが、間違いなく姿を消しているフレイヤと目が合っている。本能的に危険を察知したフレイヤが距離を取ろうとした瞬間、本棚からいくつもの本が飛び出してきて、フレイヤを覆い尽くしてしまった。
「きゃあああっ!?な、なにっ、なんなの!?」
「うちの店は会員制だよ。本が好きな人間だけが客として招かれるシステムなんだ。そうでない人間はお客じゃないんでねぇ、不法侵入者には容赦しないよ。……まぁ、幽霊本というのも面白そうだ。君には商品のラインナップになってもらおうかな」
「ひっ!?い、いやっ!助けて、バルっ……!」
「ふふっ、一丁上がりっと」
バサバサと本のページが外れてフレイヤに取りついていくと、あっという間にフレイヤの姿は消えて、後には一冊の本だけが残され、床に落ちた。これだけの騒動が起きているのに、ウルは全くこちらに反応せず、笑顔で虚空を見つめたままだ。ゾッとする笑顔を浮かべた女は、床に落ちた本を拾い上げ、本棚にしまった。
「フレイヤ?なんだ、今のは……まさかっ!?」
その頃、外で様子を窺っていたバルドルは何かが弾けたような強い感覚を覚えて、一気にアンティーセへと駆け出していた。それは胸騒ぎや虫の知らせというようなものではないレベルで、バルドルはフレイヤの危機を察したのだ。
その勢いのまま、ドアを体当たりで破って中に入ると、そこで見た光景にバルドルは言葉を失った。
「こ、これは……っ!?」
店の中は、先程フレイヤが立ち入った時とは全く様相が異なっていた。上下左右ありとあらゆる場所に無秩序に立ち並んだ本棚と、そこに繋がる階段が浮かんでいる。それはまさに迷宮そのものであり、明らかに物理法則を無視した状態だ。立ち尽くすバルドルの視線の先には、濃い緑のマントと三角の帽子を身に纏った人物が立ち、こちらを見下ろしていた。
「やはり来たか。全く、君達は本当に不粋な人間だねぇ。客でもないのにうちの店にズカズカと土足で踏み込んでくるなんて困るよ」
「その声……スカディだな!?お前は一体、何が目的でこんなことを!」
「君は、バルドルと言ったね?君の事はウル君から聞いていたんだよ、あの幽霊のお嬢さんといい、中々無茶をする人物らしいじゃないか。まぁ、私もこの街で商売をしようと言うんだ、一度くらいは領主の君に挨拶をしておくのもいいかと思ったんだがね」
「なんだと!?」
「こちらが挨拶へ行く前に、君が何度か店の様子を窺っていたのは知っていたよ。ただ、うちは本に興味のない人間は敷居を踏んで欲しくもないのでね。昼間の事は、ちょうどいいから警告をしたツモリだったのさ。よもや、その日の内に乗り込んでくるとは予想外だった。……これだから、本を読まない人間というのは短慮で扱い難いものだ」
「ふざけるな!お前が何者かは知らないが、俺の仲間に手を出すようなら放っては置けない!ウルとフレイヤを返してもらうぞ!」
「……放っては置けない、だって?」
その瞬間、スカディの纏っていた気配が一変し、空間そのものの色合いが一段と濃くなった気がした。大きな帽子のつばの下でスカディの瞳が金色に怪しく光っている。そして、嵐のような魔力がスカディの足元から溢れ出した。
「面白い事を言うじゃあないか。どう放って置かないのか教えてもらいたいものだね。たかが人間の騎士如きがこの私、本を統べる魔女スカディ・コレッタを相手に戦えるツモリなら、かかってくるがいい!」
スカディから放たれた魔力が、途轍もないプレッシャーとなってバルドルを押し包む。フレイヤとウルを救う為、バルドルは単身でスカディに戦いを挑むのだった。
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