雷落ちて地固まる
バルドルの服のストックが1減りました。
「はぁ……し、死ぬかと思った……」
「ご、ごめんなさい……」
若干焦げ臭い香りを漂わせたバルドルが、リビングのソファに突っ伏して呟いた。着ていたサーコートは完全に炭化しており、ボロボロになって所々穴が開いている。都合七発もの迅雷をまともに受けて、生きていられるだけでも大したものだが、怪我らしい怪我がないのは彼の力がいかに規格外かを物語っている。
その隣で、すっかり意気消沈して小さくなっているのはフレイヤだ。
文字通りの怒髪天を衝く怒りっぷりをみせた彼女も、流石に落雷を何度も落とせば少しはストレス発散になったらしい。気付いた時には黒焦げの服を身にまとったバルドルが倒れていて、フレイヤは半泣きになって謝り倒し、現在に至っている。
「いや、元はと言えば、俺がデリカシーの無い事を言ったのが悪かったんだ。むしろ、これくらいで気が済んだならそれでいいさ。すまない、フレイヤ。……ただ、やるなら俺だけにしておいてくれよ?流石に死人が出かねんからな」
「他の人にこんな事しないわ…!バルにするのも良くないけど。っていうか、これくらいで済んじゃうバルもおかしいと思う」
至極真っ当な意見ではあるが、それを今追及した所で意味はない。問題は、あのスカディという謎の女性の真意である。
フレイヤの目から見て、彼女は間違いなく空中にいるフレイヤの姿を確認して目が合ったはずだ。フレイヤは高く空を飛ぶ時などは、極力姿を消しているので、並の人間には見えないのに、だ。その一点だけをとらえてみても、彼女が只者ではない事は明らかだった。
バルドルが感じた通り、あのスカディはフレイヤが怒りに我を忘れるであろう事を想定して仕組んだとしか思えない。だが、その理由はなんなのだろう?少なくとも、バルドルにはスカディという女性と面識はなく、当然ながら名前も顔も全く知らない赤の他人だ。過去にバルドルが袖にされた女性達の中にも、あのような女性はいなかったと記憶している。つまり、バルドル個人に恨みがあったとは考えにくい。
となると、後は、フレイヤへの怨恨という線が候補にあがるが……フレイヤもまた、彼女のことは全く知らないのであった。
「俺も仕事柄、敵に恨まれるような事がないとは言わないが、あんな若い女性に恨まれるような覚えはないんだ。……精々、過去に捉えた賊の身内くらいしか思い当たらないが、それなら何故今なのかも謎だしな」
「私も、最近では街の人達と仲良くさせてもらっているけど……あの人は初めて見たわ。それに、姿を消してるはずの私のことが見えてるなんて……」
「一つ確認したいんだが、君から見て、彼女は間違いなく生きた人間だったと思うか?」
「……正直、遠目だったから確実にとは言えないわ。たぶんそう、というのが精一杯」
「ふむ。可能性は無くもない、か」
バルドルがまず思い当たったのは、スカディがフレイヤと同じ幽霊だったのではないかということだ。動機はともかく、幽霊であればフレイヤの姿を感知することは容易だろう。その可能性は低そうだが、ゼロではなさそうだ。
そもそも、彼女の目的がフレイヤを暴走させたかったのであれば、もっと他に手段はあったはずだ。それこそ抱き着くだけでなくキスの一つでもしてみせれば、フレイヤの怒りはあんなものでは済まなかっただろう。ただし、仮に本当の意味でフレイヤが悪霊化した所で、本気でバルドルが相対すればフレイヤに勝ち目などない。つまり、フレイヤの暴走は、さほど意味がない行為なのだ。
「一体彼女は何が目的で……まさか、俺があのアンティーセという店を探ったからか?警告のツモリか、或いは、排除か…」
スカディの目的を考える内、ふとバルドルの脳裏に閃いたのは、アンティーセを探ろうとした自身の行動であった。一見すると何ら関わりのない事のように思えるが、タイミングという意味ではこれほどピッタリなものはない。一人では絶対に辿り着けない謎の店……そこに何らかの秘密がある、そんな予感がした。
「アンティーセって何?バルは、何を調べていたの?」
「ああ、実はな……」
そこでバルドルは、先日フレイヤと喧嘩になってしまった後の事を全て話す事にした。もちろん、ウルの事情についてもだ。本来であれば、他人の恋愛事情を勝手に話したくはなかったのだが、こうなってしまっては下手に隠し事をすると拗れるばかりである。ウルにはまた、個人的に後で謝罪するしかないだろう。
「……という訳で、その店について探ろうと考えていたんだ。もしも、あの店とスカディに関わりがあるのなら、ウルが危ないしな。あまり他人のプライベートな事を話したくなかったとはいえ、誤解させるような事を言って、本当にすまなかった。許してくれ、フレイヤ」
「そうだったの……私の方こそごめんなさい、バル。あの時、バルが何か隠し事をしているような気がして、私も不安になっちゃって……私も、もっとバルとウルさんの間の事を信じるべきだったのよね。私にはまだ知らない皆の事情がたくさんあるんだし」
「気にするな、そこはお互い様だ。これから嫌でも知れることばっかりさ」
「これから……うん、ありがとう。それにしても、そのアンティーセっていうお店、どういうお店なのかしら」
「今回の事とは無関係かもしれないが、無害な店……と楽観視するのも危険そうだな。と言っても、もしあのスカディが関係者なら、君に頼るのは……」
「ううん、私、やるわ。さっきはちょっと取り乱しちゃったけど、私だってバルや騎士団の皆を守りたいもの!」
(ちょっと……だったか?)
バルドルにとって、貴重な服を一着駄目にされた事はちょっとどころではすまないが、そこは敢えて口に出さないことにしたようだ。口は禍の元である。それに、まだアンティーセがスカディと関係があると決まった訳ではないのだ。それをはっきりさせる為には、隠密行動の出来るフレイヤの協力は何よりもありがたいのは事実だった。
「団長ー、戻りましたっス~。…って、うわ!何スかその恰好!?黒焦げじゃないっスか!何やってんスか、全く…」
「ウルか。元気だな、お前は」
ちょうどその時、任務から戻ってきたウルがリビングに入ってきて、バルドルの姿に驚いてみせた。相変わらず元気一杯で浮かれ気分のようだが、特に健康面で問題はなさそうである。果たして、アンティーセは問題のある店なのか。それを知る為、バルドルとフレイヤはその日の夕方、帰宅するウルの後を尾けることにしたのだった。
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