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謎多きアンティーセ

ただの古本屋ではない……?

 それからというもの、ウルはその店へ足繁く通うようになった。休みの日は一日中、平日は朝か晩の仕事の前や後と、とにかく空いた時間を注ぎ込むばかりだ。まさに、暇さえ有ればという言葉通りである。


「フフフフフ…へへ。んふ」


 仕事の手を止め、窓の外を眺めながら奇妙な笑いを止めない姿は一見すると幸せそうだが、普段の彼を知っている人間からするとかなり異常に見える。そんなウルを目にしたフレイヤは、かなり引いた様子でバルドルの腕をつついた。


「ねぇ、バル……ちょっと」


「うん?何だ?フレイヤ……っ、お、おい!?」


 反応するや否や腕を引っ張られ、バルドルは抵抗する間もなく部屋の外へと連れられて行った。しかし、すぐ傍でそんな事が起きているのにウルは全く気に留めていないようである。そうして廊下に出た二人は、そっと耳打ちをするように会話を始めた。


「まったく、そんなに引っ張らなくてもいいだろう……!ああ、インクが袖に」


「染み抜きの方法なら私が知っているから大丈夫よ。ねぇ、それよりも……ウルさん、ちょっと変じゃない?」


「変?……まぁ、もうすぐ春だからな。温かくなってきたし、時期的なものじゃないか?」


「そういう事言ってるんじゃないってば!」


「そう言われてもだな……」


 何か歯切れの悪い受け答えをするバルドルに、フレイヤは苛立ちを感じていた。一方のバルドルは、ウルの身に何が起きたのかを何となく察している。実の所、ウルがああして奇妙な雰囲気になっている時は、大体恋愛絡みだ。それなりに付き合いが長いだけあって、バルドルは過去に何度か彼の奇行を目にした事がある。そう、過去にウルが片思いや恋人が出来たという時は、決まってああいう心ここにあらずといった様子に陥るのである。

 しかしながら、事が事なだけに、部外者がそれを口にするのはいかがなものかとバルドルは思っていた。自分はああも恋愛にのめり込んだ経験はないが、恋とは時として人を狂わせるものだと聞いている。ならば、自分もあんな風に周囲が見えなくなることがあるかもしれない。そんな時、何も知らない人間に恋心の話を吹聴されるのは誰だって嫌なはずだ。それ故、こうしてはぐらかす事しか出来ないのだった。

 

 そうとは知らないフレイヤには、バルドルの対応がずいぶんと薄情で、いい加減なものに見えてしまっていたようだ。お互いにウルの事を気遣ってのすれ違いなのだが、やはり人は、その胸の内を言葉にしなければ誤解が生じてしまうものなのである。


「どうしてそんなにはぐらかそうとするの?バルは、ウルさんが心配じゃないの?普段、あんなに仲良さそうで仕事も助けてもらってるじゃない」


 (それは百も承知だが、かと言って、そんなプライベートな事を勝手に話すのも……難しいな)


「いつものバルなら、真っ先にウルさんの事を心配して行動してるはずなのに……おかしいよ、どうしちゃったの?!酷いわ、あんまりよ…」


 (……これは、言うべきだろうか。ウルがああなるのは誰かに惚れた時だと。だから心配いらないんだが…それくらいならいいのか?解らん、こういう話をする友人は今までいなかったからな)


 強いて言うならばヴァーリが、その手の話を出来る唯一の友人と言えるのだが、如何せんバルドルは恋愛そのものを敬遠してきたフシがある。気の合う仲間や友人とて、どこまでプライベートに踏み込んで喋っていいのかは経験不足故に解っていなかったのだ。


「あー……フレイヤ、そんなに()()()()()()()()()()()?」


「えっ…?!そんな、私、そういうツモリじゃ……!もう、いい!バルのバカっ!」


 バルドルのその問いかけは、ウルとの仲を邪推するものに聞こえたらしい。フレイヤは恥ずかしさと、他の誰でもないバルドルにそんな言葉を投げ掛けられたショックで怒りを露わにした。こういう所が、バルドルは女心が解っていないと言われる最大の理由なのである。

 フレイヤはそのまま踵を返して、屋敷の壁を抜けてどこかへ飛んで行ってしまった。こんな風にフレイヤの怒声を浴びたのは初めてで、バルドルも動揺して動けない。失敗したと思ったのは、何呼吸か間を置いてからである。


「しまった、余計な事を言ったか。俺って奴は本当に、はぁ……」

 

 ちらりとドアの隙間からウルの様子を見ると、ウルは相変わらずぽやんとした顔で窓の外を見つめている。さっきから完全に仕事の手が止まっているし、そろそろ放置しておくのはまずいだろう。フレイヤの事は抜きにしても、いつまでもウルが腑抜けたままでは困るのである。


「仕方ない。こっちも少し立ち入るしかないか、やれやれだ」


 そうごちる窓の外には、美しい新緑が芽生え始めていた。





 バルドル達が暮らしている領都『ビフレスト』。エッダ領の中でももっとも大きな街ではあるが、それでも人口は4万人ほどで、王都と比べればかなり小さい都市だ。最近ではエッダ領全体の好景気に支えられて別の領地から人が流入してきているが、彼らは新しく村や街を興したりする方が多く、現状でビフレストの住民が一気に増えたというような事はない。

 それでも、新しい建物の建設や都市機能の拡大などは続いており、街は大きく様変わりしている最中なのだ。その為、普段からパトロールをしているバルドルでさえ、少し目を離した隙に、街並みに変化を感じたりする。


 そんな状況だからだろう、ウルの後を尾けて辿り着いたその店に、バルドルは全く見覚えがなかった。ちょうど完成したばかりの新しい国教会の教会堂と、役場の第二庁舎の間に隠れるようにして建っており、日陰になっているせいもありそうだが。


「あの店に入って行ったか。しかし、こんな所に店があったか?確かに少々わかりにくい所ではあるが……ええと、あん、てぃーせ?何の店かは外からじゃ解らんな」


 アンティーセは、その立地もさることながら外観からはどういう店なのか解りにくい造りをしていた。店の前にはいくつかの植木鉢と花が活けられているが、窓は小さく少なくて、外から店内の様子を窺い知ることは難しい。おまけに日陰で暗いのだ、今は夕方だが、既に夜のように真っ暗だった。


 バルドルは少し考えて、日を改めて一旦出直す事にした。外から見る限り、店舗としてはかなり小さな店だ。あれではドアを開けて店内に入れば間違いなくウルに見つかるだろう。そうなると、尾行の意味がなくなってしまう。事が恋愛沙汰でなければ直接ウルに話をするところだが、恋愛絡みとなると踏み込むのも躊躇われるようだ。


 後日、ウルがいない時にでも様子を見に行こうと思っていたバルドルだったのだが、これ以降、何度道を辿ってみてもアンティーセに辿り着く事は出来なかった。いよいよ異常だと考えたのは、それから数日後のことである。

お読みいただきありがとうございました。

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