光と闇の攻防
ようやく決着です。
ちょっと長くし過ぎた…
突如目の前に現れたフレイヤを、ナロンは睨み、グリンは呆然とした視線を向けていた。ナロンはやや小柄な女性だが、全身から発せられる刺すような敵意は、似つかわしくない程に強い。黒くウェーブのかかった髪を生き物のように振り乱し、ナロンはフレイヤと叫び合う。
「グリンさん、その人に騙されてはダメよ!このまま治療の為に魔力を使ったら、あなたは確実に死んでしまうわ!そんなこと、ミーシャちゃんは望んでいないの!」
「貴様……っ!グリンさん、この女は人間ではありません。恐らく、ミーシャさんの魂を狙ってきたレイスでしょう。あなたにお孫さんを救われては困るから、このような世迷言を言って騙そうとしているのです!気にせずミーシャさんに触れて下さい。さぁ!」
「な、何を言って……!?グリンさん、お願い!私を信じて!」
「そんな、まさか……信じられん。だがその姿、なんということだ……!?」
苛立つナロンとは打って変わって、グリンの驚きようは少し変わっている。フレイヤの言葉を聞いているのかいないのかも解らず、ただ、フレイヤの存在そのものに驚いているようだった。そんなグリンの様子を業を煮やしたのか、ナロンが更に厳しい言葉で叱咤する。
「グリンさん!お孫さんがどうなってもいいのですか!?このままではあなたのお孫さんは死んでしまうんですよ、これはあなたが自らの命で罪を償うチャンスでしょう!」
「罪って、グリンさんが何をしたって言うの?!」
「ええい、黙れ!レイス如きが、私の邪魔をするなっ!」
怒りを露わにするナロンの身体から、漆黒の闇にも似た恐るべき心の色が溢れ出た。彼女が今まで巧妙に隠していたものがこれだ。彼女の心は誰よりも闇に染まり堕ちており、その闇の奥底には歪みきった己の信条と忠誠、そして信仰が淀んでいる。そしてその闇は、魔力によって形となり、フレイヤに襲い掛かった。
「きゃあっ!?なっ、なにこれ……ち、力が…身体が……ああああっ!」
「たかがレイスが、私の闇魔法で魂ごと溶けてしまうがいい!さぁ、グリン。邪魔者はもういない、早くこの少女に触れるのだ!」
「な、あ…アンタは!?なんてことを!止せ、や、やめろ!」
グリンはハッとして、慌ててフレイヤに手を伸ばす。だが、フレイヤを捉えている闇の魔法は意志を持っているかのように波打って威嚇し、グリンの手を弾いてしまった。
「なんじゃこれは!?ナロン!お前は一体……」
「ふん!孫よりもこんなレイスに執着するとは、所詮貴様の孫を助けようという気持ちなどそんなものか。やはり、貴様が罪を償うには、我が魔法によって死を与える他ないようだな。全く、罪に塗れた人生の最期に、少しは改心するきっかけを与えてやろうとしたというのに。これも罪人に甘い顔をする私の罪ということだろうな」
「あ、あなたは……何者、なの……?うううっ!」
「黙っていろレイスめ。貴様など、自然の摂理から離れ、この世にしがみつく塵芥でしかないのだ!さぁ、グリン。貴様も犯してきた罪からは逃れられんぞ?お前の罪は、常にお前と共にあるのだ!」
「なにっ!うぐっ!ぐううぅ……!む、胸がっ!?がああああっ!」
ナロンの瞳が怪しく光ると、グリンは胸を抑えて苦しみだした。バルドルが倒された時と同じで、触れもせずに勝手に胸元が裂けていくのだ。ナロンの恐るべき力を前に、二人は成す術もなかった。
「こ、このままじゃ……グリンさんも、わたしも……っ!だ、だれか、たすけて……バルっ!」
その瞬間、ガシャンッ!という激しい破裂音と共に部屋の大きな窓が割れ、何かが飛び込んできた。それは目にも留まらぬスピードで手前にいたナロンを弾き飛ばして、フレイヤを包む。すると、フレイヤを飲み込もうとしていた闇は一瞬で消え去っていった。
「な、なんだ!?ぐわぁっ!!」
「すまない、フレイヤ。帰って来るのに時間がかかってしまった。大丈夫?」
「ああ、ば、バル……なの?どう、して…ここに……」
「ヴァーリの屋敷に戻ったら、君が馬車を追って外に飛び出して行ったとグラニさんから聞かされてな。俺が戻ってくるのが遅かったせいだが、一人で無茶をし過ぎだ。…だが、ありがとう。君のお陰でグリンも助けられそうだ。後は……任せろ!」
フレイヤを抱きかかえたまま、バルドルは優しく微笑んでいる。しかし、その表情とは裏腹に、その言葉には力強い自信のほどが窺えるようだった。そうしている間に、弾き飛ばされて壁にぶつかり、倒れていたナロンが起き上がってきた。
「ぬううううっ……貴様、よくも、よくも邪魔を!」
「その声……お前があの連続殺人犯だな?微罪の犯罪者ばかりを狙うお前だ、グリンのような人間を狙わないはずがないと思っていたが、まさかこうも直接狙ってくるとはな。しかし、お前の犯行もここまでだ!お前は、俺が捕まえる!」
「誰かと思えば、先日の騎士か……!生きていたとは驚きだが、この私の前に手も足も出なかったお前などが今更来た所で何が出来る!ちょうどいい、お前も我らが女神アングルボザ様の元へ送ってやろう。そして、その罪を償うのだ!」
勝ち誇るように叫ぶナロンの言葉と共に、その身体から再び大量の闇が噴き出し、嵐のように周囲を飲み込んでいく。気付けば、周囲は真っ暗な闇の中で、フレイヤとバルドル、そして、ナロンだけがそこにいる状態だった。
「こ、これは!?」
「魔法によるイメージの具象化……なるほど、お前の場合は光を飲み込む完全な闇がその真の姿と言う訳か。闇属性の魔術師は知り合いにもいるが、ここまで闇に飲まれた奴は見た事がないな。これは、お前の心そのものだ」
「ほざけ!真の安寧は闇の中にこそある!アングルボザ様とローゲ様は、私の闇を気に入り、力を与えて下さったのだ!何もかも闇に飲まれてしまえば、生きる悲しみも苦しみさえも全てが消え去るのだ。そうだ、光り輝く命など恐れるものではない!」
「命が、怖い……?そうか、お前の心の底にこびりついているのは、それか」
暴走するナロンの魔力が、闇の中でゆっくりと形を成していく。そうして、ナロンの背後に巨大な赤ん坊が現れた。闇の中で見えるはずのない黒い赤ん坊は、醜悪な笑みを浮かべて涎を垂らし、バルドル達を見下ろしている。
それを見たバルドルは悲しそうに目を伏せた後、キッと強い意志を持って睨み返していた。本来であれば、赤子は大人が守り大切に育てなければならない存在だが、人を傷つけることしかできないのであれば、それはもはや危険な獣と同じである。赤子の姿をしていても、他者を傷つけるものには容赦などしない…それが、騎士であるバルドルの強さであった。
「ええい、黙れ!黙れ黙れ黙れえええええっ!私は、私は何も悪くないんだ!勝手に、勝手に子供が出来ただけでっ……もういい、やってしまえ!アイツの罪を、思い知らせてやれっ!」
激昂したナロンがバルドルを指差すと、赤ん坊は更に顔を歪めて金切り声を上げた。耳をつんざくほどの絶叫が響き、バルドルの腕の中にいたフレイヤでさえ、その恐怖で魂が竦む。しかし、バルドルはそれを意に介さず、じっとその場に仁王立ちをしていた。
「な……ど、どうして?何故私の魔法が、『罪の痛み』が効かない!?この間は間違いなく効いていたはず…何故だっ!?」
「思った通りだ。お前の魔法は対象者の精神を冒し、罪の意識を抉って増幅させてそれを肉体にまで反映させているんだな。お前が犯罪者だけを狙っていたのは、明確に罪の意識を持っている人間ばかりだったからか。そして、俺やもう一人の被害者が助かったのは、お前が呼び起こす罪の意識がそれほど強く無かったからだろう。身につけた能力を実験しているつもりだったのだろうが、残念だったな」
そう言い放ち、魔法の正体を看破したバルドルの身体から眩い光が溢れ出す。ナロンとは真逆の形で、バルドルの強い魔力が光となって具象化しているのだ。魔法とは凄まじい力を発揮するものではあるが、その反面、本質を理解し、術式を解析されれば容易に防がれるものである。ナロンの魔法を見切った以上、ここからは魔力と魔力のぶつかり合いだ。より強い魔力を持つ方が勝利する。それが魔術師の戦いである。
「うぁ…や、止めろっ!ひかり、光は嫌だ!命なんて要らないっ、私は、私はあああああっ!」
「哀れだが、容赦はしない。お前が弄び、奪ってきた人の命をしっかり受け止めろ!」
「ああああああああっ!いやああああああっっ!」
更に溢れ出す光の奔流が、周囲の闇諸共全てを押し返し、消し去っていく。具象化する魔力の応酬は、バルドルに軍配が上がったようだ。気付けば、闇の赤子は消滅して、辺りは元の室内に戻っていた。先程までと違うのは、力無くその場にへたり込み、焦点の定まらない目をしてニヤニヤと虚空に笑みを浮かべているナロンだけだ。
こうして、王都を恐怖の底に落とした連続殺人事件の幕は下りた。この後、グラニにたたき起こされたヴァーリは、フラフラになりながら事後処理に追われていたという。
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