過去からの経緯
因縁の内容が明らかに……
「よぉし、解った!坊がそこまで言うなら儂は何も言わん!元はと言えば、この採掘場で採れた魔石は領主である坊のもんじゃからな。坊が使いたい事に使えばいい」
覚悟を決めたようにドヴェルグは自らの顔面を叩いて気合を入れた。ドヴェルグはああ言っているものの、採掘した魔石に関してはその扱いをドヴェルグに任せているのがエッダ家である。手続きがあれば別だが、本来なら彼の意志を曲げてバルドルが意思を通す事は出来ないのだ。
「すまない、ドヴェルグ。恩に着るよ」
「構わんわい。儂だって鬼じゃないんじゃ、そこまで事情を聞いて見殺しにしろとは言えんわ。……いやまぁ、グリンだけなら見殺しにしても全然構わないんじゃが」
バルドルとフリッグの二代に渡って仕えるドヴェルグは、ムスペル一家とエッダ家の確執もよく知っている。彼がエッダ家で働くようになったのは先々代のスノッリが引退し、フリッグが後を継いでからのことだが、その頃もいざこざは続いていたのである。恐らく、フリッグからある程度詳しい事情も聴いているのだろう。フリッグに対する恩義の念が強いドヴェルグにとって、グリンは不俱戴天の敵と言う訳だ。
何故、ここまでムスペル一家とエッダ家がこじれてしまったのかと言えば、その原因は今から七十年程前に遡る。
裏社会の顔役であるムスペル一家と、王国の治安を守るエッダ騎士団はそもそもが敵対関係にあった訳だが、以前はそこまで明確に敵対していた訳ではなかった。表向きは対立していても、時に裏では協力することもあったようだ。協力と言っても、精々情報交換程度で、慣れ合うほどのものではなかったようだが。
そして今から約九十年前、エッダ家とムスペル一家に次代を継ぐ子供達が生まれた。バルドルの祖父スノッリと、グリンである。
彼らは同い年ということもあり、家同士の諍いはありながらも互いにその力を認め合うライバルとして切磋琢磨して成長していった。その関係が大きく変化したのは、二人が二十歳を過ぎた頃であった。
当時、ムスペル一家は金貸しと妓楼の経営で生計を立てていたらしい。いつの時代も金に困る人間はいて、そういった相手に金を貸しては返せなくなると娘や妻を妓女として雇いあげる。そういうシステムであったようだ。半ば人身売買に等しいそれは、当時の王国法から見ても法律違反ギリギリの生業である。
その頃、とある商家に大金を貸していたムスペル一家の長マークは、その借金が返しきれなくなるとみるや、その家の一人娘に目をつけた。彼女は名をスノトラといい、大層美人で頭脳も明晰な才女であった。それまで、借金のカタに拾い上げた女性を妓女として扱っていたマークは、彼女のあまりの美しさと賢さに感銘し、息子であるグリンの嫁にしようと考えたのだ。
だが、運命の歯車はそこで思いもよらぬ方向へ舵を切った。たまたまグリンと一緒にいたスノトラとスノッリが街で顔を合わせ、恋に落ちてしまったのだ。
二人共に一目惚れという奇異な事態だったが、そこからスノッリとスノトラは密かに逢瀬をするようになった。だが、スノトラは他ならぬグリンの婚約者である。スノッリとスノトラは互いに惹かれ合い、恋焦がれながらも結ばれぬ想いに胸を痛める日々が続いた。
そうして、一年ほどの時間が経ち、いよいよスノトラとグリンの婚姻が間近に迫ったある日、覚悟を決めたスノッリはグリンに直談判をした。スノトラの家が借りていた金を自分が払う代わりに、彼女を身請けさせて欲しいと頼み込んだのである。
これに誰よりも喜んだのは、婚姻を前にムスペル一家を継いだグリンであった。グリンとスノッリはライバル関係にあったものの、常にスノッリはグリンの上を行き、それまで一度も勝利した事はなかった。だが、この状況であれば、明確に悪なのはスノッリの方である。いくら借金のカタとして拾った女とはいえ、自分の妻となる相手を奪おうと言うのだ。ただで済ませるはずがない。
グリンはここぞとばかりに、法外とも言える金額を吹っ掛けた。元々の借金と慰謝料を盛るだけ盛って、スノッリに請求したのである。また、グリンにしてみればスノッリは親から押し付けられたつまらない女であった。確かに見た目は美しいが、スノッリの教養と知性溢れる佇まいは、グリンの好みとは正反対だったのだ。己の悪を受け入れて飲み込み、更なる発展を狙える野心のある女こそ、グリンの求める伴侶だったのだから当然だろう。
普通であれば到底受け入れられないであろう金額を要求されたスノッリは、エッダ家の数少ない資産のほとんどを売り払って金を作る事に奔走した。その結果、現在まで続くエッダ家没落のきっかけが生まれたのである。何故貴族ではないムスペル一家の屋敷が貴族街にあるのかと言えば、ムスペル一家の屋敷がある土地は、元々エッダ家のモノだったからだ。それだけでもスノッリが相当な無理をしたのが解るだろう。
こうして、スノッリとスノトラは晴れて婚姻関係を結び、結婚することとなった。そのしばらく後に生まれたのが、バルドルの母フリッグである。
(まぁ、幼いながらの俺から見ても、祖父さんと祖母さんは幸せそうだったからな。恨み言など言う気はさらさら無いが……苦労したのは母さんの方だっただろうしな)
バルドルは、フリッグがエッダ家を継いで僅かながらも安定してから生まれたので、実際にそこまで困窮していた訳ではない。もちろん家に金が無い事は承知していたが、それを気にさせないように、スノッリやスノトラ、それにフリッグが最大限に愛情を与えてくれていたのだ。むしろ、没落の時代が始まった頃に生まれたフリッグの方が、バルドルよりも何倍も苦労をしたはずだろう。
坑道に向かって歩きながら、バルドルはふと昔を懐かしんでいた。これからも平和が続けば、エッダ騎士団はいつか完全にお役御免になる日が来るかもしれない。その時の為にも、エッダ家は過去を振り払わねばならない。それがバルドルの求めるエッダ家の姿だ。もちろん、ローゲとその教団や信者達のように民の平和を脅かすものとは断固として戦うつもりである。
封印された第一坑道に着いたバルドルとドヴェルグは、内部へと入っていく。そこで、ドヴェルグが徐に口を開いた。
「しかし、坊。全部うまく行って、グリンの協力を取り付けたとして……その魔術師とやらに勝てる見込みはあるのか?話を聞く限りじゃ、手も足も出なかったようじゃが」
「……ああ、何となくだが、相手の魔法の正体は想像がついている。確証はないからヴァーリ達には話せなかったが、次は何とかしてみせるさ」
「そうか、なら、ちょうどいいタイミングだったのかもしれんな。…坊、渡したいものがある。この後少しだけ待っとってくれ」
「…渡したいもの?俺にか?解ったよ」
本音を言えばすぐに出発したい所だったが、ドヴェルグの真に迫った口振りを聞き、バルドルは首を縦に振るしかなかった。そうして目的の魔石を確保し、用を終えてバルドルがロンダールを出たのは、日が落ち始めた頃のことであった。
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