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想いの形

どうしてバルドルが仇敵を救おうとするのか?

それに対する答えでした。

「じゃあ、行ってくる。夜までには戻るつもりだ」


 身支度を整え、精悍な馬に乗ったバルドルがそう言うと、フレイヤとヴァーリは不安そうな顔をみせた。


「病み上がりだってのに、大丈夫なのかよ?俺が行ってきたっていいんだぜ?」


「いや、こればかりは俺が行かなければ、ドヴェルグは協力してくれないだろう。そういう約束になっているからな。それより、もし俺が戻るまでに奴が動き出したら……」


「解ってる。出来るだけ魔法に強い冒険者を頼んでおくぜ。とはいえ、どこまで通用するかは解らんけどな」


 バルドルが伝えたのは、あくまで敵が魔術師であることと、それが闇属性の魔法であるという点のみである。一応の対策としては、魔法防御を出来るだけ積んでダメージを減らすしかないのだが、それがどこまで通用するかはやってみなければわからないことだ。なので、出来ればあの魔術師が動き出す前にグリンの問題を解決したいと、バルドルは考えていた。


「ねぇ、バル。私も一緒に……」

 

「フレイヤ」


「な、なに?」


「君はそのミーシャという少女の霊についていてやってくれ。彼女の心を支えるのは、君にしか出来ないことだ。必ず……とは言えないが、俺の考えに間違いがなければグリンも、ミーシャも助けられるはずだ。頼む」


「う、うん…解ったわ。……でも、バル、本当に無理だけはしないでね」


「大丈夫だ、心配しなくてももう傷は塞がっているしな。よし、行くぞ!」


 馬の首をポンポンと叩くと、馬は勢いよく駆け出した。青いたてがみが朝日に反射して、美しい光を放っている。そうして、あっという間に遠ざかっていくバルドルの背中を見つめて、フレイヤは胸が締め付けられるような思いがして、しばらくそこから離れられそうになかった。


「大丈夫だぜ、フレイヤちゃん。バルドルに貸したあの馬はスレイプニルっつって、父上が育てたウチ一番の名馬なんだ。アイツは足も速いが頭も良くて、乗り手に負担をかけずにスピードを出してくれる……きっと、バルドルを無事に連れて行ってくれるさ」


「うん、そうよね。ありがとう、ヴァーリさん」


 最初に自分もバルドルの事を心配していたとは思えない発言だが、それはヴァーリ自身が自らに言い聞かせている言葉でもあるのだろう。フレイヤもその気持ちが解るので、あえてツッコまずに礼を言うだけに留めたようだ。それでも完全に不安は消えず、二人はただただ、バルドルの無事を祈るばかりであった。





「ふぅ……あっという間にここまで来たか。凄いなスレイプニル(お前)は」


 バルドルが王都を出て数時間程が経過した。現在、バルドルは自らの領地であるエッダ領内にいた。目的地であるロンダールまでは、あと二時間もあれば到着できるだろう。少しスレイプニルを休ませようと、川辺に止まらせて水を飲ませてやる。そのまま、バルドルも自分用の水筒から水を飲もうとした時、胸に痛みが走った。


「ぐぅっ……!ああは言ったが、まだ痛みは残っているな。だが、のんびりはしていられないか。今日中に戻らなくてはならないからな」


 バルドルは空を見上げて呟いた。既に太陽は頂点に達している、つまりは昼である。現地に到着して作業をこなしてから戻る事を考えればギリギリだ。それでも、スレイプニルを借りたお陰で想定していたよりも遥かに速いのだから、ヴァーリには感謝しかない。


 バルドルの考えた策、それは、以前倒したゴーレムの身体から採れる魔石を使う事だった。


 本来、魔石には魔力を吸収して増幅させる効果があるものだ。それを加工して属性を持たせて様々な用途に使うのだが、加工前の魔石はその増幅する機能しか持っていないのである。増幅といっても、通常の魔石にあるのはあくまで微弱な増幅能力だけだが、ゴーレムから採取した高純度の魔石であれば話は別だ。


 魔石に触れたフレイヤが生前に近い姿を取り戻したように、あのゴーレム産の魔石には極めて強力な魔力増幅効果がある。それを使ってグリンの魔力を一時的にでも高める事が出来れば、衰えたグリンの魔力でもミーシャの病気を治せるだけの量になるのではないかと、バルドルは考えたのだ。

 ただそこで問題だったのは、ドヴェルグと交わした約束である。


 あの魔石には途轍もない価値があるとドヴェルグは言い、その上手な取り扱い方が見つかるまで封印すると約束をしていたのだ。物が物なだけに、迂闊に世に出てしまえば市場をひっくり返しかねない劇物とあれば無理もない話だろう。その為に厳重な封印をしてあるというのは、以前語った通りである。それは領主としてのバルドルと、魔石採掘と加工の責任者であるドヴェルグが交わした重要な契約なのだ。

 何があっても、バルドルとドヴェルグ双方の意思が噛み合わない限りあの魔石は世に出さないと、二人は決めた。事情が事情とはいえ、例えヴァーリが代わりにロンダールへ行ったとしてもドヴェルグは決して封印を解いたりしないだろう。これに関してだけは、どうしてもバルドルが行かなければならなかった。


 そんな少しの休憩を終えて、再びスレイプニルに乗って走り出す。それから二時間程で、バルドルは予定通りロンダールの街へと辿り着いた。


「おや?坊じゃないか。どうしたんじゃ?突然こんな所まで」


「すまない、ドヴェルグ。早速だが封印を解いて、例の魔石を出して欲しい。一握りでいい」


「お、おい。急にどうした?何があったんじゃ?」


「実は――」


 バルドルが事情を説明する間、ドヴェルグはじっと腕を組んだまま、黙って最後まで話を聞いていた。その表情は暗く、重石を飲み込んだかのように深刻な顔つきになっている。全てを聞き終えたドヴェルグは、溜め息交じりに声を上げた。


「坊……それはいくらなんでも良くないんじゃあないか?確かにその殺人犯を捕まえるのに協力者が欲しいというのは解るが、あの魔石の秘密は迂闊に知らせる訳にいかんじゃろう」


「解ってるさ。これが、俺の我儘だってことも理解してるつもりだ。それでも俺は助けたいんだ。もちろん、グリンを助けることで殺人犯を捕まえる協力をしてくれれば嬉しいが、そうでなくても構わない。長年確執のある相手だからこそ、ここで過去のわだかまりを取り払う事が出来れば、それだけでもいい。これは、俺がエッダ家を引き継いだ当主だからこそやらなきゃいけないことなんだと、俺は思っているよ。……何より、母さんが生きていれば、俺と同じ事をしただろうからな」


「先代……フリッグ様か、確かにのう。あの方ならば、どんなことをしても助けようとしたじゃろうな。フフフ、特に子供には甘いお方じゃったからなぁ」


 懐かしそうにフリッグを思い出すドヴェルグの顔には、先程までとは打って変わった笑みが浮かんでいた。バルドルの母、フリッグは豪傑であると同時に、強い母性を持ち合わせた女性であった。現在の騎士団員の中にはナンナやフォルセティの他にも、フリッグが拾ってきた元孤児達が多く在籍しているのだ。

 バルドルは何も、母の真似をしたい訳ではない。ただ、フリッグが掲げていた『不幸な子を少しでも減らす』という理念と同じように、自らも騎士団長として、当主として目指すべき所を持たねばならないと常々思っていたのである。


 平和な時代が続いたことで、騎士団は不要なものとされその形を変えていったが、それ自体は決して悪い事だとは思っていない。問題は、エッダ家が領地と領民を持つ領主でもあるという事だ。エッダ騎士団が不要なものとされたとて、領地とそこに住む領民達は消えてなくなる訳ではないのだ。力だけで存続できるものではないのならば、新しい道を模索するのが貴族であり、領主の務めというものだろう。


 バルドルはその為に、例え長く敵対していたムスペル一家であっても、助け合える存在になりたいとそう願っているのである。これは、その第一歩なのだ。

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