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格好いい所が見てみたい?

割と魔法が根付いている世界なんです。

 それは、バルドルがフレイヤを連れ、彼女の屋敷を出た時のことだった。


 暗かった屋敷の中では時間の感覚が狂っていたが、もうすっかり朝である。曇っていた空はすっかり晴れて、美しい朝焼けがバルドルの疲れた心を癒してくれるようだ。これで背中に憑りつく女の霊がいなければ、気持ち良く帰路につけたのだが。


「ねぇねぇ!バルはどうやってここへ来たの?住まいは王都じゃないんでしょう?」


 バルドルの肩に手を乗せて、フワフワと浮いているフレイヤは、血塗れなのになんだか楽し気に見える。先程のお嬢様口調はどこへ行ったのかと思うが、これが彼女の素なのだろう。バルドルは溜息を吐いて、通りの向こうへ視線を投げた。


「あっちに時間貸しの馬留(うまとど)めがあって、そこに俺の馬を預けてある。……こんな時間になるとは思ってもみなかったから、賃料がいくらになっているやら…はぁ」


 バルドルは財布の中身を確認しながらトボトボと目的の場所へ歩き出した。馬留めというのは、文字通り馬を停めておく場所の事だ。主に民間経営のものと公的な経営のものと二種類あるが、どちらも馬を預かりつつ、多少の世話もしてくれる。貴族であれば、普通は訪問先で馬や馬車を預かって手入れをしてくれるものだが、今回は行き先が幽霊屋敷となったヴァナディース邸なので、そんなサービスはしてくれない。よって、バルドルは自費で馬留めに馬を預け、調査に来たのである。

 当然ながら、フレイヤは貴族令嬢なので馬留めなど使った事がない。だからだろう、少しワクワクした様子でバルドルの背中にくっついているのだ。


「馬留めね~。私、生前は近寄ったことすらなかったわ!」


「まぁ、曲がりなりにも相手は動物だからな。用も無しに近づくのは危ないだろう、特に君みたいな令嬢なら猶更だ」


 馬というものは基本的に賢く優しい生き物ではあるが、やはり動物である以上、機嫌の悪い時はあるし不意に暴れることだってある。もっと言えば、貴族の令嬢は香水などをつける事が多いので、嗅覚が敏感な生き物を刺激しやすいのだ。馬に蹴られでもしたら命にかかわる事もあるし、近寄らないのが一番だろう。

 そういう意味では、肉体の無い今のフレイヤならば馬留めに行くのは問題ないはずだが、果たして馬が幽霊を間近に見てどういう反応するのかは謎だ。飼い主がバルドルだけに、馬も彼女を恐がって暴れなければいいのだが。


 そのまま歩いていくと、通りの向こうから誰かが走って来るような足音が聞こえてきた。こんな朝早くから全速力で走る人間がいるなんて、王都は騒がしいものだ。邪魔にならないよう道を開けようかと思った矢先、バルドルは何かを感じて道路の真ん中に立ち塞がった。


「どうしたの?バル。そこに居たら危ないわ、邪魔になっちゃうわよ」


「いや、それでいいんだ。邪魔をする為に立ってるからな」


 フレイヤはバルドルが何を言っているのか解らないようだが、バルドルはニヤリと笑っていた。そこへ、見るからに堅気とは言えない風貌の男達が三人、息を切らせて走り込んできた。


「どけどけーっ!邪魔だ!」


 三人の男達は、バルドルが道路の真ん中に立っているのが気に入らなかったのだろう。立ち止まって威嚇するように睨みつけている。その一方で、バルドルはじっと男達の姿を見つめた後、フッと笑った。


「胸ポケットに金貨が5枚、脇に銀貨7枚、逆側にも4枚か。……後ろの男達もほぼ同じだな。盗みに入るなら、もう少し周到に準備をするべきじゃないか?走りにくいだろう、それでは」


「っ!?て、テメェ…どうして!?」


「な、何で分かったの?バル」

 

 先頭の男は完璧に言い当てられた事に驚き、咄嗟にポケットを手で抑えた。後ろの男達も同じように隠そうとしているが、何とも解り易い男達である。フレイヤは男達の様子を見て、バルドルが嘘を言っていないのだと知り、目を丸くしていた。


「自慢じゃないが、普段持ち歩いているのは小銭ばっかりなんでな。金貨の音はすぐに聞き分けられるのさ」


 (え、カッコ悪い……)


 (なんだコイツ?貴族風の身なりしてる癖に貧乏人か……?)


 バルは自信満々に答えたものの、フレイヤも男達でさえも、全く自慢になっていないその答えに呆れていた。なお、フレイヤの声は男達に聞こえておらず、姿も見えていないようである。


「それに、こんな朝早くからジョギングに勤しむような、爽やかな連中にも見えないしな。どう見ても、酔っぱらって暴れている方がお似合いだ」


「なんだと!?この野郎!」


 挑発に乗って激昂する男達の身体に、ぼんやりと光るものが見えた。夜ならばもっとはっきり見えただろうが、既に陽が昇っていて明るくなり始めた往来ではハッキリとは解らない。ただ、霊体であるフレイヤには、それが鮮明に判別出来たようである。


 (あれ?何、この人達……身体のあちこちが、光ってる?)


「やけに強気だと思えば、魔力紋か。そんなものを入れているとなれば、やはり堅気じゃなさそうだ」


「な、何で解る!?」


 バルドルの看破した魔力紋というのは、特殊な染料を使い、刺青のように身体に彫り込む小型の魔法陣のようなものである。掘り込まれた魔力紋の効果は様々だが、施術者の魔力を消費して常時発動するので、手軽に能力の底上げが可能という代物だ。ただし、常時効果が発動しているということは、常時魔力を消費し続けるということでもある。その為、トータルでみれば効率が悪いとされ、一般人が使う事はまずない。

 魔力紋を入れるのはよほど魔力の余剰に自信があるか、または彼らのような半グレが拍付けに入れるか、或いは特殊な職業に就くものくらいのものだ。フレイヤが驚いているのは、魔力紋自体が30年程前に登場した技術であり、彼女が生きていた当時には無かったからだろう。


 バルドルの態度に業を煮やした先頭の男が、ずいっと一歩前に出る。男の背丈は2mほどでバルドルよりも大きく、また横にも大きい。両腕の前腕から上腕にかけてがぼんやりと光っていて、どうやら腕力を魔力紋で補強しているようである。

 

「ゴチャゴチャうるせぇ野郎だ。ぶちのめされたくなきゃ、さっさとどきな!」


「何故どかせる必要がある?そんなに急いでいるなら横をすり抜ければいいだろう。……ああ、身幅的に無理だと思っているのか?大丈夫だ、この通りは馬車でもすれ違える十分な幅があるぞ。お前がどんなにファッシモ(太っちょ)だって問題ないさ」


「こ、この野郎っ!!この怪力のドザベル様を舐めんじゃねぇぞっ!」


「バル、危なっ…!?」


 ブチっと頭に血が上ったような音がすると、ドザベルはその丸太のように太い右腕を振りかぶった。しかし、その豪快な一撃をバルドルは平然と左手一本で受け止め、笑っている。


「どうした?動きが止まっているようだが」


「こ、コイツ…っ!?」


「この程度で怪力を自称するとはとんだ道化だ。魔力紋まで使ってこれというのは……芸人ならば面白いかもしれないな。ハリボテのドザベルとでも名乗ればいい」


「こ、のやろっ……お、おおおっ!?い、痛ててててっ!」


 ドザベルは怒りに任せて腕を引っ込めようとしたが、逆にその拳を握られ、動きが取れなくなっていた。それどころか、拳を握り潰されそうになっている。あまりの痛みに耐えかねて叫んでも、バルドルはその手を緩めない。


「正直、弱い者いじめはしたくないんだが、盗人を見過ごすほど腐ってもいない。最後の忠告だ、大人しく縄につけ。でなければ、騎士の権限でお前達を処分する!」


「き、騎士だと?!」


「あ!こ、コイツ見覚えがあるぜ!光の騎士侯爵とか呼ばれてるエッダ家の当主だ!」


 後ろの二人の内の一人が、バルドルを指差して叫んだ。現在、騎士団はその規模を縮小されているので、王都市中の警備は騎士ではなく、自警団や雇われの冒険者などが担っている。騎士は王宮や一部貴族の護衛、もしくは魔獣や他国との戦争に備えて辺境や地方都市に常駐しているのがほとんどだ。そんな状況でバルドルの顔を知っている者がいるとすれば、そいつが一般人でないことは明白だ。


「俺の顔を知っているという事は、お前は貴族の関係者か?」


「う、うるせぇっ!俺達と変わらねぇ貧乏侯爵の癖に、貴族ヅラするんじゃねぇ!もういい、ぶっ殺してやる!」


 男は覆面の下で怯えながら、ナイフを抜いた。バルドルに顔を見られるのはよほど都合が悪いらしい。しかし、騎士相手に武器を見せるのは、はっきり言って自殺行為である。本来であれば、その時点で首を刎ねられても文句は言えない行動だ。

 バルドルは溜息を吐いて、握っているドザベルの拳に、より強く力を込めた。


「い、イデデデデッ!?つ、潰れる!手がぁっ!」


「悪いが、手の一本位は我慢しろ。武器を出されて引くわけにもいかんからな」


 バルドルの眼光が鋭くなって、全身に薄っすらと光を纏い始めた。それは魔力紋ではなく、普段は抑えている魔力が外に溢れた為である。それは朝焼けの光を飲み込んで、眩い煌めきへと変化する。


 (も、物凄い魔力だわ…!バルって、こんなに凄かったの?!)


 魔力とは、肉体が持つ生命エネルギーとは別に、精神や魂から生み出されるエネルギーの事だ。この世界の生物は当たり前に持っている力であるが、人によってその強さはまちまちである。レイス(悪霊)スペクター(亡霊)と言った、幽霊系のモンスターが存在するのは、魔力を持った人間が多いからなのかもしれない。

 なお、魔力と生命エネルギーはバランスが取れていれば相乗効果が生まれて肉体をより強くしてくれるのだが、魔力の方が突出して高い場合は肉体に負荷がかかってしまい、身体を弱体化させてしまう。魔術師や魔導士と言った魔法の力に優れた人物が、さほど肉体的に強くないのはそれが理由である。逆に言えば、これだけの魔力をもって尚、強靭な肉体を持つバルドルは、それだけ肉体が持つ生命エネルギーも強いということだ。

 抑えていても凄まじい魔力を放つバルドルの前に、誰もが戦意を喪失していた。物陰から様子を窺う、一人の影を除いて。バルドルと他の男達は、その影に気付いていない。フレイヤだけが気にしているようだった。


 (あの人…こっちを見てるけど、何?何かイヤな感じがする……!)


「さて、お前達覚悟はいいな?」


「ひ、ひいいぃぃっ!?」

 

 バルドルは大して力を込めた仕草もせず、ヒョイと片手でドザベルを持ち上げると、そのまま彼自体をバットのようにして力任せに振り抜いた。ドザベルは2メートルもある大男だ。それを横方向に振り抜けば、そこらの槍よりも長く重い武器になる。しかも、相当な速さで振り抜かれたドザベルはちょっとした破城槌のような威力で二人の下っ端を弾き飛ばし、二人は建物に激しくぶつかってのびてしまった。また、武器扱いされたドザベル自体も、勢いの強さで肩が抜けて激痛に喚いている。


「ちっ…!邪魔をしやがって。死……っ!?」


「ばあ!」


「うおわっ!?な、なんだ!?コイツは!……はっ!?うわああああっ!」


 物陰に潜んでいた男が、バルドルの背中を撃とうとしたその時、先んじて気付いていたフレイヤが男の胸元から顔を出してみせた。突然自分の胸から現れたフレイヤの顔に驚いた男が驚きの声を上げる。次の瞬間、バルドルはドザベルを男の方に勢いよく投げつけていた。防御すら間に合わなかった男は、哀れにも飛んできたドザベルの下敷きになり、その衝撃でドザベル諸共完全に意識を失っていた。


「他にも仲間がいたか。恐らく、コイツが指示役だな。ここで金をやり取りする手筈だったんだろう、それで俺が邪魔だった訳だ。しかし、フレイヤ、君は他の人間にも見えるのか?ドザベル達には見えてなかったようだが……」

 

「うーん、驚かそうと思っただけなんだけど……私が見せようと思った相手には見せられるのかもしれないわ」


「そうなのか……なんだか厄介事が増えたような気がするな」


 やれやれと頭を搔くバルドルに向けて、フレイヤが悪戯っ子のようにニンマリと笑う。血塗れでそう笑われるとゾッとして、バルドルは冷や汗混じりだ。


「ねぇ、バル。私達、いいコンビだと思わない?」


「は?」


「あ、でも親しくし過ぎちゃバルの奥様には悪いわね。気をつけないと」


「……何に気をつけるつもりか知らないが、俺は独身だぞ」


「なんでっ!?」


 今日一番の驚きが朝の王都にこだまする。しばらくの間、朝焼けの強い朝は女の叫び声がすると王都では密かな話題になったという。

お読みいただきありがとうございました。

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