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見出した希望

邪教、許すまじ!

「う……こ、ここは……?」


 バルドルが目を覚ますと、そこは清潔なベッドの上であった。胸にはしっかりと包帯が巻かれ、部屋全体に消毒薬の匂いが満ちている。外は暗いが、室内が僅かに暖かく感じるのは、加湿の為に部屋の隅で湯を沸かしているからだろう。起き上がって確認すると、どうやらそこはヴァーリの屋敷であるようだった。


「俺は……どうしてここに」


「バル!起きたのね!よかったっ!」


 座ったまま記憶を探っていると、部屋のドアをすり抜けて入って来たフレイヤが、バルドルが目覚めている事に気付いて飛びついてきた。相変わらず少し冷たい水のような感触と温度が心地よくもあるが、自分の身に何が起こったのかは解らないままだ。少しの間そうしていると、騒ぎを聞きつけたのか、今度はヴァーリが部屋のドアを激しく開けて飛び込んできたのだった。




 

「そうか、俺は二日も眠っていたのか……」


「ああ、お前が運ばれてきた時はマジで焦ったぜ。出血は酷ぇし、意識は戻らねぇ。発見がもう少し遅れてたら助からなかったって医者は言ってたんだぞ。たまたま通りがかった人が、不審な壊れた壁を見つけて通報してくれたから見つけられたがな。お前があれほどやられるなんて、一体、何があったんだよ」


 ヴァーリから説明を聞き、バルドルは自分が敗れたことを改めて実感した。魔術師を相手に油断は禁物だと解っていたはずだったが、正直、焦りがあった事は否めない。とはいえ、あの速さとタイミングを見計らった攻撃は完璧で、それに合わせて敵が魔法を使った形跡は感じられなかった。となれば、答えは自然と限られるだろう。


「敵は手練れの魔術師だ。使っていたのは恐らく、闇属性の魔法だろう。正直、いつ魔法を使われたのかも解らないがな。それよりも、俺の他にもう一人、被害者がいただろう?そっちはどうなった?」


「あ、ああ…いたのはいたが、そっちは助からなかった。そのもう一人の被害者は、アマリーという40代後半の女性で、過去に窃盗の罪がある人だったよ。彼女は元々、地方の小さな領地で暮らしていたそうなんだが、度重なる夫の暴力に耐えかねて十年程前に幼い子供を連れて王都へ逃げてきたらしい。その時、途中で路銀が尽きて飢えた子どもに食べさせようと、パンを一つ盗んだんだと」


「子供の為、か……」


「そうだ。だが、彼女はそれを悔いていて、後に自ら出頭して罪を告白している。盗みを働いたパン屋にも直接出向いて謝罪し、代金と僅かばかりの慰謝料を払おうとしたんだが、事情を聴いたパン屋の主人が同情して代金と謝罪だけで許したんだそうだ。そして、法的にも情状酌量が認められて厳重注意で済んでいた。こんな形で、理不尽に殺されていい人じゃなかったはずだ……!」


「そんな、酷い……酷過ぎるわ。そんなの」

 

 ヴァーリは怒りを露わにし、フレイヤは悲しみに打ちひしがれている。他の被害者もそうだったが、彼らは皆、罪を償った人々ばかりだ。しかし、今回の殺人犯はこの国の法を超越し、罰を下す事を目的としている。それは断じて、許されてよいことではない。


「すまない、俺がもっとしっかりしていれば」


「何もお前のせいじゃねぇよ、気にすんな。それよか、何か犯人について覚えてることはねーか?」


「ある。奴はあのローゲが興したという邪教の信奉者だ。それも、恐らくローゲの作った道具で犯行現場を隠すように壁を作って犯行に及んでいたようだ。目撃者がほとんどいないのもそれが理由だろう。奴らはどうやら、本気で自分達の崇める神を呼び出すつもりらしい。確か、神の名はアングルボザとか言っていたが、その神とやらの教えに基づいて罰を与えているような口振りだった」


「なんだと!?……ふざけやがって、アイツはそんなことの為に六人も手に懸けやがったってのか!」


「ああ、はっきり言って、奴は異常だ。奴は神と同じようにローゲのことも信仰の対象にしているようだったからな。もしもローゲの目的が、この国そのものへの攻撃だとしても、奴は喜んで行動に出るだろう。何としてもそうなる前に止めなければならない…!」


「問題は、どうやって奴を止めるかだな。犯人らしき人物には何人かアタリをつけたが、証拠がねぇ。恐らくバルドルに見つかったから、この二日間は動きが無かったが、近い内にまたアイツは動き出すだろう。しかも、やり口がバレた以上、もっと狡猾に動きやがるはずだ。先手を取られる前にどうにかしなくちゃならねーんだが……」


 バルドルのお陰で、壁のトリックは見破る事が出来るだろうが、それは今まで通りに動いていた場合のことだ。敵が魔術師である以上、次はもっとずる賢く立ち回る可能性が十分にある。犯人の素性を特定できない内は、どうしても後手に回らざるを得ないが、それではまた次の犠牲者が出るのを待たねばならなくなるだろう。せめて、狙われる相手が解っていればいいのだが。

 その為に考えていた囮作戦には、やはりグリンの協力が必要不可欠だった。八方塞がりとも思える空気の中で、フレイヤは躊躇いがちに声をあげた。

 

「あの、実はグリンさんのことなんだけど……」


 フレイヤの説明を聞いたバルドルとヴァーリは、二人して顔を見合わせてしまった。ミーシャの事情と、グリンの覚悟……協力を拒まれた理由は解ったが、それを解決するのは至難の業である。難題を解決する為に難題が積み重なった形だ。


「多臓器石化不全症ね……まさか、そんな厄介な事情を隠してたとは。それじゃ囮なんかやってる暇はねーよな」


「あの病気は確か、患者の体内の魔力が何らかの理由で異常に凝固して石のようになってしまう難病だったはずだ。それを解消するには同質の魔力……つまり、本人か身内の魔力を患部に流し込んで凝固を解くしかない。とはいえ、それに必要な魔力の量は尋常じゃないんだ。高齢のグリンでは魔力が足らずに命を落とす可能性が極めて高い。参ったな、放っておけない事情が増えてしまった」


「ご、ごめんなさい。私じゃ、何の力にもなれなくて…」


「フレイヤちゃんのせいじゃねーって、バルドルもそうだが、二人共抱え込み過ぎだぜ。つっても、みすみすグリンの爺さんを死なせる訳にゃいかねーよなぁ」


 囮作戦の事はさておき、孫を救う為に命を懸けようとするグリンを捨て置くことなど出来るはずもなかった。同時に巻き起こった難問に頭を抱えていると、ふと、バルドルの脳裏にあるアイディアが浮かんできた。


「……そうだ。もしかすると、これなら解決できるかもしれない。時間との勝負だが……ヴァーリ、悪いが頼まれてくれるか?」


「あ、ああ、任せろ。何でもやってやるぜ!」


「よし、ならまずは……」


 こうして、深夜に始まった作戦会議は、朝日が昇るまで続いたのだった。

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