ミーシャとの出会い
新たな幽霊少女、登場…ですが
ヴァーリの元に新たな事件の発生を知らせる一報が届いたのは、翌朝の事だった。ヴァーリは慌てて屋敷を飛び出していき、戻ってきたのは昼前のことである。
結局、グリンからの協力を得る事が出来なかったバルドル達は、ヴァーリの屋敷に泊めてもらうことになった。そして、バルドルは冒険者達とは別行動で王都のパトロールをしていたのだが、やはり広い王都を闇雲に歩いても犯人逮捕に繋げるのは難しいということだろう。ただ一つ救いだったのは、被害者が一命を取り留めたことだけだ。
「そうか、助かったんだな。良かったよ」
「発見が早かったのと、他の被害者と違って傷が浅かったのが不幸中の幸いだったみたいだな。ただ、命に別状はねーが、意識不明の重体なのに変わりはねぇんだ。すぐに事情を聴くのは難しそうだぜ」
「それは残念だが、仕方ないだろうな。……それで、今回の被害者も?」
「ああ、やっぱり逮捕歴があったよ。しかし前科っつったって、友人と酒の席で口論になって殴り合いの喧嘩を起こしただけなんだぜ?相手は大した怪我もしてねーから、服役どころか罰金で済んでるくらいの微罪だ。こんな事で殺されそうになってちゃ堪らんだろ、ったく」
ヴァーリはボヤきながら、犯人の無慈悲な行いに憤っているようだ。かたやバルドルは、怒っていない訳ではないようだが、それよりも何かが気になっている様子で黙り込んでいた。
「どうした?バルドル。何か気になる事でもあったか?」
「いや、何でもない。それより、今回は助かったとしても次も同じとは限らないからな。やはり一刻も早く犯人を押さえなくては」
バルドルがそう言うと、ヴァーリは頷いて答えた。結局の所、犯人についてはまだ何も解っていないのだ。ここからはより一層、気を引き締めてかからなくてはならないだろう。そんな二人の横で、フレイヤは何やら首を傾げていた。
「だな。しかし、グリンの爺さんが協力してくれなかったのは痛ぇよなぁ……お前が頭を下げて頼んでもダメだとは。そんなにエッダ家とムスペル一家の関係は複雑だったのか?」
「家同士の確執は確かにあるが……まぁ、どんなに言い繕った所で、囮になってくれと言われて快諾するのは難しいだろうからな。何か事情があるようだったし、仕方ないさ。ただせめて、何か犯人に繋がる情報があればよかったんだが。……フレイヤ、どうした?変な顔をして」
「変な顔って……失礼しちゃうわね!ちょっと不思議だなぁって思ってただけよ」
「不思議?」
「だって、そんな小さな罪で捕まった人の事、どうやって犯人は知ったのかしら。例えば、他の……そう、バルが捕まえた結婚詐欺師の人とかって、一応新聞とかに載ってたじゃない?でも、今回の被害者の人ってそんなに大きく報じられてた訳じゃないみたいだし。この犯人が元犯罪者を狙っているとして、どうやって今回の被害者が罪を犯した事を知ったのか、不思議だなって」
「言われてみりゃあ……」
ヴァーリはそこで違和感に気付いたようだ。そもそも、この国で起きる全ての犯罪者が国中に周知される訳ではない。微罪であればあるほど新聞などでの扱いは小さくなるし、罰金などなら金さえ払えば即日釈放されるのだ。だが、殺された犠牲者の中には、王都から離れた小さな領地で罪を犯した者もいる。罪の噂から逃れようと王都へ流れてきたのだろうが、そんな人物の事情まで一般人が知り得るのは不可能に近い。よほどの情報通か、ヴァーリのようにそれを知り得る立場にいる者でなければ、だ。
「そいつはいいセン行ってるかもしれねーぞっ……流石フレイヤちゃんだな!ちょっと色々調べてくるから、二人は適当にウチを使っててくれ!使用人と父上には伝えておくからよ!」
そう言うや否や、あっという間にヴァーリは屋敷を飛び出して行った。ヴァーリの人脈と行動力なら、すぐにとはいかずとも何か掴める可能性は高そうだ。バルドルとしても、事件が解決できるまではあまり王都を離れる気にはなれなかったので、ちょうどいい申し出である。こうして二人は、この日もヴァーリ家へ留まることになったのだった。
「ええと、確かこっちの方だったわよね……」
フレイヤは自分の記憶と照らし合わせながら、音もなく移動していた。目的地は、昨日追い返されてしまったムスペル一家の屋敷である。相手が相手だからと、昨日の訪問では馬車で留守番をされていたフレイヤだったが、バルドルは現在、冒険者ギルドから派遣された冒険者達と連携を取る為に外出中だ。ギルドへ一緒に行っても良かったが、どうしても気になる事があったのでフレイヤは一人でムスペル一家の所へ行くことにした。
バルドルは気にしていない風だったが、やはりムスペル一家の協力を得られれば、それに越したことはないはずだ。少なくとも断られる事情というものを確認出来ればいい。それが今のフレイヤに出来るもっともバルドルの役に立てることだと考えた上での行動である。
「あった、あのお屋敷だわ。さて、どうしようかしら。正面から行っても入れてもらえるとは思えないし……あら?」
遠目にムスペル一家の屋敷の門が見えてきて、フレイヤはそっと近くの植え込みに隠れていた。もっとも、わざわざ隠れなくとも良さそうに思えるが、他人から見えないように姿を隠した所で、霊感の強い相手では看破されてしまう。結局、物理的に隠れるのが一番確実なのだ。
そんな時、不意に屋敷の門をくぐって一人の少女が歩いてきた。門の前に立つ二人の見張り役の男らはそれに全く反応しておらず、少女の姿は陽炎のように微かに揺らめいていて、よく見ると向こう側が透けて見えている。もしかしなくとも、あの少女は幽霊だと、フレイヤは直感で理解した。
「あんな小さな子が、どうしてここに?でも、何だろう?あの子は前に会ったシェヴンさんとは違うみたい……話してみたいわね」
フレイヤは意を決して、植え込みから身体を出して少女に近づいていった。門番の見張り役二人は、少女にも気付いていないようで、大きな欠伸をしている。ならばきっと、フレイヤにも気付く事はないはずだ。
「ねぇ、そこのあなた」
「うん?お姉ちゃん、だぁれ?私のこと、見えるの?」
「ええ、私もその……幽霊だから。あなた、お名前は?」
「そうなんだ!私、幽霊に会うの初めて!私はミーシャ、ミーシャ・ムスペルだよ。お姉ちゃんは?」
「私はフレイヤよ、ミーシャ。よろしくね」
「うん!」
ミーシャと名乗る少女はニコニコと笑ってフレイヤに答えた。ミーシャは恐らく十歳くらいの、まだ歳若い子供である。茶色のおかっぱ頭と、薄いグレーのワンピースを着ていて人懐っこそうな少女のようだ。こんな子供がどうして幽霊などになってしまったのかと胸を痛めつつ、フレイヤは更に話を聞いてみることにした。
「ねぇ、ミーシャ。ムスペルって事は、ここはあなたのお家なの?グリンさんはあなたのお父さん……じゃないわよね」
「そうだよ、フレイヤはお祖父ちゃんのお友達なの?お姉ちゃん美人だから、きっとお祖父ちゃん優しかったでしょ?美人と子供には優しくするんだっていつも言ってたもん」
「あ、あはは…ど、どうかな」
実際には、フレイヤはグリンに会った事などないのだが、それを訂正するのは説明がややこしそうだし、笑って誤魔化すことにした。どうやら、ミーシャの口振りからしてグリンは中々の女好きのようである。ロプト王子や、先日のオーヴァ令息など、フレイヤが今まで見てきた中で女好きの男性にはろくな人間がいなかったこともあり、少しグリンへのイメージが悪くなったようだ。
そんなフレイヤの思いに気付くことなく、ミーシャは輝くような笑顔をみせた。
「パパもママももういないけど、組の皆やお祖父ちゃんが優しくしてくれるから、私は寂しくないんだぁ。それにね、もうすぐ私は元気になれるって、お祖父ちゃんが言ってたから」
「……えっ?」
その言葉の意味が解らず困惑するフレイヤの目に映ったのは、ミーシャの頭から出ている細い光の線だった。フレイヤがその正体を知るのは、このすぐ後である。
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