塞がる一手
孤独の〇ルメ的な…
どことなく和室を思わせる雰囲気の一室で、老齢の男性が座って食事をしている。食べているのは米と魚を中心とした和食に似た料理だ。もごもごと口一杯に頬張りながら、男は庭の植物を眺めている。
「静かだ。やっぱり、飯ってのはこうじゃねぇとな。飯を食べる時ってのはこう、静かで、一人で……」
「お、オヤジ!大変だーっ!」
「ブフォッ!?」
徳利から酒を湯呑に注ぎ、どこかで聞いたような台詞を口にしながら男がそれを口に含んだ瞬間、突然別の若い男が怒鳴りながら部屋に入ってきた。お陰でせっかくの気分が台無しである。食事をしていた老人の男は、咳き込みながら若い男を睨みつけた。
「ゲホッ!ゲホッ!…ば、バカ野郎!飯の時は静かにしろとあれほど言ってるだろうがっ!ぶち殺すぞ!」
「す、すいやせん!いやでも、か、カチコミが!」
「カチコミぃ?どこの阿呆だ!このムスペル一家に喧嘩を売りに来る阿呆はっ!?」
「え、エッダ家の当主が、殴り込みに来やがったんです!」
「なんだとぉっ!?」
老人の男は目玉をひん剥きながら立ち上がった。目を血走らせ、青筋を浮かべて仁王立ちする姿には年齢を感じさせない威圧感がある。それにあてられた若い男はすっかり委縮してしまい、震え上がるようにして小さくなってしまった。
(エッダの当主っつーと、あのバルドルとかいう若造か?今更なんで殴り込みなんざかけて来やがったんだ…!?まぁいい、あのガキがどういうツモリだろうとうちの敷居を跨いでただで済むと思われちゃあ敵わねぇ!)
老人の男は怒りを隠さずに、ズシンズシンと足音を立てて、玄関へと歩いていった。
その頃、ムスペル家の玄関先では、バルドルとヴァーリがやれやれと肩をすくめている所だった。二人の周囲にはムスペル一家の若い衆達が倒れ込んでいて、誰も彼もがノックアウトされて呻き声を上げている。大きな怪我はしていないようだが、完璧にのされてしまっているのでしばらくは動けないだろう。
ちょうどそこへやって来たのが、先程の老人だった。バルドル達と、彼らに倒された部下達をギロリと睨みつけ、ドスの利いた声で怒鳴り上げた。
「バルドルゥっ!このガキャァ、よくもやってくれたなぁ!?突然殴り込んできて若い衆を甚振るとは、舐めた真似してくれるじゃねぇか!オイッ!」
「よう、グリン親分。久し振りだな、元気そうで何よりだ。が、俺達は別に殴り込みに来たわけじゃない。お前さんに会って話がしたいから取り次いでくれと頼んだら、自分達を倒さなきゃアンタは出てこないって、彼らの方から殴りかかってきたんだ。不可抗力だよ」
「ああっ!?……ゴスカン、そりゃ本当か?」
「あ、いえ……オヤジは食事中だったんで、適当に畳んで追い返そうかと……」
「っの、バカ野郎!それで結局このザマじゃ、恥の晒し損だろうがっ!」
「す、すいやせんっ!」
ゴスカンはグリンに叱られ、慌てて土下座をしている。とはいえ、普段から食事時には誰も近寄るなと言い含めているのは他ならぬグリン本人なのだ。ゴスカンを始めとした部下達は、それを忠実に守ろうとしたに過ぎない。問題は相手がバルドルで、部下達が完膚なきまでに叩きのめされたという事実に怒っているのである。要は、強く出るなら相手を見極めろと言っているのだ。
「そうカリカリするなよ、身体に悪いぞ。あんたももういい歳なんだ、健康には気を付けた方がいい」
「テメェに心配される覚えはねぇわっ、気色悪い!…それで一体、どういう用件だ?!とっとと話して帰れ、若造が!」
「そうだな、早速本題に入ろう。グリン、最近ここ王都で事件が起きている事は知っているか?」
バルドルがそう問いかけると、グリンは仏頂面をして、玄関の上がり框に腰を下ろした。どうやら、既に彼は事件の事を知っており、話が長くなりそうなことを予測したらしい。ひとまず話を聞いてくれるようだと感じたバルドルは、一安心しながら話を続けた。
「どうやら知っているようだな。実は今、俺達はその犯人を捕まえようと動いているんだが、その犯人は前科のある人間を標的にしているようなんだ。それも、それほど罪の重くない元犯罪者を狙っていると俺達は見ている」
「……何が言いてぇ?」
「はっきり言うと、次に狙われるのはアンタ達の内の誰かの可能性があるってことさ。以前のアンタらは泣く子も黙る無頼集団だっただろうが、今はさほどの悪事も働かなくなったと聞いているからな」
「ふんっ……ムカつくが、その話なら知っとる。三番目にやられたアトスって奴は、うちの組員じゃねぇが出入りしてた野郎だったからな。ケチな金貸しで、方々に恨みを買ってやがったからいつかやられると思ってた奴さ。しかし、噂には聞いていたが、殺人犯が元犯罪者を狙ってるってのが本当だったとは。……それで、お前の目的はなんだってんだ?わざわざそれを教えに来たって訳じゃねぇんだろう?」
グリンの射抜くような眼光がバルドルに向けられる。傍で見ているだけのゴスカンでさえ怯えているというのに、バルドルはそんな強烈な睨みを受けても、平然としたまま答えた。
「察しが良くて助かるよ。さっきも言ったが、俺達は一刻も早くこの事件を解決したいと思っているんだ。だが、この広い王都の中では敵の狙ってくる相手が絞り切れなくて対応しきれない。……協力してくれないか?」
「て、テメェッ!オヤジを囮にしようってのか!?」
「もちろん、アンタの安全は保障する。俺が絶対にアンタを守ってみせるよ、頼む。この通りだ」
バルドルは深く頭を下げてグリンの返事を待った。グリンからしてみれば、不俱戴天の仇とも言うべきエッダ家の当主が頭を下げたという事実だけでも、胸のすくような思いである。バルドルの祖父スノッリとは、まだお互いの組織に勢いがあった当時にはバチバチにやり合うライバルだったのだ。平和な時代を経て、どちらの家も弱体化の一途をたどっているものの、目の上のたんこぶだったエッダ家が下手に出てくるのであれば、こんなに愉快な事はない。
しかし、グリンはその思いとは裏腹に首を縦に振ろうとはしなかった。苦々しい面持ちでバルドルから目を背けている。
「……悪いが、手を貸してはやれねぇ。帰ってくれ」
「なっ!?おい、バルドルが頭まで下げてんだぞっ!」
「よせ、ヴァーリ!……グリン、理由を聞いてもいいか?」
「バルドル、お前の力はよく解っとる。お前が絶対に守ってみせると言った以上、その言葉に偽りはねぇだろう。そして、お前が…エッダ家の当主が儂らに頭を下げる事がどれだけの苦痛かも、儂は知っとるつもりだ。お前の祖父さんとは、散々やりあった仲だからな。…だが、ダメだ。協力は出来ねぇ。今すぐに、と言うなら尚の事だ」
グリンはそう言い捨て、立ち上がって振り返り屋敷の奥へと入って行ってしまった。もはや、話す事はないという意思表示だ。こうなってしまうと、バルドル達もそれ以上は何も言えなくなっていた。勝手に家の中に立ち入ることなど出来ないのだから仕方がない。
まだ何か言いたそうなヴァーリを抑え、バルドルはムスペル家の屋敷を後にした。これで振り出しに戻ってしまうかと思ったその夜、バルドル達をあざ笑うかのように再び王都で事件が発生するのだった。
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