因縁の相手
現代日本とは捜査が違う様子。異世界ファンタジーですからね!
「ビンゴだ、バルドル。お前の読み通りだった。今回の被害者を調べてみたら、全員何らかの事件を起こして逮捕された経歴があったよ。全く、年齢も性別も住んでる場所もバラバラだってのに、こんな共通点があったとはな……盲点だったぜ」
ヴァーリが慌てて飛び出していった翌日、バルドルの元に戻ってきた彼が話したのはそんな内容だった。この世界でも、個人の犯罪歴というものはある程度考慮されるものだが、まさか被害に遭って殺される人間が犯罪者だったという想定はなかったようだ。これも、長きに渡る平和な時代による影響なのだろう。
そもそも、殺された被害者達は前科のある元犯罪者ではあるが、殺される程の恨みを買うような罪は犯していない。もちろん、恨みの強さというものに個人差はあるのだから一概には言えないが、王国法に基づいた量刑から考えても、彼らは数年以内に出所するような罪しか犯していないのである。そんな彼らが狙われるというのは、考えられなくても無理もないだろう。
「やはりそうか。と言う事は、動機は怨恨と見るべきか?だが、そうなると一体誰の恨みなのかが不明だな。彼らは確かに罪を犯しているが、その犯罪の内容も、相手も全く別なんだろう?」
「そうだな。例えばコイツ……フレイヤちゃんが見覚えのあると言ってたヤツネって男だが、コイツの罪は窃盗…つまり泥棒だ。深夜に誰もいない商業区の店に入って金貨や銀貨を盗んだ罪で捕まった。捕まえたのはお前だったよな、そう言えば。んで、こっちの女、お前が過去に捕まえたっていう結婚詐欺師のラメラとは、過去の犯罪も含めて何の関係もねぇ。一晩かけて徹底的に洗ったから間違いねぇよ。他の連中も全部そんな感じだ。」
「と言う事は、彼らの共通点となると、ただ罪を犯した過去があるという一点に尽きる訳だ。……この二人に限っては、俺が捕まえたという共通点もあるようだが、他の三人は俺も全く知らないからな。そこは考えなくていいだろう」
「ああ」
「もし、犯人が前科のある人間だけを狙う殺人鬼だと言うのなら……一先ず貴族が狙われる心配はなさそうだ。近衛兵団を他の地区の警備に回せないか?」
「そいつは難しいな……そもそも近衛兵団自体が貴族向けの組織なんだ。アイツらに貴族が狙われる心配はないなんて言おうものなら、すっかりやる気をなくして警備どころの話じゃなくなるだろうよ。今回の件が解決するまでは、黙ってた方がむしろ安全かもしれねーぞ」
「どういう事だ?」
「だってそうだろ?この犯人は、ハッキリ言って殺す程の罪を犯してるとは言えない奴らを殺してるんだ。貴族の中には、逮捕はされていなくても、結構あくどい方法で私腹を肥やしてる奴もいるからな。そう言う奴が今後狙われないって保証はないじゃねーか」
「そうか、確かにな……」
清貧を地で行くバルドルには抜け落ちていた発想だが、ヴァーリの言う事はもっともである。残念ながらやり手の貴族の中には、犯罪スレスレの手段で荒稼ぎする者もいるのだ。この事件の犯人が犯罪者を狙う殺人鬼なのだとすれば、そうした貴族が狙われる可能性は十分あるだろう。
それを防ぐという意味では、近衛兵団にはこのまま貴族区の警備を集中してもらう方が都合はいい。少なくとも、貴族区の警備にまで目を向ける必要がなくなれば、ただでさえ手が足りないバルドルも少しは楽になるだろう。
「では、この情報は俺達の間だけで秘匿しておいて、残る三つの地区を冒険者達と俺でカバーするか。それでもかなりの範囲だな、闇雲に守ろうというのでは犯人を捕まえるのは難しそうだ。とはいえ、早く解決しないとオーディ様やお前の負担も増える一方だろうし、せめて何かもう一つ、犯人を追い詰める手が欲しい所だが……」
「そうは言ってもなぁ。どこかに犯人が狙いそうな犯罪者でもいれば……あ」
ヴァーリは何か思いついたのか、ピタリと動きを止めて固まってしまった。流石にそんな奇異な反応をされてもバルドルは理解出来そうにない。しばらく黙って様子を見ていると、再起動したヴァーリがその重い口を開いた。
「……狙われそうな奴、いたかもしれねぇ」
「本当か?一体誰なんだ?」
「誰って言うか……あいつらだ、お前も知ってるだろ。ムスペル一家」
「ああ……そう言えば、そうだな」
バルドルはその名を聞き、何とも言えない表情で頷いてみせた。ムスペル一家は、かつては公爵にも匹敵する勢いのあったとされるマフィアグループである。グラズヘイム王国が建国してすぐに、戦後の混乱期をまとめる形で裏社会を形成し、隆盛を極めたとされている。それほどの集団であるにも関わらず、何故バルドルが微妙な顔をしているかと言うと、彼らはエッダ家と犬猿の仲であるからだ。
元々、エッダ騎士団は魔獣や他国との戦争のみを主軸にした存在ではなく、王都や他の貴族領を含めた国内の治安維持も重要な任務の一つであった。そんな彼らにとって、裏社会の顔役であるムスペル一家はまさに因縁のライバルだったのである。
ただし、それも数十年前までのこと。
長きに渡る平和な時代によって没落し、また治安維持という役割からも外されたエッダ家と騎士団は、既に彼らとぶつかる大義を無くしていたのだ。その上、弱体化したのはムスペル一家も同じである。平和な時代は、ムスペル一家が幅を利かせていた裏社会そのものも衰退させ、必然的にムスペル一家の力をも削ぐことになった。今では小競り合いすら起こらず、街中で互いの構成員がすれ違う際に、舌打ちをする程度の関係である。
「最近の奴らは、大した悪事も行っていないと聞くが……そうか、過去の罪でも狙われる可能性はあるか」
「殺された被害者は窃盗犯や結婚詐欺師と言っても、ほとんどが一年やそこらで出所してくるような重さの罪しか犯してねー奴らだ。そんな奴らに比べたら、ムスペル一家の連中が狙われてもおかしくねぇだろ?」
「ああ、可能性は十分あるな。少なくとも祖父さんの世代までは、間違いなく奴らは無頼の集団だったんだ。そうと決まれば……!」
バルドルは素早く立ち上がり、コートを纏った。行き先はもちろん、ムスペル一家の邸宅である。しかしここから、事態は更なる混迷へと進んでいくことになるのだった。
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