新たな事件
新章?突入です。
「ハァッハァッ!く、クソッ!なんで、どうしてバレたんだっ!?」
バシャバシャと水しぶきを上げつつ、男が走っている。その男は、背後から迫る何かに怯えているようで、全力で走っているものの頻繁に振り向くせいで速度が上がっていないようだ。しかも、そんな無駄な動きのせいで体力を余計に消耗している事に、彼は気付いていない。
また薄暗い三日月夜の中で、音もなく追って来るそれが何なのか、特に暗い路地裏では窺い知ることは出来そうになかった。
「ハァッハァッ…い、行き止まりだと!?なんでこんな所に壁が……ハッ!?」
どこをどう走ったのかも解らなくなるほど走りづめだった男は、いつの間にか袋小路に追い込まれていた。この路地裏は、彼のような裏社会の人間にとっては庭のようなものだったはずだが、それでも追い詰められてしまったのは、追跡者の方が一枚上手だったということだろう。もはや、男に逃げるだけの力は残されていない。
「ヒッ!?や、止めろ…来るな、来ないでくれっ!!」
「フフフ……ダメだよ。お前はどこにも行けない、逃げられないよ。さぁ、罰を受け入れろ……咎人よ。お前の罪は、お前を逃がさない!」
「ヒッ!?ギ、ギャアアアアアアッ!」
男の身体から鮮血がほとばしり、周囲の水溜まりは、やがてどす黒い赤にその色を変えた。その後に残ったのは、男の死体と血だまりだけで、路地裏には不釣り合いな壁も追跡者の姿も煙のように消えてなくなっていた。
「王都で殺人事件?ずいぶん穏やかじゃない話だな」
バルドルの家の応接間兼リビングで、席についているのはバルドルとヴァーリ、それにフレイヤと先日の血闘を見学にきていた若い兵士だ。彼は名をビィズといい、近衛兵団に入ったものの、どこか居心地の悪さを感じていたという。そんな時にエッダ騎士団とバルドルの強さを見て感激したらしく、ヴァーリに頼んでバルドルの元へ行く際に連れてきてもらったのだ。
「穏やかなんてもんじゃないぜ、これで五人目だ。完全に王都の警備の薄さを逆手に取られてる。お陰で王都だけじゃなく王城の中もピリピリしてんだよ。何せ、何時貴族が標的にされるか解ったもんじゃねーからな。優先して貴族区の警戒度を上げちゃいるが、それを嘲笑うかのように殺しが起きるんだ。管轄の違う父上も大忙しだよ、何しろ冒険者ギルドに要請して街の警戒に当たってもらうと、問題が起ころうが起こるまいが賃金を払わなきゃならねぇからな。もちろん王家からの出費になるから、担当するのは父上だ。しかも、速く捕まえろってんで、動かす冒険者の人数が増えてるから、金額もバカにならねぇ……あの父上が難しい顔してんだから相当だぜ」
「で、必然的にお前の仕事も増えるって訳か。まぁ、財務大臣であるオーディ様が、直接賊退治になど動けるはずもないしな」
ヴァーリが持ってきたのは、今話題の殺人鬼についての話であった。何でも、僅か二週間の内に五人もの人間が殺害されたらしい。一度に何人もの人間を殺したという訳ではなく、それぞれ別日に一人ずつ殺しているのだから、かなりのハイペースだ。最初の一週間で二人、次の一週間で三人という被害者の増え方は、ヴァーリの言う通り、警備を試しているようにもみえる。
「王都の警備って、確か、今は騎士団じゃなくて冒険者ギルドや傭兵を雇っているのよね?その人達は無事なのかしら」
「幸い、警備に当たってる連中には何の被害もないんだよな。というよりも、その犯人は上手く警備から姿を隠して行動してるみたいだ。大胆なんだか臆病なんだかわかりゃしねぇよ」
フレイヤが尋ねると、ヴァーリはまた厄介そうな口振りで答えた。どうやら相当鬱憤が溜まっているようで、フレイヤに対しても若干口調が乱暴である。バルドルとフレイヤは顔を見合わせて、ヴァーリの心情を慮り、そこには触れない事にしたようだ。
「それで?俺にどうしろと言うんだ?わざわざ俺に話を持ってきたって事は、俺に何とかしろと言いたいんじゃないのか?」
「そうしたいのは山々なんだけどよ、お前のトコもそんなに手が空いてねーだろ?王都は広いからな、流石にお前一人に任せる訳にもいかねぇ……ったく、どうしろってんだ」
バルドルとベーオウルフの血闘から二週間、現在、エッダ騎士団は総がかりでスケジュールの穴埋めに奔走していた。元々、人手が足りず休みもろくになかった彼らが、先日の血闘の為に全てのスケジュールを組み直す事になったせいで、騎士団内部は大混乱である。他領の魔獣退治は、大体一回の任務で一週間ほどが潰れる為、たった一日全体の動きを止めただけで、大幅な見直しが必須となる。たかが二週間ほどでは、それを挽回するのは難しいのだ。
バルドル自身、血闘の翌日から穴埋めに走っていて、つい今朝方に任務から帰ってきたばかりである。そのせいで、王都の巷を騒がす連続殺人事件についても、今初めて知った有り様だ。一応、バルドル単独で出来る仕事は一通りこなしてきたので身体と予定は空いているが、ヴァーリの言う通り、広い王都を一人で守り切るというのは現実的ではなかった。
騎士団で対応するなら、せめて一部隊は欲しい所だ。
「まぁ、俺一人でも手を貸す分には問題ないが……確かに王都全域をカバーするのは一人じゃ厳しいな」
「その、近衛兵団を出してもらう訳にはいかないの?」
フレイヤの疑問に、ビィズが恐る恐る答えた。幽霊であるフレイヤが怖いというより、カリカリしているヴァーリが怖いようである。
「現在、手の空いている近衛兵団の兵士は、貴族区の警備に充てられています。と、とても他の三ブロックまでは……」
王都は貴族区、商業区、一般区、公設区の四ブロックに分かれて構成された街だ。以前、火事を止める際にバルドル達は貴族区に入って行ったが、貴族区は王城と同じく近衛兵団が守護する場所である。もっと昔、近衛兵団が出来る前は、一応騎士団が王都の防衛役であったのだが、騎士団縮小のあおりを受けたことと近衛兵団の台頭により、王都からは事実上締め出されてしまっているのが現状だ。
「とはいえ、手をこまねいている場合でもないだろう。俺と冒険者で手を組めば、何とかなるんじゃないのか?」
「いいのか?」
「構わんさ、お前やオーディ様には、世話になっているからな」
「ありがてぇ!やっぱ持つべきものは親友だよなぁ!」
パァっと表情が明るくなるヴァーリをみて、バルドルとフレイヤはつい笑ってしまった。彼は裏表がないタイプだが、その分こういう現金な所があるのだ。バルドルとはまた違う意味で少年のような反応をするあたり、二人が似た者同士で仲の良い友人である事が、フレイヤにはよく解った。
「それで、事件の詳しい情報はないのか?」
「一応、これが被害者のリストなんだが、全員住所も年齢もバラバラでよ……」
そう言ってヴァーリが鞄から取り出したのは、似顔絵付きの書類である。確かにヴァーリの言う通り、被害者は年齢性別全てがバラバラで共通点など何もないように見えた。ただ、フレイヤはその中の一人に、見覚えのある顔を見つけていた。
「あれ?この人どこかで見たような。うーん………………あっ!そうだわ。思い出した!ねぇ、バルドル。この人って、あなたが捕まえた泥棒じゃない?」
「捕まえた?俺が?んんー……」
「ほら、あなたと私が初めて会った日の帰り道、明け方に泥棒を捕まえたでしょう?あの中の一人よ」
「……ああ、そうか。なるほど、思い出したぞ。コイツはあのドザベルとか言う奴の後ろにいた男か。確か、俺の顔を知っているようだったから、貴族の関係者だと思ったんだったな。……待てよ、それじゃ、こっちの女は」
何かに気付いたバルドルは、ソファの後ろにあった本棚から大きめのファイルを取り出し、パラパラとめくり始めた。そして、一分も経たない内に目的のページを見つけて、テーブルの上に置く。
「やっぱりそうだ。これを見てくれ。この女は、以前うちの領内で結婚詐欺をして捕まえた女だ。俺が騎士団を継いですぐの頃だったから、二年前か。もう出所していたとは」
(しかし、五人の被害者の内、二人が元犯罪者……偶然か?)
バルドルは腕を組んで何かを考えている。長く平和が続いたグラズヘイム王国では、殺人事件のような凶悪犯罪も非常に稀だ。それが立て続けに起きたこともおかしいのに、被害者の半数近くが犯罪者というのは、果たして偶然なのだろうか?ややあって、バルドルはヴァーリに耳打ちし、ヴァーリはすぐさまビィズを連れてバルドルの屋敷を飛び出して行った。
彼が意外な情報を持ってきたのは、その翌日のことである。
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