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完勝

普段怒らない人が怒ると怖いアレ

 「かかってこい、ベーオウルフ。こんなもので終わりじゃあないだろう?」


 そう言い放つバルドルの声は静かで、凪いだ海のような穏やかさを感じさせた。しかし、それを聞かされたベーオウルフの身体は、凍りついたように動けない。


 (な、なんだ……?なんなんだ、このプレッシャーは……お、俺が気圧されて動けん、だと!?)


 観客である騎士達も、まさかバルドルが殴りつけるとは思ってもおらず一瞬静まり返ったが、そこから再び息を吹き返したように大歓声を上げ始めた。そんな中で沈んだままなのは幹部席にいる面々だけである。

 

「……ほれ見ろ、坊の奴本気で怒っとる。あんな怒り様を見るのは片手の指で数えるほどもないわい。一体、何故急にあんなに怒ったんじゃ?」


「始めの合図が出る前に、ベーオウルフの奴が何か言ってたんで、それっスかねぇ……いやはや、まさか団長が殴りつけるなんて。そりゃ、ミストルテインは使用禁止でも、拳は使っちゃいけないなんてこたぁないっスけどね。ビックリっスね、こりゃ」


「ベーオウルフでなけりゃ、あの一撃で終わってたかもしれんな。アイツは力もそうだが、頑丈さも取り柄だからの」

 

 ウンウンと頷くウルとテュールの横で、フレイヤは不思議そうな顔で尋ねた。


「……な、殴るのってそんなにいけない事なの?」


「ああいや、喧嘩や実戦なら全然悪くないんスけどね。これは血闘(けっとう)っスから。ぶっちゃけ、魔法も魔剣も使用禁止って、団長にはメチャクチャ不利なんすよ。そんな状況で剣を使わずに殴ったってなると……」


「ベーオウルフは、舐められたと思っただろうな。アイツは戦なら頭も切れるが、こういう状況だと頭に血が上りやすいからなぁ」

 

「そこがベーオウルフの欠点っスね。プライドが高い分、融通が利かないんスよ。だから、団長にも食って掛かる……大方、アイツは団長が変わっちまったって思ってたんでしょう」


「変わった?バルが?」


「ええ、フレイヤさんは知らないでしょうけど、昔……いや、ちょっと前までの団長はもっとクールだったんスよ。それが、ここ最近はすっかり優しくなったんス」


「丸くなった。というよりは、いい意味で肩の力を抜けるようになった、というべきだな。先代が亡くなって以来、騎士団長として張り詰めていた気が解れたんだろう。今の方がよほどいい目をしとるんだが、それがベーオウルフには解らんのだ。やはり、所帯を持った事のない男はいかん」


 テュールがそう言うと、この場にいる大半の男の顔が曇った。騎士達のほとんどが若いと言う事もあるが、ここにいる既婚者はテュールとドヴェルグだけだったからだ。当然ながら、それに頷いたのはドヴェルグだけである。


「うむうむ、連れ合いや家族というのは言ってみれば鞘みたいなもんじゃからな。いかにどんなものも切り裂く優秀な剣とて、抜き身では扱いにくいもんじゃよ。そのままでは怪我人も出るし、かと言って放っておけば刀身が傷む。それに見合った鞘が無ければ、剣はその力を十全に発揮できんということじゃ」


「いやぁ、俺らのほとんどは独り身なんで耳が痛いっスね。……しかしまぁ、そういうことっス。今の団長には、ちょうどいい鞘が見つかったんスよ」


「え……?でも、バルは独身だし、恋人もいないはずじゃ……」


 フレイヤは顔をしかめて、ぎゅっと拳を握っている。彼らが言う鞘が誰の事なのか、気になって仕方がないという顔だ。それを見たウルは苦笑して、また肩をすくめた。


「大丈夫っスよ、フレイヤさんが負ける相手じゃありませんから。というか、勝負にならないでしょうけどね」


「え?え?どういう…」


 (知らぬは本人ばかりなり……ってとこっスかね。もっとも、団長本人も自覚してないみたいっスけど)


 バルドル自身が告げていない本心を、ウルが勝手に伝える訳にはいかないだろう。ここから先は、当人同士の問題である。ただ、ウル達から見てバルドルが変わったように感じるのは、間違いなくフレイヤが来てからなのだ。それがどういう意味を持っているのか?今はまだ、確かな事は何も言えないのである。


「な、舐めるなよ……っ!団長ぉっ!」


 まさにその時、ウル達の予想通りベーオウルフは血気に逸っていた。結果として、自らに優位な状況で剣の勝負を持ち掛けたはずの相手が、剣を使わずに攻撃してきたのだ。お前になど、剣を使わずとも勝てる……そう言われたに等しい。例え、あのタイミングでバルドルが反撃をするには拳が一番早いのだと解っていたとしてもだ。

 しかし、頭に血が上りながらも、ベーオウルフの剣の冴えは決して淀んではいない。それが出来るからこその隊長格である。


「うおおおおっ!」


「……っ!」


 剣と剣がぶつかり、文字通り火花が散った。そのまま一合、二合と打ち合いは続いていく。だが、ここでも、大方の予想は大きく崩れることとなる。


「くっ!?」


「ベーオウルフ、どうしたぁっ!」


 バルドルはベーオウルフの剣を、ことごとく打ち払っていた。右に、左に、そして上下に、絶え間なく続く連撃を物ともせずにバルドルは悠々とベーオウルフの剣を受け止め弾いた。まるで型の決まった剣劇を見ているような、何とも美しい捌きだ。ベーオウルフにとっては堪ったものではないが、それを見ていた騎士達の誰もがその攻防に目を奪われていた。


(俺は、俺は何のために修練を積んできたんだ!?たったの一矢報いる事もできず…完封されるだと!?そんな、そんなバカな!)


 ベーオウルフが大上段に構えた最大の一撃が振り下ろされる。これが当たれば確実に戦闘不能になる、それほどの力が込められていた。だが、そんな大振りの一撃が当たるほど、バルドルは遅くない。バルドルは冷静に半身だけ身体をずらしてそれを躱し、返す刀で横薙ぎの一撃を放つと、ベーオウルフの眼前でそれを止めた。


「あ……」

 

「これで終わりだ。俺の勝ちだな、ベーオウルフ。ブラギ!」


「あ、しょ、勝負ありっ!バルドル団長の勝利っ!」


 その宣言から数拍の間を置いて、観客の騎士達が大歓声を上げた。ベーオウルフは放心状態でがっくりと膝を落としてしまっている。結果だけを見るなら、ベーオウルフは賭けの対象をフレイヤの命にしなかった方が善戦できたことだろう。必要以上にバルドルを怒らせたことで、返ってバルドルの力を発揮させてしまったのだから。


「あれだけキレておっても寸止め出来る所が坊じゃのう。剣を止めなんだら、アヤツ確実に死んでおったぞ」


「ま、アイツにゃいい薬っスよ。団長を本気で怒らせたらどうなるか、よぉく解ったでしょうからね。正直、俺らでもあそこまで怒らせたことはないんで、おっかねーにもほどがあるっスけど。これからはあんまり怒らせないように気を付けるっス」


 初めから怒らせなければいいのでは?と何人かが思ったが、それを口にするより先にフレイヤが飛び出していき、それ以上は何も言えなかった。そうしてフレイヤは、バルドルの背中に飛びつく。突然の事でバルドルも驚いたのか、ハッとすると同時に、いつもの優しい顔つきに戻っていた。


「バルっ…!」


「フレイヤ?!どうしたんだ?」


「心配したのよ!あなたが物凄く怒ってるって、ドヴェルグさんや皆が言うから…!私の知ってるあなたがいなくなっちゃうんじゃないかって、それで…もう!どうしてあんなに怒っていたの?」


「どうしてだろうな……俺にも解らん」


 そう言って、バルドルはフレイヤの頭を撫でて、空を見上げた。雲一つない青空のお陰か、はたまた()()()()なのか、ささくれ立っていた心も落ち着いたようだ。こうして思わぬ身内同士の戦いは呆気なく幕を閉じたのだった。

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