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二番隊隊長 ベーオウルフ

バルドルは苦労性ですね

 ヴァーリの来訪からしばらく経ったある日の事。今日は、先日から参入している騎士見習い達の訓練を、バルドルがチェックする予定である。


 彼らの多くはバルドルに憧れての騎士団の入団希望者達だったが、彼らをバルドルに任せると確実に皆辞めてしまうだろうと言う事で、各隊の隊長クラスが相談して、見習い達の訓練をしている状態だ。だが、バルドルも騎士団の団長として、全てを部下達に任せっきりにするつもりはない。ある程度の成長具合は確認しておきたいと視察をねじ込んだのである。


「総員、構えーっ!1!2!1!2!……そこ!遅れているぞ!」


 そして今日の訓練担当は、二番隊の騎士達である。二番隊の訓練は厳しいものの、三番隊や四番隊ほどのキツさはないと、見習い達の間では評価されているようだった。


「やっているなぁ。新兵の訓練ってのは、どうしてこう見ていて気持ちがいいんだろうか」


 ニコニコと微笑みながらバルドルが呟く。自分が騎士団に参加したばかりの頃を思い出しているのだろう、誇らしげだが、どこかほんの少し寂しさの混じった感情が見えて、フレイヤは不思議そうにしている。


 (なんでだろう?口ではああ言ってるけど、こういう時のバルってなんだか寂しそうな気持ちがするのよね。懐かしいっていうのとはちょっと違うような……)


 隣で不思議そうに自分を見つめるフレイヤの姿に、バルドルはくすぐったいような顔をしている。自分の感情がフレイヤに読まれているとは気付いていないのだ。


「な、なんだ?フレイヤ。俺の顔に何かついているか?」


「ううん、そういうのじゃないんだけど。バル」


「ん?」


「元気、出してね?」


「……俺はいつでも元気だぞ?でも、ありがとうな」


 一瞬、見透かされたような気がしてドキッとしたが、バルドルはそれ以上顔には出さず努めて冷静にしてフレイヤの頭を撫でた。撫でると言っても、水を撫でるような感触だが、以前よりは力加減というか、感覚に慣れた気がする。フレイヤが嬉しそうに目を細めていると、反対側でお座りをしていたルゥムが催促するようにバルドルの顔を舐めてきた。


「わっ!止せ、ルゥム…!撫でて欲しいならじっとしてろ。あんまり顔を舐めるんじゃ……ぶあっ」


「なぁにを朝っぱらから遊んでやがるんだ。いちゃつくならどっか別の所でやってくれや、団長殿。部下に示しがつかねぇんだよ」

 

 そう言いながらバルドルを鋭い眼光で睨みつけてきたのは、二番隊の隊長を務める男で、名をベーオウルフという。曲者揃いのエッダ騎士団において、トップクラスの実力を持つ男である。ただし、彼はバルドルを異常なほどライバル視しており、そのクセの強さもトップクラスであった。


「ベーオウルフ…すまない。邪魔するつもりはなかったんだ。ただ、俺達は別にいちゃついている訳じゃないぞ」


「そう思ってんのはアンタだけだってんだよ。ったく、幽霊の小娘なんぞに骨抜きにされやがって。ちゃんと俺達のアタマに立つって自覚があんのか?」


 (ほ、骨抜きって……バルが、私に!?ヤダ、そんな風に見えるのかしら。そんなんじゃないのに……えへへ)


「骨抜きになどなってない。俺は常にお前達の先陣に立って模範になるよう心掛けているさ」


「……ですよね。はいはい、解ってましたー。もう!」


「?」


 喜んだ次の瞬間には、完膚なきまでに否定されたフレイヤはお冠である。当のバルドルは何故フレイヤが怒っているのか解らずに首を傾げていた。


「はっ!どーだかな。昔のアンタはもっと刃のように鋭い瞳をしていたぜ。この俺でさえ、目が合えば背筋が震えるようだった。今のアンタにゃそれが欠片もねぇ……つまらん男になっちまったな。()()()()


 バルドルを団長と呼ばずに呼び捨てをする。それは、騎士団長に絶対の忠誠を誓うエッダ騎士団の騎士として、もっともやってはならないことと言える。エッダ騎士団はただの集団ではなく、一個の強力な共同体である。さながら家族に等しい関係であるからこそ、強い絆を持って仲間に背中を預け、強敵と戦う事が出来るのだ。そんな中で、リーダーである騎士団長に不敬を働く事は決して許されないという不文律が存在した。それは、バルドルや先代のフリッグ、或いは先々代のスノッリが決めた事ではない。初代エルダーが騎士団を預かるようになってから、今日までの数百年の間に自然と生まれてきたルールだ。

 

 バルドル自身には、それを強制しようという気はさらさらないのだが、彼を心酔する者達にとって、それは禁忌の行いである。そう、特に彼女にとっては。


「おいっ!ベーオウルフ!貴様、団長を呼び捨てにするとは、どういう了見だっ!」


「あ?なんだいたのか、ナンナ。相変わらずだな、お前は昨晩任務が終わって帰還したばかりだろう。もっと惰眠を貪っていればいいものを、いつもいつも野良犬のようにバルドルがいる所にしゃしゃり出てくる癖は止した方がいいぞ」


「貴様ぁっ!二度までも……っ、ゆるさん!」

 

「お、落ち着けナンナ!俺は別に呼び捨てくらい気にしない。ベーオウルフもナンナを挑発するような発言は止せ!俺に文句があるなら俺が聞く」

 

 どこからか現れたナンナが、怒りを露わにしてベーオウルフに食って掛かった。正確に言えばナンナは、朝起きてからずっとバルドルの後をついてきていたのである。バルドルと顔を合わせるとつい嫌味を言ってしまうので、コソコソとついて来る事しか出来なかったのだ。


 (いたんだ、ナンナ。……もう完全にストーカーみたいだけど)


「ば、バルドル様は黙っていて下さいっ!ベーオウルフは不敬が過ぎるのです。一度痛い目に遭わせてやる必要がありますが、そもそもあなたが甘やかせすぎなのですよ!もっと団長としての威厳を持たないでどうしますか!」

 

「お、俺に飛び火したっ!?……いや、しかし、たかが呼び捨てくらいそんなに怒らなくても…」


「呼び捨て以前の問題ですっ!!」


 こうなると、ナンナは全方位に攻撃をするヤマアラシ状態である。遠巻きにそれを見ていた見習い騎士達は、隊長同士のいざこざに恐れをなしているようだ。これでは困ると判断したのか、訓練を指揮していたフォルセティが訓練を取りやめてこちらへ向かってきた。


「団長、何の騒ぎですか!?姉さんも落ち着いて!隊長を殺るなら後で手伝うから!」


「お前ら……仲良くしろよ」


「……大変ね、バル」


 溜息を吐くバルドルの背中を、フレイヤがそっと撫でてやる。せめてここにウルがいてくれればと、バルドルは自ら右腕と頼るウルの存在がいかに大事かを痛感するのだった。

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