表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
48/100

見えてきた影

一歩前進、ですね。

 そうして、いくらかの沈黙の後、ヴァーリは徐に視線を下げ、バルドルの顔を真正面に見据えた。その瞳には先程までの疲労や怠さなどは一切感じられない。これから話す事がもっとも重要で、本題なのだと雄弁に物語っているようだ。バルドルもまた気合を入れ直し、ヴァーリの話を聞く姿勢に入った。


「それで、レモーヌ嬢から話は聞けたんだろう?どうだったんだ?」


「ああ、彼女の話してくれた内容によると、あの日の朝、黒いローブを纏った男が公園で突然話しかけてきたらしい。見るからに怪しい男だと思ったようだが、その声と話し方、それに自分の悩み全てを理解してくれるような感覚になって、いつの間にか何もかも話してしまったようだ。そして、コイツを渡してきたんだと」


 ヴァーリはそう言うと、ポケットから何かを取り出し、そっとテーブルの上に置いた。それはとても小さな、黒光りする小指の先ほどしかないブロックだった。確かにあの時見た、モンスターが出てきたものはこれだ。


「これは?触ってみてもいいのか?」


「ああ、そいつにもう何も痕跡は残っちゃいない。ただの四角いブロックだよ。魔術師や研究者を集めて散々調べてみたが、はっきり言って何も解らん……正直お手上げだ。そいつに関してはな」


 バルドルはそのブロックを手に持ってみたが、確かに何も感じる事はなかった。こんな小さなものからあれほど大量のモンスターが出てくるなど、この目で見ていながらも信じられないほどだ。ただ一点気になったのは、その吸い込まれるような黒さに見覚えがあるような気がしたことである。


「これに関しては、と言うからには、他の事は何か解ったのか?」


「流石、ちゃんと気付いたか。そうさ、そのブロックについちゃそれ以上の事はわからねーが、それをレモーヌ嬢に渡した人物の方は、少しだけアタリが付いたんだよ。それがこれだ」


 ヴァーリが差し出したのは、数枚の文書だった。一番上の紙にはバストアップの似顔絵で、まだ若く美しい顔の男性が描かれている。その顔には、どこかで見覚えがあるような気がするのだがしばらく見つめても思い出せる事はない。男の顔は整っていて、一般的には美男子の部類に入るはずだが、その冷たい目つきには得体の知れないものが感じられた。他の紙には男のものと思われるいくつかの身体情報が書かれている。


「コイツは?」


「方々手を尽くして調べた結果、そいつがそのブロックを作ったか、或いはそれに関与しているんじゃないかってのが俺達の出した結論だ。そいつの名前はローゲ、元はうちの国の出身らしいんだが、三十年程前に隣国へ渡り、魔導具を作る工房に弟子入りしたらしい。所謂、魔導具師ってヤツだな。」


「魔導具師……」


 それは先日、カーズ達から聞いた話と符合するものだった。カーズ達によると、依頼人だったという男は漆黒のローブを纏っていて顔などは解らなかったようだが、これをカーズ達に見せれば何か解るだろうか。そう思っていると、ヴァーリは更に話を続けた。


「そのローゲって奴は、魔導具師としてかなり優秀だったらしい。と言うより、天才ってレベルだったそうだ。ローゲが作った物の中には、既存の魔法では考えられないものもあったと言われてる」


「考えられないもの?」


「例えば、空間転移さ。当時一緒に働いてたって同僚に話を聞いたが、奴は見た事もない魔法陣を使って、離れた場所に物体を移動させるなんて事をやってのけたんだそうだ」


「それは……このブロックの…!?」


「そう、まさにそのブロックでやったことだろ?それだけじゃねぇ、コイツは魔導具師として工房で働く傍ら、自らを教祖として邪教を興していやがった。ローゲの詳しい情報が出てきたのも、奴がその件で指名手配されてやがったからさ。しかも、どうやらローゲの奴は教団の中でも怪しい研究をしていたらしいんだ。その詳細な情報を得る為に、俺はこの三週間ずっと働き詰めだったってわけさ」


 思ってもみなかった話の方向にバルドルは思わず唸った。既に多くの神が地上を去ったとはいえ、主神トールのように未だ神の威光と力は健在である。そんな中で異端の神を祀る邪教を興す……つまり、人に新たな神を信じさせるというのは、並大抵の事ではないのだ。少なくともこのローゲという男に、人を惹きつける強烈なカリスマ性とそれを信じさせるだけの力があったという事だろう。


「それで、このローゲという男は今どこに?」


「それがよぉ、さっぱり行方が解らねぇんだよなぁ。奴の率いる邪教の存在が明るみになってから数年経つらしいが、未だにその本拠地も解っちゃいねぇ。ヴァナヘイムも戦はだいぶ落ち着いたが、魔獣の出現が多い国だろ?どうしても調査が後回しになってたらしくってよ。参っちまうぜ」


「だが、もしこのローゲがレモーヌ嬢にこのブロックを渡したんだとしたら、コイツは国を行き来している事になるだろう?出入国の記録はないのか?」


「それが全く無いんだよ。っつーか、もしも本当に空間転移なんて魔法を使う奴がいるとしたら、国の出入りなんて思うがままだ。コイツのヤサでも見つけない限り、尻尾を掴むことすら難しいだろうな」


「なるほどな……」


 お手上げと言わんばかりに天を仰いでむくれるヴァーリの様子に、バルドルはそれ以上言葉が出なかった。通常、魔法による移動を行えばその痕跡が残るものだが、空間転移という魔法が事実なら、その現場をピンポイントで抑えでもしなければ痕跡を探す事さえ至難の業である。実際にそれを通してモンスターが出てきたこのブロックでさえ、調べても特に何も見つからないのだ。これほど周到に隠蔽されては、調査は困難を極めることだろう。

 いつも飄々としているヴァーリの疲れ具合を見ると、彼がこの期間、相当な苦労をしたのが窺える。それを考えれば、これ以上の無茶をしろとは言い出しにくかった。


 ただ、疑わしいとされる人物の姿だけでも判明したのは大きな一歩である。特にエッダ騎士団は、魔獣討伐の為に各領地を行き来する事が多いのだ。ローゲか、もしくは邪教についての情報などを仕入れるにはうってつけだ。それが他国の情報であっても、情報を得られる確率は上がるだろう。


 この後、エッダ騎士団の仲間達には、ローゲと彼の率いる邪教についての情報収集が特命として下された。未だその全貌を見せない敵に向かって、バルドル達はようやくその一歩を踏み出したのだ。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら

下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。

宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ