諸々の色々
騒動の結果は……?
「…っと、今日の所はこんなものかな。よぉし、来いルゥム。洗ってやるぞー」
早朝から始めたトレーニングを終え、バルドルは汗を拭きながら体を伸ばした。朝に響く鳥のさえずりが、一日の中でも特に優しく聞こえるのは何故だろうと考えてみても、学者ではないので答えは出せない。バルドルが日課にしている朝のトレーニングの際、付き合ってくれるのはルゥムとフレイヤだけである。フレイヤの場合は見ているだけなので、実際はルゥムがバルドル専属のトレーニング相手だ。
「お疲れ様、バル。それにしても、いつ見てもハードなトレーニングよね。ルゥムと本気の力比べが出来る人なんて他にいないって、ウルさんがボヤいてたわよ」
「そうか?そんな事ないと思うんだがなぁ……」
コップに注いでおいた冷たい水をグッと呷って、ルゥムの背中を軽く叩く。ルゥムは嬉しそうに庭の隅に移動して、バルドルが来るのを待っていた。ガルムは水に濡れる事を嫌う生物だが、どういう訳かルゥムはバルドルに洗われる事だけ許しているようだ。最も、それも精々月に一~二回ほどで、普段はフレイヤにブラッシングしてもらう方が嬉しいようなのだが。
先日の祝賀パーティーでの一件から、もうすぐ三週間が経過する。色々と事後の調査が進められ、今日はこの後、屋敷にヴァーリが調査結果を伝えに来る予定だ。
詳しい内容は、ヴァーリの報告を待たねばならないものの、件の出来事による影響はかなり大きかった。一番大きいのは、バルドルの実力がグラズヘイム王国全体に知れ渡ったことだ。その力と、最後に使ってみせた魔法の派手な威力と効果は貴族達の心を鷲掴みにしてしまった。少し前までは騎士団不要論と共に、エッダ家の爵位降格まで噂されていたというのに、今ではそんな事を口にするものは一人もいない。むしろ、バルドルの力を見て心酔するようになった貴族達から、婚約の釣書がひっきりなしに届くようになったほどだ。
それに関して、フレイヤにとってはバルドルが乗り気でない事だけが幸いと言えるだろう。
またバルドルにとっての幸いは、彼の力を見た貴族の次男や三男坊達、並びにその噂を聞いた一般庶民が多数、騎士団に参加希望を出してきたことである。人手不足解消の為に考えあぐねいでいただけあって、これは本当に渡りに船だ。とはいえ、バルドルに憧れて来た者達をバルドルに任せると誰一人残らないからと、面接や選抜は、ウルやナンナを始めとした隊長達に一任されている。そうした見習い騎士達の人数を計算に入れると、騎士団全体の人数は今までの1.5倍ほどにもなるほどである。彼らを実戦へ出せるようになるのは当分先だろうが、一先ず人員確保の目途が立っただけでも、あの騒動がプラスになったと言っていいだろう。
(この間のバルは、格好良かったなぁ……こうして、ルゥムとずぶ濡れになりながらじゃれ合ってる所はかわいいんだけど。でも、何かちょっとズルいわよね)
朝の光に水しぶきが反射して輝くバルドルの姿を見たフレイヤは、もう自分の気持ちをしっかり認めるようになっていた。ナンナというバルドルへの思いを共有する相手が出来た事と、バルドルにアプローチをするライバルが増えてきた事もあるのだろう。とはいえ、二人の間には生者と死者というどうしようもない程の隔たりがあるのも事実である。バルドルを困らせたくないのでこの気持ちを伝えるつもりはないが、自分ばかリが想いを募らせて溜息を吐くのは少し癪だ。そういう意味で、バルドルがちっとも自分を見てくれない事をズルいと、フレイヤは思っているのだ。
「ははっ!おい、もうちょっと大人しくしろって!はははっ!」
「ああしてると子供みたいなのに……もう」
頭からずぶ濡れになり、無邪気に笑っているバルドルを見ていると、思い悩んでいる自分が嫌になってくる。きっとバルドルは、自分やナンナがバルドルに対して秘めている想いを想像もしていないのだろう。彼が恋愛に奥手なのは、部分的に子供のような純粋さを持ったまま大人になってしまったからなのだ。そこが魅力なようで、ヤキモキさせられる理由でもある。
フレイヤはまた一つ溜息を吐いて、バルドルの横顔を見つめるのだった。
それから数時間後、ちょうど昼食を終えて午後の書類仕事にかかろうとした時だった。
「団長、お客様のようです」
「ん?ああ、ヴァーリかな。すまないが、出迎えを頼むよ」
「かしこまりました」
今日の手伝いはフォルセティである。彼は複数の属性魔法を得意とする一風変わった能力を持っている。本来、この世界の人間が扱う魔法の属性はそう多いものではない。大体の魔術師は一つの属性を使うもので、二つ以上の属性魔法を得意とする例は数が少ないのだ。しかも、フォルセティは風と土という、相反する二つの属性を操るのである。これは、この国中はおろか、世界中を探しても数えるほどしかいないだろう。姉のナンナが体術に特化している分、魔法の才能は彼に全て受け継がれたと周りは噂しているようだった。
そして今、来客を察知したのは、フォルセティが風を読んだからである。彼は常時、得意とする風魔法を使いって最大で半径数十メートル以内に近づくものの動きや数を、正確に探知する事が可能だ。普段の作戦中は二番隊の副隊長として、索敵目的に使用している能力なのだが、今日のようにバルドルの屋敷で書類仕事を手伝っている時は来客の気配を察知することに利用しているのだ。
しかも、それはただ近づく者を感知するだけではない。足の運びや足音からその数や装備を、さらには呼吸から緊張の度合いを読んで、敵対の意思があるかまでもを判別してしまう。まさに鉄壁の探知能力と言えるだろう。普段なら自分が出迎えると言うはずのバルドルがフォルセティに任せているのは、そうした彼の力を信頼しているからである。
「よーす。邪魔するぜぇ」
「来たか、ヴァーリ。ずいぶん疲れているな?とりあえず、これでも飲んでゆっくりしていけ」
フォルセティに出迎えを任せたバルドルは、手際よく紅茶の用意をしていた。相変わらず貴族らしくない仕事をする、マメな男である。多少は財布が潤ってきた事もあってか、この所は、エッダ家で出す紅茶も出涸らしではない。それなりの茶葉を仕入れているのはフレイヤの為でもあり、また領民への還元でもある。出入りの業者が潤っていく中で、そこから他の領民へ金が回っていくことを考慮しているのである。茶葉一つではさほどの変化はないのだが、小さなことから始めるのが大事だ。
「悪いな、ここんとこ忙しくてよー……ようやくあのバカ王子と、それに踊らされたマヌケ二人の沙汰が下りたぜ。王子は三カ月の謹慎の上、しばらく外回りだ。ローズル様がかなりご立腹でよ、ありゃあ当分帰ってこれねーな」
紅茶を啜って、ヴァーリが呟く。外回りとは、簡単に言えば外遊だが、その内情は決して甘いものではない。ローズル王は、元々武闘派であったこともあり、諸外国の中でも現在進行形で、戦争や魔獣の被害に遭った国を巡って支援を行う活動を続けている。それは、このグラズヘイム王国が他に類を見ない程平和であるが故に、他国へ支援を行う余裕があるということだ。
それによってグラズヘイム王国は中立国としての立場を得ていて、八十年もの長い間、他国からの侵略などを受けずにいられた要因でもある。
「外回りか。それはいいが、他国でやらかしたりしないかの方が心配だな……まぁ、ローズル様がついていれば余計な心配はいらないだろうが。それで、マヌケ二人というのは?」
「ああ、レモーヌ嬢に婚約破棄を仕掛けたオーヴァと、浮気相手だった女の事さ。カシム伯爵も相当カンカンでよ、カシム家の責任で婚約破棄した上で、オーヴァは家督を取り上げられて放逐されちまった。まぁ、アイツはバカだけどツラは良かったからな、男娼にでもなるんじゃねーの。女の方は一般人だから、最低でも一年は国教会の預かりで無償労働生活だよ。あれはキツイぜ~?国教会の奉仕活動は、主神トールとの契約になるからな。逃げようとしたり真面目にやらなかったら、文字通り雷が落ちるんだ。……たまに死ぬ奴がいるからな、あれで」
主神トールはこの世界の神である。トールは雷神としての性質も持っていて、契約したものに力を与える反面、厳格に契約を守らせることでも有名だ。ヴァーリの言う通り、神との約定に違反すれば雷が落ちて罰を受けるのである。かなり厳しい罰のようだが、契約さえ守れば害はないのだから、悪い事ばかりではないだろう。
「そうか。仕方ない話だな、それで、レモーヌという令嬢はどうなったんだ?」
「ああ、レモーヌ嬢はあっさりしたもんさ。実は彼女、前から他に好きな男がいたらしいんだ。ただ、オーヴァとの婚約は家同士の約束だからってのと、相手が庶民だったから我慢してたらしい。あれだけの騒ぎを起こしたから、トレノ家からは放逐される事が決まったけど、逆にその男と仲良くなるには良かったのかも知れねーな」
そう言って、紅茶をまた一口飲んで、ヴァーリは息を吐いた。気になっていた事がいくつか解って、バルドルはホッとしたもののまだ本当に聞きたい事は聞けていない。心を落ち着かせるために同じように紅茶を啜り、バルドルとヴァーリはしばし天を仰ぐのだった。
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