犬も食わない
※一番悪いのは王子です。
「すまねーな、遅くなって。父上からユミル卿に話をつけてもらっててよ。ったく、頭の固いハゲジジイが中々信じねーでずいぶんゴネやがった。ま、ヘズ王子が化け物が出たーって騒いだ挙句、近衛兵を大量に引き連れて自室に籠もっちまったおかげで、最後はスムーズにいったけどな」
ローブをひらめかせ、隣に立ったヴァーリは謝罪しつつもニヤリと笑みを浮かべてサムズアップしてみせた。実際、オーディの口添えがあったとはいえ、あのユミル卿と交渉したのなら相当骨が折れた事だろう。しかし、それを一切感じさせないのだから、大したものだ。こういう時の彼は、実に頼れる相棒である。
「いや、いいタイミングだったぞ、ヴァーリ。助かったよ。早速で悪いが、彼女を頼む!」
「おお?!って、トレノ家のレモーヌ嬢じゃねーか、何がどうなったんだ?」
「詳しい話は後だ!今は彼らを助けなくては……」
父親の手伝いをしているからか、ヴァーリはめぼしい貴族の顔と名前を憶えていて、一目見ただけでレモーヌの事を見抜いていた。ただ、流石に彼女が婚約者であるオーヴァに婚約破棄され、自棄になって怪物を持ち出したとは予想も出来ないようだ。しかし、今はそんな事を悠長に話していられる状況ではない。
バルドルが見据えた先には、今にも怪物に襲われそうになっているオーヴァと、彼の浮気相手であるミセリの姿があった。彼らに近づいているのは、人間の身体に大きなコブラの頭を挿げ替えたような、恐ろしいモンスターだ。胴体には簡素な鎧を身に纏い、手には武器を持っていて、他のモンスターよりも危険そうである。
「よっしゃ!そんじゃ選手交代だ。お姫様、しっかりやんなよっ!」
「バルっ!」
「フレイヤ!?君も来ていたのか、ナンナはどうした?」
ヴァーリがそう言うと、纏っているローブの陰からフレイヤが飛び出してきた。どうやら、陰に隠れて様子を見ていたらしい。ちなみにヴァーリの纏っているローブは、風の精霊の力が宿っているという装具で、持ち主に素早い身のこなしを与えるだけでなく、短距離だけだが空を飛ぶことさえ可能にさせるという代物だ。他国にいるという魔導具師の作るアイテムとは、これに似たようなものと言えるのかもしれない。
「出入口がパニックになった人達で詰まってて、ヴァーリさんが飛べるって言うから、私だけついてきたの。ナンナは会場の外で避難誘導してるわ。って、それよりあなたは」
「ふ、フレイヤさん…?」
「知り合いなのか?」
「昼間、ちょっとね。……それにしても、バル。いつまでレモーヌ様を抱き締めているの?」
フレイヤはジト目でバルドルと、その腕に抱えられたレモーヌを睨みつけた。レモーヌは視線の意味を理解して顔を赤らめているが、バルドル本人は気付いていないようである。
「抱き締めてって……人聞きの悪い事を言わないでくれ。彼女があの怪物達に狙われていたから庇っていただけだ。…というか、そんな事を言ってる場合じゃない、ヴァーリ!」
「あいよっ!彼女は任せな。お前が抱き締めてやるべきなのはフレイヤだ」
ヴァーリはするりと流れるような手つきで、バルドルの腕からレモーヌを受け取り、逆にフレイヤをバルドルに押し付けた。以前はフレイヤの姿が見えていなかったヴァーリだが、今の悪霊状態から脱したフレイヤならば、目に見えるし声も聞こえて、おまけに背中を押す程度なら魔力を込めて触れる事も可能だ。
背中を押されたフレイヤは、元から身体が浮いているだけあって、ふわりと雲のように軽くバルドルの胸に飛び込んだ。
(え……ど、どうして?!)
レモーヌに嫉妬からだろうか?今まで何度もバルドルと密着した事はあったのに、今日はやけに恥ずかしさを強く感じる。フレイヤはかぁっと顔が赤くなるのを感じて、つい俯いてしまう。
「どうした?フレイヤ」
「え!?あ、いや、な…なんでも、ないわっ……!」
いつもと様子が違うことに気付いたバルドルが顔を覗き込んでくるが、こんなに赤くなった顔を見られたくないと、フレイヤはするりと腕の中から逃げ、バルドルの背中に回ってぎゅっと抱き着いた。動いていないはずの心臓がドキドキと高鳴っていて、とても今はバルドルを顔を合わせられる状態でないようだ。
「なんでもないって…そうは見えないぞ?」
(ふ、普段は女心が解らないって言う癖に、どうしてこういう時ばっかり勘がいいのよっ!?もう!)
「い、いいから急いで!あの人達を助けなきゃっ!」
「あ、ああ。そうだな!」
バルドルはあまり納得いっていないようだが、時間がないのは確かだ。フレイヤに促され、改めて怪物達の群れへ向き直った。コブラ頭の歩みは非常にゆっくりなので、まだオーヴァ達に届いていない。腰を抜かしたオーヴァ達は口喧嘩をし始めている。今ならまだ間に合うはずだ。
「行くぞ、フレイヤ!」
「え、ええ!」
バルドルが片手で持っていたミストルテインを両手持ちに切り替えると、それは大きく輝いて、二振りの双剣へと姿を変えた。普通の直剣よりも少し小ぶりだが、肉厚な刃は速さと威力を兼ね備えた形である。刀身に浮かぶ樹の文様がキラリと光ると、それを合図にバルドルは強く床を蹴った。
「ああもうイヤ!なんでアンタなんかと死ななきゃいけないのよっ!王子がお小遣いをくれて、アンタがあの女と別れるまで付き合っていればいいって言うから付き合ってやってたのに!」
「み、ミセリ!?そんな…俺を愛しているんじゃなかったのか?!」
「誰がアンタなんかっ!いい所なんて伯爵のお坊ちゃんってだけのクズじゃない!婚約者がいるのにアタシみたいなのと浮気する男なんかサイテーよ、お金でも貰わなきゃ同じ空気も吸いたくないわ!アンタがあの世間知らずのお嬢さんに婚約破棄して、盛り上がった所でアタシがアンタを振って仲直りって寸法だったのに……アンタ自身も巻き込んだ婚約破棄ドッキリだったのよ!アッチも小さいしホントに使えない男ね、このヘタクソ!」
「そ、そんなバカな……!こ、このアバズレがっ!よくもっ!俺に恥を!」
「何よ!……っひぃ!?」
「な、なんだ……?ひょえええっ!?」
口論をしている暇があるなら逃げればいいはずだが、混乱を極めた二人にはそんな正論は通用しない。二人が罵り合っている間に、コブラ頭のモンスターはすぐ傍まで接近し、その蛇の舌をチロチロと伸ばしていた。蛇の表情というものは解らないが、きっと人間ならば、ニヤリと笑っていたことだろう。おぞましく生暖かい吐息を感じるほどの距離に、モンスターは来ていたのだ。
「た、助けてーーーーっ!?」
二人の叫びがシンクロした次の瞬間、コブラ頭の首と胴がずるりとズレた。それだけではなく、胸と腹も続けてズレ落ちていく。そして、大量の血飛沫を上げて、コブラ頭のモンスターはゆっくりと崩れ落ちた。
「……大丈夫か?」
「は、はひ……」
間一髪間に合ったバルドルの問いかけに、オーヴァは呂律の回らない声で応えると、そのまま意識を手放したようだ。出来ればもう少し離れて欲しかったが、余計に動き回られるよりはいいだろう。要は、彼らに手出しが出来ないよう、モンスター達を近づけなければいいのだから。
「やれやれ。まぁ、解り易くていいか……さぁ、来いモンスター共!俺が相手だ!」
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