暗躍するモノ
ゲス王子の策略
――時は戻り、再び叙勲式後の王城内にて。
パーティーの時間が迫り、いよいよとなった頃、バルドルとヴァーリは控え室から出て会場へと向かっていた。二人がいた控え室は、侯爵以上の地位にある人間だけが使う事を許された、所謂VIP用のものであり、そこから会場となるホールまでは多くの人間と接触しないのが最大の利点だ。
そこを連れ立って歩いていた二人の前に、仁王立ちで立ち塞がる男が現れた。
「ハッハッハ!ここで待っていれば必ず来ると思っていたぞ!久しいなバルドル!息災なようで何よりだ!」
「……ヘズ王子。ご無沙汰しております、何か御用でしたか?」
現れたのは、王位継承権一位で、現王の長子ヘズであった。この男はバルドル達と同い年で、王立学園時代からしょっちゅう二人に絡んでは、ろくでもない遊びに巻き込もうとする破天荒男である。本来、王族であっても、王位につくまでは何らかの職業につかなくてはならないのだが、彼は何を思ったか王立学園を卒業した後は教師として学園に残り、教鞭をとっているらしい。ただし、教え方が下手なのか、本人の能力不足なのか生徒からのウケはあまり良くないようだ。
「ずいぶんと他人行儀ではないか!貴様はいつもそうだな!この俺自らがわざわざ目をかけてやろうと言っているのに、のらりくらりと躱しおって!まぁいい!今日のパーティーは、貴様のような根暗な凡夫でも楽しくなるよう余興を用意してやったぞ!それを伝えておこうと思ってな!」
「あー……王子。何をしでかすつもりか知りませんが、あまり無茶な事はしない方がよろしいかと」
「んん?なんだ、いたのか!ヴァーリ!ちょうどいい、お前も覚えておけ!せっかく退屈なパーティーに花を添えてやろうと言うのだ!今日の余興では余計な事はするなよ!」
「へいへい……まぁ、なんでもいいんですがね」
明らかにおまけ扱いをされたヴァーリだが、食って掛かったりはしない。ヘズという男はまともに相手をすれば、こちらの腹が立つか気分が悪くなるかのどちらかなのだ。学生時代からの経験でそれを十分理解している二人は、曖昧に愛想笑いをして、彼をいなすことしか考えていないのだった。
「いいな?決して邪魔をするんじゃないぞ!クク、パーティーが楽しみだ!ハーッハッハッハ!それじゃあな!」
そうして釘を刺した後、ヘズは満足した様子で会場の方へと去って行った。バルドルとヴァーリは顔を見合わせ、肩をすくめてその後ろ姿を見送っている。
「……だとさ、こりゃあ今夜のパーティーは荒れるかもな」
「嫌な予感がすると思っていたが、まさかあの人がな。……ヴァーリ、警戒しておいた方がいいんじゃないか?」
「そうしたいのは山々だけどよ、生憎、会場の警備は近衛兵団の管轄だ。あいつらに王子の悪戯を止められるような奴はいねーよ。ユミル卿に告げ口したって、揉み消されるのがオチだろうし。一応父上には伝えておくが……期待は出来そうもねーなぁ」
「しかし、わざわざ俺達に直接釘を刺しに来るくらいだ。何も知らなければ、間違いなく俺達が止めに入るような事をするつもりだぞ。流石に、貴族が集まっている場で、怪我人が出る様な暴れ方はしないと思いたいが……」
「だなぁ。ちょっと父上の所に行ってくるわ、先に会場へ行っててくれ」
「ああ、気をつけろよ」
そう言って、二人は一旦別れた。率先して関わりたくはないが、あの王子のやる事は放っておくと大変な事になるものばかりだからだ。後手に回っていい事など一つもなく、かと言って関わるだけ損をする男……それが、あのヘズ王子なのである。
それからしばらくして、遂にパーティーは始まった。だが、パーティー開始からそれなりに時間が過ぎても、ヴァーリが姿を見せる気配はない。バルドルは、近づいてくる令嬢達を適当にあしらいながら、注意深くヘズ王子の動向を窺っていた。
(ヴァーリはまだ来ないか……オーディ様も来ていないようだし、対応を協議しているのならいいが。しかし、王子は特別妙な動きをみせないな。何を企んでいるんだ?)
あれほど自信満々な様子でバルドル達に宣言してきたのだから、このまま何も起きないとは考えにくい。パーティー自体はつつがなく進行していることも、どこか不気味なくらいである。そんなバルドルの視線に気付いているのかいないのか、ヘズ王子は取り巻きの連中を従えて、楽しそうに酒を飲み談笑していた。
そして、貴族同士の顔合わせや挨拶が一通り終わり、ダンスタイムの前の歓談が本格的になり始めた頃、それは起こった。
バルドルから少し離れた場所で人だかりが出来て、そこから只事ではない空気が漂い始めたのだ。それはバルドルの周りに集まっていた令嬢達にも伝わり、バルドルの耳にも入ってきた。
「あら……何かしら?騒がしいわね」
「あちらで男女が揉めているみたいよ。女性の方は、トレノ家のご令嬢ですって」
(……始まったか?だが)
奇妙な事に、ヘズ王子は先程から動かず、ずっと同じ場所にいる。仲間と共にニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて喋っているが、今騒動を起こしているのは別の人物のようだ。そして、ヘズ王子の視線の先には、ちょうど揉め事が起きているという人だかりがあった。バルドルはすぐに何かを察し、周りにいた令嬢達に断って、騒動の中心へ近づいていった。
「……今、何と仰いました?」
「だ、だから!お前との付き合いは無かった事にすると言ったんだ、レモーヌ!俺には、真実の愛を捧げる相手が出来た!」
近づいてよく話を聞いてみれば、どうやらそれは男女間の痴情の縺れと呼ぶべきものであったようだ。いつの間にか、パーティー会場は二人を除いて静まりかえり、中心となった彼女達から人々は離れて、その動向を皆が固唾を飲んで見守っている。
「真実の愛……ですか?それは幼い頃からずっと将来を誓い合ってきた、私の事ではないと?」
「ああ、そうだ。お前とのことは、所詮は親同士が決めた強制的なもの、そこに俺の意志は無かった。俺は知ってしまったんだ、この世には、身を焦がす炎のような強い恋があるのだと!そう、まさにあれは大神トールが放つ神の雷のように俺に落ちてこの胸を焼いた。……これは、どうしようもない運命だったんだ。彼女、ミセリとの出会いはな」
先程、トレノ家の令嬢と呼ばれていた栗色の髪をした女の方は、男の芝居がかった言葉を無表情で聞いていた。両手を腹の前で組み、視線は真っ直ぐに男を貫いている。そこから感じられる強いプレッシャーは、周囲の人間が声を発することさえ許さないものだ。あれでよく、男の方は口を開けるものだと感心したくなるほどだった。
「そうですか……ですが、オーヴァ様。どうして今この場でそんなことを?」
「決まっている!これだけの衆目の前でお前との婚約を破棄すれば、父上達も文句は言えないからだ!俺は真実の愛の為なら何だってする!例え一時の恥をかいてもな!」
オーヴァと呼ばれた男は、自らが汚名を被る事をよしとしているようだが、この状況で最もダメージを受けるのはむしろ、レモーヌの方だろう。オーヴァが浮気をした事を大袈裟に美化して語っている分、捨てられる形となるレモーヌはいい笑いものだ。せめてレモーヌの方から三下り半を突き付けるのならともかく、浮気をされた上に捨てられたとなれば、淑女としての恥は大きい。しかも、オーヴァの隣に立って微笑んでいるミセリという女は美しく、また男好きする美貌の持ち主なのだ。どうしても比較される事になるレモーヌの方は、たまったものではないだろう。
「なんなんだこの状況は……まさか、これが王子の仕組んだ余興というヤツなのか?いや、しかしこれは」
バルドルは呟き、絶句した。はっきり言って、荒事ならばともかく男女の諍いに割って入れるほど、バルドルはこの手の問題に手慣れていない。せめてここに居るのがヴァーリであったなら、また違った対応が取れただろうが、バルドルには荷が重すぎる内容だった。もしもこれが王子の策略なら、邪魔をするなと言われなくても邪魔など出来るはずがない。
「解ったか?レモーヌ。改めて宣言しよう、レモーヌ・トレノ伯爵令嬢!この俺、オーヴァ・カシムはお前との婚約を破棄すると!」
「……ああ、本当にくだらない。どうして私ばかりがこんな…やっぱりあの人の言う通りでしたわね。いいわ、お引き受けします。ただし……」
無表情だったレモーヌは、オーヴァに向けてニッコリと微笑む。それと同時に、彼女の足元から無数の影が飛び出して、その傍に降り立った。誰もが言葉を失って、より一層の静寂が会場内を支配する中、凛としたレモーヌの声だけが響き渡って聞こえた。それはまさに死刑宣告そのものである。
「慰謝料として、お命頂戴いたしますわね」
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