家族の形
世の中には色んな家族がいますよね。
フレイヤとナンナ、互いに素直になれない奇妙な二人の出会いから数日後、今日は王都で叙勲式とその祝賀会が行われる日だ。
会場の警備は近衛兵団に任されているので、バルドル達エッダ騎士団はいざという時の為のサブとしての仕事しかない。ただ、バルドル本人だけは侯爵という立場があるので貴族としての参加である。
「よう、久々だなぁ。お前の正装を見るのも。お前って奴は普段から軍服しか着やがらねぇんだから勿体ないぜ。知ってるか?今年のお前は中々人気らしいぞ」
「一張羅の正装なんだ、傷むからこういう時にしか着たくないんだよ。……しかし、人気ってどういうことだ?」
会場に移る前の控え室で、親し気に声をかけてきたのはヴァーリであった。彼も普段より煌びやかな宝飾がつけられたスーツに身を包んでいて、流石はアース公爵家の跡取り息子といった出で立ちである。溜め息交じりに応えるバルドルは、どこかウンザリした様子で控え室の窓から夜景を眺めていた。
「解ってんだろ?お前は見た目もいいし、侯爵って立場もある。今までのお前に足りなかったのは金と……まぁ、ちょっと女心が解らんって不器用な所だけだ。そんで、今のエッダ領は空前の好景気に沸いてるときた。目端の利く貴族のお嬢様方なら、そんな好物件を放っておく訳がねぇって事さ」
「バカバカしい……うちの領地の景気がいいのは否定しないが、俺個人が手にしてる金はごく僅かなんだ。貴族の子女と交際する為に、湯水のように金なんかかけられないぞ。そんな金があるなら、部下や領民にもっと楽な暮らしをさせてやりたいくらいだよ。大体、夫が女心も解らないんじゃ、金なんかあったって幸せになれないだろ」
「お前のそういう考えは、外から見ただけじゃ解らんってことさ。それにな、強かな貴族のお嬢様方からすりゃ、ちょっと女心が解らん位なら逆に好条件なのさ。巧く手綱を握れば、自分だけに都合よく育てられるからな」
「……勘弁してくれ」
そういう女性の強さは、バルドルの最も苦手とするところだった。先代当主である母フリッグは、あえて夫を持たず、どこかの優秀な子種だけを提供してもらったのだと豪語していたが、それが許されたのはフリッグ自身に強烈なカリスマ性と類い稀なる剣の腕という実力があったからだ。誰もが同じように出来るとは欠片も思っていないが、自身の妻となる相手には、最低限の覚悟は持って欲しいと思っている。
いかにバルドルが、ウル曰くチート級の実力を持っているのだとしても、有事の際には騎士団長として最前線に立つ必要がある。それはつまり、いつ命を落とすか解らないということだ。もしも、バルドルが亡くなった時に妻や子どもがいたとしたら、その彼女らにエッダ家を守り、繋げてもらわなければならないのだ。金や優雅な暮らしにしか興味がないような女性ではなく、些最悪の場合には、その身一つで落ち延びられる女性であって欲しい所である。
とはいえ、貴族の女性としては、ヴァーリの言う強かさも重要だということはバルドルも理解している。貴族社会においては、剣ではなく別の形で、骨肉の争いをすることも往々にしてある。バルドルは修行の旅に出ている間、他国で何度もそれらの争いを見てきたし、時には巻き込まれたりもした。その度に、女の怨みは恐ろしいと思い知らされてきたのである。
どちらにしてもバルドルは、例え恋人が出来ても贅沢をする気はないし、それを要求してくる女性には心を許すつもりはなかった。ただ、バルドルは身内に甘い男である。実際に惚れて恋人が出来たらどうなるかは怪しいとヴァーリは腹の中で考えていた。
(女性云々はともかく、どうも今日はきな臭いな。胸騒ぎがする……)
いつもなら美しく見える王都の夜景も、なぜか今夜は心がざわつくばかりだ。バルドルはこれから起こる嵐の予感を前にして、一際深く息を吐くのだった。
一方、その数時間前。フレイヤはナンナと共に王城から程近い商業区の公園に来ていた。
フレイヤからすれば、生前以来およそ八十年振りの社交場である。やはり貴族の女性である彼女は、叙勲式自体には興味はないのだが、その後に行われるパーティーには興味があった。だが、フレイヤは幽霊だし、そもそも招待されていないので勝手に参加するわけにもいかない。せめて気分だけでも味わえればと、叙勲式へ参加するバルドルにくっついて王都へやってきたのだ。ナンナはフレイヤの護衛役である。
「ソワソワしちゃって、そんなにパーティーが気になるのかい?」
「そりゃあね。私が死んじゃってから、もう八十年も経ってるんだもの。今はどんなドレスが流行なのかとか、イマドキはどんな話題が中心なのかとか気になる事はたくさんあるわ。そういうものに注意していると、段々国や社会の世相が見えてくるのよ。デキる貴族の女性は、そういうものを敏感にキャッチして領地経営に活かすんだって、お父様やお兄様によく言われていたわ」
すっかり意気投合した二人は、公園のベンチに並んで座り、近くの店で買った紅茶を楽しんでいた。もっとも、フレイヤは飲めないので、ナンナが買った紅茶の香りを嗅いでいるのだが。
「ドレスねぇ……アタシはどうも苦手だな。任務で仕方なく着た事があるけど、ヒラヒラして動きにくいし、薄手だから心許ないよ。コルセットって奴は軽鎧みたいで慣れてるけど」
そう語るナンナは、エッダ騎士団の隊服とは違った私服姿だ。ポニーテールにスポーティなTシャツとパンツスタイルだが、しっかりした生地で出来ていて着慣れていないと動きにくそうである。フレイヤはナンナの横顔をジト目で見ながらたしなめるように言った。
「ナンナ、そんな事ばかり言ってちゃダメよ?あなたがバルドルと結婚したら貴族社会の仲間入りをするんだから。社交の場にだって出なきゃいけないし、付き合い方も覚えておかないと」
「う……あ、アタシがバルドル様と結婚なんて出来る訳がないよぉ……そういうのはさ、フレイヤに任せるから。アタシは子供を産む、二号さんでいいんだよ」
「何バカな事言ってるの?!そもそも私は幽霊なんだから、バルドルとどうにかなる訳ないでしょ……!」
血を継ぐことが重要な貴族社会では、妾や第二夫人などは割と当たり前の存在である。だが、それは結婚してから不妊が続いたり、夫婦のどちらかが高齢になってから結婚したような状況だったりするのが一般的だ。初めからそれを織り込んで結婚する事などはほとんどない。それをナンナが名案を思いついたとばかりに語るので、フレイヤは思わず声を荒げてしまった。
「え~~!いい案だと思ったのになぁ。バルドル様だけじゃなく、フレイヤと家族に成れるなら、アタシは嬉しいよ」
「ナンナ……」
ナンナは純粋に、心の底からそう思っているようだった。ナンナと弟のフォルセティは、物心つく前から二人だけで暮らしてきた孤児である。二人の両親は、彼女達が生まれてすぐに事故で他界し、彼女達は王都にある国教会が運営する孤児院に引き取られた。幸い、二人は優秀だったので、将来は安泰だとされていたのだが、そこでも運悪く今度は孤児院が盗賊に襲撃されてしまったのである。
本来なら、たかが盗賊などエッダ騎士団の敵ではない。その時も、先代から後を継いだばかりのフリッグ率いるエッダ騎士団が事態の収拾に乗り出すはずであった。だが、そこで邪魔をしたのが、ユミル内務卿の息子ボルが作った近衛兵団である。
当時、出来たばかりの近衛兵団はその実力を発揮して王にアピールする場を探していた。ところが、魔獣退治などの事件は滅多になく、あってもエッダ騎士団が出向いてあっという間に解決してしまう。その為、彼らはその存在を疑問視されていたのだ。元々、ユミル卿が息子の為に無理矢理立ち上げさせたのだから無理もない事だが、このままではいずれ、近衛兵団の不要論が出てくることだろう。ユミル卿はそれを恐れ、盗賊の襲撃をエッダ騎士団に隠して、近衛兵団を動かしたのである。
しかし、出来たばかりの近衛兵団は戦闘力こそ及第点ではあったものの、人質の安全などを考慮する力までは無かったようだ。結局、国教会の神父とシスターは無事であったが、子供達の大半は戦闘の巻き添えで命を落とすという最悪の結果となってしまった。ナンナとフォルセティは、その事件で生き残ったたった二人の子供達だったのだ。
それを全てが終わった後に知ったフリッグは激怒し、そして、涙を流した。その後、二人を騎士団預かりにすると言って強引に引き取り、育てたのである。そんな過去があるからだろうか?特にナンナは、家族というものへの憧れや執着が強かった。フレイヤと家族に成りたいと言って憚らないのも、それが理由なのだ。
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