血も滴るいい女?
斬新なヒロインだと思いませんか?(やり過ぎ)
ゴロゴロと鳴る雷の音は、まるで空が泣いているようだった。
ぼんやりと微睡むような感覚の中で、私は必死に逃げ惑っている。
「ハァッハァッ!あ、ああっ!?」
あまりの恐怖に足がもつれ、転んでしまう。立ち上がる事さえ覚束ないけれど、このまま蹲っていたら私は確実に殺されるだろう。まるで死神のように現れた黒ずくめの剣士は、一切の容赦も躊躇いもなく次々に私の家族を斬殺していった。
父も兄も、母も、召使い達でさえも……一人残らずあの剣士によって命を絶たれたのだ。当然、私も狙われている。ずっと私を追って来るそれの足音は、処刑までのカウントダウンのようにも聞こえて、全身の血が凍ってしまうような怖気を感じさせた。
「あああ……止めて、来ないで……いや、いやっっ!……きゃああああああっっっ!」
「うぎゃあああああっ!でっ、でっ!出たあああああっ!?」
逃げ込んだ部屋の隅に追い詰められ、いよいよ剣士の刃が私の身体に入り込んだ瞬間、私は叫びそれに重なるような悲鳴を浴びて……目を覚ました。
目の前にいたのは、美しく輝くプラチナの髪を持つ若い男だった――
「あっ、あっ、ほほほ、ほんとに…ででで、出とぁー!?あああ、悪霊退散煩悩退散!家内安全質実剛健!無病息災唯我独尊んんんんっっ!」
「えっ、えっ?」
恐怖のあまり叫んだはずが、そのプラチナの髪を持った男が私よりも混乱していた様子だったので、私は恐怖するタイミングを失ってしまった。男は訳の分からない事を叫びながら、手にした袋から色々なものを取り出しては投げてくる。こんな不審者、見た事がなかった。
「えっと……痛っ!?な、なにこれアミュレット?って、安産祈願?どういう……わぶっ!?」
どういうことなのと呟く前に、何か大きくて重い白い物が投げつけられて私の顔面に命中した。これは本当に痛い、ぐわんぐわんと回る視界を定めて見てみれば、それはお塩だった。しかも、買ったばかりで袋から開けてもいない、料理用の食塩だ。
あまりの事態に、流石の私も頭に来たので、大声で叫ぶ。私は令嬢だけど、声の大きさには自信があるのだ。
「もうっ!いい加減にしてっ!なんなのよ、貴方!?」
「あ!?君、喋れる……のか?ヒェッ!」
男は一瞬冷静になったようだったけれど、私の顔を覗き込んで再び恐れをなしたみたい。失礼しちゃうわ。私、公爵令嬢なのよ!?
「な、なに?なんでそんなに驚く……の?あれ?」
そこで気付いたのは、私の頭からどくどくと何かが流れ出ている事だ。触ってみると温度は解らないけれど、手が真っ赤に染まっていた。それが何かは解らないけれど、とても嫌な感じがする。いや、解らないんじゃない…気付きたくないんだ。だってこれは、どう見ても……
「ち、血が……そうだ。私、し、死んで……!?」
そこまで呟いて、私は改めて自分の身に何が起きているのか唐突に理解した。さっきまで見ていたあれは、夢だけど夢じゃない。あれは実際に起きた事。私の人生が、黒い剣士によって終わらされたその全て。でも、一体どうして?死んでしまったのなら、どうして私はここにいるの?
色々な疑問と感情が渦巻いて、私の視界が朱に染まる。何かどす黒いものが、じわじわと私を支配しようとしているのが自分でも解った。どうしようもない流れに引き込まれそうになった時、さっきまで狼狽えまくっていた男が静かに何かを呟いた。
すると男の手に、美しく輝く大きな薔薇の花が出現した。私はそれに見覚えがある、確か光属性の魔法で、錯乱した仲間を落ち着かせる為の魔法だ。凄く綺麗なその薔薇は、今にも闇に呑まれそうだった私の心を落ち着かせてくれた。ちょっと待って?私、男の人から薔薇を貰うなんて生まれて初めてじゃない!?もう死んじゃってるけど。
そして、その時に感じた。この人は、変な人だけど、悪い人じゃないのかもしれないって。
「『百成る花弁の薔薇』……お、落ち着いてくれ。俺は敵じゃない。…だ、だから祟ったり呪ったりしないでくれ!頼む、この通りだ!」
……この人、悪い人じゃなさそうだけど失礼なヤツだわ、絶対。
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