新たなかつての仲間達
バルドルは女心が解らない系男子でした。
躊躇いがちに真相を話し始めたカーズ達、その内容はどうにも理解が追い付かない話であった。
「……俺達が引き受けたのは、あの化け物が入ってた檻の方なんですよ」
「檻?」
「ええ、そいつは元々、マジックアイテムを発明してる魔導具師ってヤツらしいですが、今回の仕事を頼んでくる前からいくつかの仕事を引き受けてました。風属性を付与して、より少ない力で伐採できる斧だとか、火の魔法を付与して、切ってすぐ焼ける包丁だとか……そんなのです。そういうものを使ってみて、使用感を答えたりする仕事でした。そして、その一つが、今回の檻だったんです」
「魔導具師……聞いた事がないな。知っているか?」
「さぁ、俺も知らないっスね……」
「確か、隣国で最近出来た職業だったかと。魔石ではなく簡易的な魔法そのものを物品に付与して効果を発揮させるものを作るんだとか。よく魔石を使う国では、一般的じゃありませんね」
フォルセティがそう説明すると、バルドルとウルは思わず感嘆の声を上げた。魔石を加工して様々な効果を生み出すのが、この国だけでなく色々な国でのオーソドックスなやり方である。だが、魔石を必要とせずアイテムに魔法を付与するというのは、かなり複雑な技術などが必要だ。この国では一般的でない職業の者がどうやってカーズ達に接触してきたのか、謎は多い。
「ふむ。それで、その檻というのは?」
「ああ、何でも全く新しい魔法を付与した……らしいんですよ。俺らは学が無いんで詳しい事は解りませんでしたが、奴はそれを亜空間魔法と呼んでいました。」
「亜空間、魔法……?」
誰もが聞いた事の無い言葉である。だからこそ全く新しい魔法なのだろうが、それにしても新しく魔法を作るというのは並外れた才能で出来る事ではない。ヴァーリの父、オーディ公爵が、若い頃にいくつかの魔法を編み出したと言われているが、それとて基本となる四属性魔法の中での事だ。
そもそも、この世界に存在する魔法は、火・水・風・土の四属性に光と闇を加えた六つの属性で構成されている。これを六大属性と呼ぶのだが、そこには空間や時間というものに干渉するものは存在しない。もし亜空間魔法とやらが実在するのであれば、六大属性のどれにも属さない、完全に新しい七つ目の属性を発見、ないし作った事になる。それはもはや神の所業と呼ぶ他ないものだ。
「正直、言葉だけではピンと来ないな。その檻というのは具体的にどんな能力を持っていたんだ?」
「大きさが、変わるんです」
「は?大きさ?」
「はい。俺達にその檻が手渡された時、あれは間違いなく手のひらに乗るようなサイズしかありませんでした。しかし、奴の言うがまま、設置場所になる二階へ運び入れてキーワードを唱えたら……二階のほとんどを埋め作すような大きな檻へ変わったんですよ。しかも、中には最初から、あの化け物が入ったままでした」
「なんだって……?!」
カーズの話を聞いたバルドルは恐ろしい想像をした。もし、その空間魔法を使った檻が実用化されたなら、ゴーレムの魔石と同様に、それは最悪の兵器になり得るものだ。ガルムのような強力な魔獣でなくとも、中に手頃なモンスターを大量に入れた檻を持ち運びできるなら、テロなどどこででも簡単に起こせるだろう。或いは、敵に気付かれず、大量の伏兵を忍ばせる事も容易である。少し考えただけでも今までの戦いの常識が一変する、恐るべき道具になり得るのだ。
「俺達が依頼されたのは、その檻の耐久試験だと言ってました。依頼の期限は一週間。中に閉じ込めたあの化け物が暴れ出さないように監視し、檻が破壊されるような事がないかチェックしろと。ただし、あの化け物には鎮静化する薬を打ってあるから、あくまで念の為だとも言っていました。ヤバイ仕事だとは思ったんですが、報酬の高さに目がくらんじまって……」
「その報酬って、いくらだったんだ?」
「き、金貨で……20枚」
「はぁー!?お前らホントにアホっスねぇ。そんなもんに金貨20枚なんて詐欺に決まってるじゃないっスか。団長、やっぱコイツらダメっスよ。もう二~三発殴りましょうよ!」
ウルの提案に、カーズ達がビクっと身体を飛び上がらせた。こう見えて、ウルの拳はちゃんと痛い。つい先ほど殴られたばかりの彼らは、思い出して身を縮めている。それを取り成すように、バルドルが割って入った。
「それでフレイヤがやって来て、あの檻の中にいたルゥムを刺激した、と……そういう事か」
「はい。あれさえ、なければ……」
カーズがそう呟くと、バルドルは苦虫を嚙み潰したような顔になってしまった。これでは、フレイヤが余計な事をしたせいで大事になってしまったに等しいからだ。だが、それに異を唱えたのは、ウルであった。
「おいおい、ちょっと待つっスよカーズ。そもそもお前らがそんな胡散臭い仕事に手をつけなきゃ、こんな事にはならなかったんじゃねぇ?フレイヤちゃんに責任負わすのはどうかと思うんスけどねぇ?」
「いや、別に団長のおん…恋人のせいだなんて言ってねぇよ…!」
「いや、待て。別にフレイヤは俺の恋人じゃ……」
「ウル隊長の言う通りです。フレイヤさんが迂闊だった事は否定しないが、お前達の責任は大きいぞ」
「そ、それは……解ってる……ますよ。俺達だっておかしいとは思ってたんだ、約束の期限は昨日だったってのに、アイツは結局、結果を聞きに来なかったし」
「いや、聞いてくれ。フレイヤと俺はそういう関係じゃ……」
「となると、もしかするとカーズ、お前達は嵌められたのでは?」
「嵌められた…?どうして?」
「おーい、聞いてくれないか?なぁ?」
「団長、ちょっと静かにしててくださいっス」
「えっ?俺が悪いのか?なんで?」
バルドルの抗議を無視してフォルセティとウル、そしてカーズは会話を続けている。すっかり蚊帳の外に置かれたバルドルは不服そうだが、律儀に黙ってしまう所が彼らしい所だ。
「だってそうだろう。檻の耐久性を試験するというなら、あのモンスターが暴れないように鎮静化させるのはおかしいじゃないか。それじゃあ試験になどならない。しかも、期限となる日に突然モンスターは暴れ出した……初めから、お前達を始末するつもりだったとしか思えないな」
「そんな……バカな!?」
「亜空間魔法というものが事実だとしたら、もしかすると試したかったのは、檻にかけられたその魔法そのものの方だったとも考えられる。何しろ、現時点では我々人類が未発見の新魔法だろうからな。そもそもそれが安定していられるのかも解らないだろう。もしかすると、最悪の場合、爆発でもしたかもしれないぞ」
フォルセティの推測に、カーズ達は絶句していた。黙って聞いていたバルドルとウルも、その可能性は高いように思う。仮に、檻そのものが安定して期日を迎えたとしても、その檻の有用性はバルドルが想像した通りだ。その目的がなんであれ、秘密を知る者は少なければ少ないほどいい。だからこそ、期日のその夜に、ルゥムは鎮静化が解けて動き出したのだ。どちらにしても、カーズ達を生かしておく事など想定していなかったからこそ、金貨20枚という破格の報酬を提示したと考える方が自然だ。
思ってもみなかった裏切りを確信し、カーズ達は唇を噛み、悔しさを滲ませている。フォルセティとウルは、自業自得と言わんばかりだが、同情もしていた。そして、バルドルが慰めるように声を掛けた。
「……なぁ、お前達。そんなに金に困っているのなら、もう一度、騎士団に戻ってこないか?今なら前よりマシな給料も出してやれるし、何より人手が足りていないんだ。手伝ってくれるなら、とても嬉しいんだが」
「なっ!?しかし、団長、俺達はあんなに迷惑をかけちまったってのに!」
「そんな事は気にしなくていい。実際に、以前はろくな金を払ってやれていなかったのは事実なんだ。それでも、お前達は腐らずに騎士団を支えてくれた。止むを得ず離れても、それを俺も母上も怒ったりはしないさ。お前達みたいな即戦力が入ってくれれば、言う事ないしな」
「団、長……ありがとう、ございます…っ!」
バルドルの気持ちに涙して、カーズ達は涙と共に頭を下げた。決して同情だけではなく、純粋に彼らの腕を期待して、バルドルが勧誘しているのをカーズ達自身が理解したのだ。こうして、エッダ騎士団に新たな仲間が追加されることになった。誰もが安心して一息つく中、バルドルはぼんやりと呟くのだった。
「俺とフレイヤは、そういう関係じゃないんだが……なんで誰も聞いてくれないんだ?」
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