苦労性なスパダリさん
主人公がハゲないか心配です…
「………………………………………………っ」
「あ、あははは……た、ただいま」
翌朝、ガルムを連れて帰宅したフレイヤの姿を見て、バルドルは言葉を失った。これほど的確に、絶句という表現が似合う姿を見た事がない、誰もがそう思うほどにだ。それはまさに、開いた口が塞がらないと言うべきだろう。
普段、夜バルドルが眠った後のフレイヤは自由である。一度だけ同じ部屋にいる事を許した時、夜中にたまたま目を覚ましたバルドルが、月明かりに浮かぶ血塗れのフレイヤを見て気絶してから、フレイヤはバルドルの寝室を出禁になっているからだ。
昨夜も夜寝る前までは一緒で、おやすみと挨拶をしてからのフレイヤの行動をバルドルは知らなかった。朝起きて、どこにもフレイヤの姿がなく、どこへ行ったのかと心配していたらこれだったのだ。流石のバルドルもガックリと膝から崩れ落ちるまでに、そう時間はかからなかった。
「ば、バル!大丈夫!?」
「君に色々と問い質したい事はあるが……一つだけ聞かせてくれ」
「え、あ、はい」
「幽霊の君に聞くのもなんだが、怪我はないか?」
「う、うん。大丈夫よ」
「……そうか。なら、いい」
バルドルはフレイヤの頭を撫でて、力無く笑った。撫でると言っても、霊体である彼女の身体は、水を掴むような感触しかないが、それでもその気持ちは伝わるだろう。バルドルはフレイヤを本当に心配していたのである。それが十分過ぎるほどフレイヤに伝わって、フレイヤは胸が一杯になってしまった。
「ご、ごめんなさい。私、バルの力になりたくて……」
「そんなに無理をしなくても、君は十分俺の力になっているよ。ありがとう、フレイヤ」
「バル……っ!」
フレイヤは頬を染めて、バルドルに抱き着きたい衝動に駆られた。彼女に生身の肉体があったなら、キュンとするだけではすまなかったかもしれない。実の所、バルドルもいい大人ではあるが、やはり先代当主である母を失ってからまだ二年とあって、心細さを感じていたようである。実力と頼り甲斐があった偉大な母を失い、バルドルは必死に騎士団と家を守ってきた。まだまだ若い彼には責任の重さが大きかったのだ。そういう意味で、フレイヤの存在自体が、彼の心を明るくさせる一つの要因となっていた。ただし、今回のように心労も増えたのだが。
一方、大人しくフレイヤに従っていたガルムは、バルドルと視線を交わした後、すぐに腹を見せて服従のポーズを取っていた。本能でバルドルには勝てないと察した辺り、ガルムはやはり頭がいいのだ。そうした態度を取られると、バルドルもガルムを無碍には出来ないようで、なんとも困ってしまった。
「で、フレイヤ。コイツを飼うつもりなのか?」
「ええ。名前も付けたしね。ガルムだから、ルゥムって名前にしたの。どうかしら?この子、意外と大人しいのよ?こっちから何かしなければ暴れたりしないわ」
「うーん……」
ガルムは魔獣に近い生き物ではあるが、厳密に言えば魔獣ではない。暴れたりせず懐いているのであれば、飼う事自体は仕方ないにしても、問題はその大きさである。ガルムの体長は少なく見積もってもゾウくらいの大きさがあるのだ。このサイズの生き物を飼うとなると、問題は山積みである。
「はっきり言って、この大きさじゃあ家には入れられないぞ。君の実家ならともかく、ウチの屋敷じゃどうしようもない。かと言って、その辺につないでおく訳にも……」
バルドルが住むエッダ家は、これでも領主の屋敷なので、当然ながら街の中に屋敷がある。ただの犬ならともかく、その庭先にこれだけ巨大な生き物をつないでおくのは、街の住民も気が気ではないだろう。そもそも庭には馬房があるので、ルゥムを並べておいたら、馬がストレスで死んでしまうかもしれない。
「団長戻りまし……ぎゃぁっ!?な、何スかそいつぁ!?」
「ああ、うるさいのがまた……ご苦労さん、ウル。本当に、色々あってな」
ウルに事情を説明しようとしたのは、ちょうど二番隊も帰還してくる所であった。同じ話を何度もするのが面倒だったので、バルドルはやってきたフォルセティとウルを家の中に入れまとめて話をすることにした。
「――じゃあ、アレはカーズの奴と他の連中が……?何やってんだアイツら」
「そう言う事らしい。詳しい話はこれから出向いて直接聞く事にしたんだが、まさかあの絶滅したと言われているモンスターを連れて帰ってくるとはな。どこに置いておくかが喫緊の課題だ」
「……ともかく、カーズ達をシメましょう。奴らに責任を取らせるべきです」
「そうっスね!やっちまいましょうか!」
「待て待て!手荒な事は無しだぞ!?」
放っておくとカーズ達を処刑しかねないフォルセティとウルを止めつつ、バルドルは家を後にした。疲労しているフレイヤとルゥムは留守番だ。ルゥムは特にフレイヤに懐いていて、大きな舌でベロベロとフレイヤを舐めている。ガルムという種族が魔力に長けた生物なので、フレイヤの霊体にも十分干渉出来るのだろう。サイズ差があり過ぎて、襲われているようにしか見えないがフレイヤが嫌そうにしていないので、放っておくしかない。
番犬としてはこの上ないルゥムだが、一般市民からすればとんでもない存在である。街の人々の刺すような視線がバルドルの背中に向けられ、逃げるようにして街を出て行く事となった。
「げっ!?だ、団長……いや、バルドル様…」
「よう、カーズ。昨日振りだな。皆怪我は大丈夫か?」
それから三時間程で、バルドルとウル、そしてフォルセティの三人はカーズ達が暮らす森の屋敷に到着した。馬車でなく馬を飛ばせば、それほどの距離でもないのだ。ただ、今回は逸る後ろの二人が飛ばしたというのも早く着いた要因である。
「何がげっ!?だ。団長に対して何だその口の利き方は。貴様ら、くだらない事で団長に迷惑をかけおって、万死に値するぞ」
「そーだ!そーだ!団長、コイツらぶん殴ってもいいっスよね?!」
「あー……一発ずつだぞ。怪我もしてるんだし、大目に見てやれ」
流石にここでウルを止めると、後で何をしでかすか解ったものではないので、せめて目の前で制裁を加えさせることにした。本当に、フォルセティとウルは怒り心頭という状態なので、闇討ちでもしかねないのだ。結局、一人ずつにウルの拳骨が落ちた後、カーズ達を地面に正座させて話し合いが始まった。
「つぅ……だ、団長、この度は本当にすいませ…いや、申し訳ございませんでしたっ」
「もういいよ、お前達が無事で何よりだ。しかし、まさかモンスターを育てるなんて仕事をするなんてな。そんなに困っているなら相談してくれればよかったのに」
「いえ、こればっかりは。俺達が無理を言って出て行ったせいで、団長にだいぶ苦労をかけてしまったと後から聞きました。何とか恩返しになるような大金を稼ぎたいと思いまして……」
「そんでモンスターに手を出すとかバカすぎるっスよ。お前ら、昔はそんなにバカじゃなかったのに。どうしちゃったん?」
「いや、ウル隊長、違う。違うんですよ、俺達が頼まれたのは、あの化け物を育てる事じゃなかったんです」
「どういう事だ?じゃあ、一体何が仕事だったんだ?」
疑問符を浮かべて尋ねるバルドルに、カーズ達は渋々答え始めた。それは何とも奇妙な話であった。
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