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決着の時

なんとか決着です。

 カーズ達はガルムを逃がさないよう、正面に陣を張って対峙している。二階の壁をぶち破って外に出たガルムは、久々の外の空気が美味しいのか、少し煩わし気にカーズ達を見たものの、それ以上は気にせず嬉しそうに空を見上げていた。


「へっ、この駄犬が。外の空気がそんなに美味いか?たかが魔獣なんざ、最初から魔法を使うと解ってりゃあ、恐れるこたぁねぇ!俺達はエッダ騎士団で何度も魔獣狩りをしてきたんだからな!」


 カーズが挑発するように吠えると、ガルムは視線を下げてカーズの方を睨みつけた。イヌ科だからなのか、その表情はわずかに笑みを浮かべているようにも見える。その証拠に、飼い犬がお気に入りの玩具を見つけたかのように、尻尾が左右に揺れていた。


「サージ、ミマ、結界を張れ!ヨルグ、ラザロ、ハスティ構えろ!」


 カーズの号令で、魔力をしっかりと溜めていたサージとミマが最後列から二重の結界を展開する。二人は元々、国教会で僧侶としての訓練を積んだ魔法使いだ。防御や封印、それに回復系の魔法を得意とし、カーズ達の集団内でも重要な役割を果たしている。サージの結界はガルムを逃がさないようにする為の封印系で、ミマは内部の範囲内に居る味方の防御力や筋力を向上させる攻撃系の結界を張った。

 それと同時に、二人を守るようにして立っていたヨルグらが弓を構えた。三人はいずれも正確無比な射撃を得意とする弓兵であり、かつては一番隊に所属して、ウル直属の部下として働いていた経歴を持っている。そんな三人もの部下を引き抜かれた事も、ウルがカーズに怒りを燃やす要因の一つであった。


「撃てぇっ!」


 三人はそれぞれに矢を番え、そこに魔力を流し込んで一斉に放つ。放たれた矢は、眉間、喉、目といった急所を狙って真っ直ぐに飛んだ。魔力によって強化され、高速で飛来するそれらを躱すのは、いくら魔獣といえど至難の技だ。この三射だけで、確実に仕留められるとカーズ達は確信していた。しかし。


「なんだと!?」


 それらは、ただの一発もガルムには届かなかった。ガルムが猛烈な火炎を吐き出し、それによって生まれた業火の壁が矢を飲み込んで焼き尽くしてしまったからだ。今まで、平和な時代に現れる弱い魔獣達としかカーズ達は戦った事がない。その為、彼らは初めて目の当たりにしたガルムの恐るべき能力に恐怖した。その怯えはガルムに伝わり、ガルムは自らの優位を確信する。例え理知を知らぬ獣であっても、本能で敵と自分の力の差を察することが出来るものだ。ガルムのような能力の高い魔獣にとっては、相手を格下と見做すのもお手の物である。


「く、クソっ!こうなりゃ、接近戦しかねぇ!」


 ちょうどその時、最初に吹き飛ばされて気を失っていたアウルとノメノも起き上がり、戦闘へ参加できるようになっていた。前衛が出来るのは、これで6人。数の上では、まだまだ圧倒的に優位である。各々が斧や剣、そして槍を持ち、その切っ先をガルムに向けて第二ラウンドの幕が上がった。だが、ガルムは彼らの震える身体を見逃さず、またしても不敵に笑みを浮かべたように見えた。


「が、ガルムが火を操るって、本当だったんだわ……!だとしたら、弱点も」


 一方、破壊された二階の壁から顔をのぞかせ、その様子を見ていたフレイヤは、業火を吐き出したガルムの力に戦慄していた。フレイヤが呟いたのは、いくつもの魔獣について書かれた図鑑のような書物で読んだ情報だ。彼女が生きていた八十年前でさえ、既にガルムは絶滅したと思われていたのだが、まだ絶滅認定からそう時間が経っていない頃であった為、図書にもその存在は載せられていた。

 しかし、人間よりも大きな体躯で、炎を吐き、知能も高い魔獣など信じ難い怪物である。フレイヤが生きた魔獣を間近で見るのはこれが二度目。先日のロリポリ(ダンゴ虫)魔獣が初めてであり、彼女自身、魔獣というものに対する理解はそう高くなかった。ガルムに関しても、本で読んだだけの知識だったので、どこか誇張されたものだと思い込んでいたのだ。


 しかし、現実にあのガルムは初級とはいえ魔法を操り、炎を吐き出してみせた。その力は紛れもなく本物であり、バルドル率いる現役のエッダ騎士団であっても、十人やそこらで対応するような甘い相手ではないだろう。カーズ達が考えている数の優位など、ガルムには文字通り物の数ではないのだ。


「わ、私がやらなきゃ…皆、死んでしまうわ。しっかりしなさい、フレイヤ……!私だって、誇り高いヴァナディース家の公爵令嬢なのよ!」


 恐怖に震えていたフレイヤだったが、ガルムが本で読んだ通りの力を見せた事で、逆に冷静さを取り戻していた。知識とは、どんなに無力な身であっても己を助け、力になってくれる武器である。ガルムが予め知識の中にあった力を発揮したのならば、そこで読んだ弱点もまた真実であるはずだ。

 フレイヤは震える霊体(からだ)に活を入れるように両手で頬を叩き、大きく深呼吸をして家の奥へと飛び出していった。


「アウルとノメノは左から!ゼブ、モノリーは右から攻めろ!マウフは俺と正面からだ!行くぞっ!」

 

 カーズがそれぞれに指示を出し、突撃を開始する。アウルとノメノは、昼間、バルドルを樹上から飛び降りて攻撃したように、身軽でスピーディな戦法を得意としている。得物は二刀の手斧であり、速さを重視した装備だ。しかし、それを活かすには素早い身のこなしが必要不可欠であり、ダメージを受けて立ち上がったばかりの二人には荷が重い。そこで、槍を装備したゼブとモノリーを反対側から攻めさせた。武装して考えた時、槍は非常に強力な武器である。熟練者でなくとも、その重さと間合いの長さで用意に敵を攻撃できるのはもちろんだが、ゼブとモノリーは槍使いとして非常に優秀である。

 彼らの攻撃は魔獣であっても決して甘くは見られないはずであり、アウルとノメノが攻撃するのをサポートするには打ってつけだ。そうやって左右に意識を散らしながら、正面からカーズとマウフが剣で攻撃するのである。また剣や斧の間合いまで接近したことで、ガルムに炎を吐き出す間を与えない事も目的であった。カーズの戦術は極めてよく考えられた陣形であり、数の優位さを活かした戦法と言えるだろう。この時点で、誰もが勝利を信じて疑っていなかった。

 

 次の瞬間、ガキィィンッ!という硬い衝突音が響いてカーズ達の動きが一瞬、停止した。ガルムは左右からの攻撃を意に介さず、まず正面から加えられたカーズとマウフの剣を、その鋭い牙で受け止めたのだ。そしてそのまま、二人の剣を繊細な飴細工のように粉々に噛み砕いてしまった。まさかの結果にアウルとノメノは驚愕し、ゼブとモノリーだけはそのままガルムの胴体へ穂先を差し入れる。


「ば、バカなッ!?」


 ゼブとモノリーが差し込んだはずの槍は、ガルムの分厚い毛皮に阻まれていた。よくて、皮膚を傷つけた程度だろう。とても骨はおろか肉までも到達していない事は、攻撃した二人が肌で感じて理解している。カーズ達の作戦は決して悪くなかったが、ガルムの生まれ持った力が、それを凌駕していたのだ。


「グルルルッ……!ウオオオオオンッ!」


「なっ!?ギャアッ!?」


「ぐわぁっ!!」


 ガルムは動きを止めたカーズ達を振り払うように、大きな尻尾を横から叩きつけた。その一発だけで六人がまとめて吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる。ガルムの尾は、その身体の大きさも相まって非常に大きい。人の胴体ほどもある尾が勢いよくぶつかっては、いくら鎧を着こんでいても、ただではすまないだろう。


 あまりにも、力の差があり過ぎる。


 相当な衝撃で地面に倒れたカーズが、ふらつきながら顔を上げると、既にガルムは大口を開けて彼を飲み込もうとしている所だった。遠くから見ていた後衛の五人も、ガルムの強さに戦意を喪失し、動けなくなってしまっていた。もう終わりだ、とカーズが目を閉じようとしたその時、ちょうどガルムの身体の真横に位置していた玄関のドアが開き、中から大量の水が鉄砲水のように溢れて一気に放出されたのだ。


「グァ!?ガアアアアッ!!」


 油断していたのか、予期せぬ水の暴流をまともに受け、ガルムは悲鳴のように雄叫びを上げた。水に濡れたガルムは、苦しそうに悶えながら水の勢いに耐えきれずにどんどんと流されていく。その後を追うようにして、玄関から出てきたのは、フレイヤであった。


「お、おまえ、は……!?」


「や、やった。間に合った……!やっぱり弱点も正しかった、のね……」

 

 フレイヤが本で読んだガルムの弱点、それは水であった。ガルムという限りなく魔獣に近い生物は、その高い魔力を熱として毛皮に蓄える性質を持っている。先程、毛皮でゼブ達の攻撃が防がれたのも、その毛皮がガルムの魔力の源だったからだ。水に濡れると熱と共に蓄えた魔力を大幅に失ってしまう為、ガルムは非常に水に濡れる事を嫌うのだ。

 フレイヤはそれを思い出し、家の風呂場から水の魔石を探し出して、それを持ち出したのだった。霊体ではあまり大きな物体に直接触れる事は出来なくとも、魔石に触れるのは確認済みである。ただ、それを実行する為に大量の魔力を消費してしまったようで、フレイヤの霊体はボロボロになってしまっていた。


 押し流されたガルムは、そのままサージの作った結界にぶつかり、大きなダメージを受けた。身を守る魔力を失った以上、結界とぶつかり合えば、その干渉波だけでも相当な威力となるだろう。ガルムはすっかり戦意を喪失し、キュンキュンと犬のような鳴き声を上げていた。


「こ、このクソ犬が……手間かけさせやがって…!死ねっ!」


「ま、待って!」


 トドメを刺そうとしたカーズを、フレイヤが止めた。そうしてゆっくりと歩くように飛び、ガルムの元へ近づくとその頬に額を押し当てている。


「こうすると解るわ、この子……まだ子どもなのよ。この子はただ、閉じ込められていたストレスを発散したかっただけ。もう戦う意志なんて無いわ」


「ふ、ふざけんな!俺達はここまでやられたんだぞ!?」


「先に手を出したのはあなた達の方でしょう?!……いいわ、この子は私が預かる。あなた達に任せておけないもの」


「な、何をバカな……」


「いいの?この事、バルに言い付けるわよ!?」


「なにっ!?」


 そう言われて、カーズはフレイヤがバルドルの恋人(※勘違いだが)だと気付いたようだ。自分達が危険な仕事をしている事を、バルドルに知られるのは非常にマズい。バルドルに剣を向けてまで隠そうとした秘密をバラされては困るのである。結局、しばらく考えた後、カーズ達は降参して武器を捨てた。


 ただし、フレイヤがガルムを連れて行くとなれば、同じ家に住むバルドルに全て知られることになるのだが……彼らがそれを知ったのは、もうバルドルに知られたあとであった。

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