激突!森での戦い
バトル開始です。
フレイヤを狙ったガルムが檻の中で暴れると、一階に集まっていたカーズとその仲間達は、物音を聞いてにわかに殺気立ち始めていた。
「おい、何の音だ?」
「上の階だ。あの犬っころが暴れてやがる……!」
「今まで大人しくしてたってのに、どういう風の吹き回しだ?」
どうやら、二階に閉じ込めていたガルムが動き出したのは、彼らにとっても想定外だったようである。先に説いたようにガルムは既に、この時代では絶滅寸前の存在だ。その為、カーズ達はガルムという怪物の存在をほとんどが知らなかった。ただ、危険な生物であり、気を抜いて対応してはいけないと雇い主に言い含められていただけだったのだ。
そんなガルムが突然暴れた事に、彼らはすぐさま反応をした。そもそも、彼らは元エッダ騎士団の騎士達で、危険な魔獣への対処は一般人よりかは経験を積んでいる。もしもガルムが暴れ出すような事があれば、始末することも彼らに任された仕事だった。
「ちぃっ!さっきの妙な気配といい、昼間に団長が顔を出した事といい、妙な事になってきやがったぜ…!おい、行くぞ!」
彼らのリーダーであるカーズは、舌打ちしながら装備を整え、二階へと向かった。ただし、一般的な間取りでしかないこの家ではフル装備を纏った十一人もの騎士が同時に行動できるほど広くはない。一先ずカーズを含めた三人が上階に上がり、残り八人は四人毎のチームに分かれ、万が一に備えて家の中と外に陣を敷かせている念の入れようだ。
ずかずかと足音を立て、カーズ達三人が二階への階段を昇っていく。その足音が響いた事で、ガルムは更に気が立ち、檻を破壊しようとより激しく暴れだしてしまった。
「あ、ああっ!ちょっと、止めて…止めなさい!暴れたら余計にカーズさん達が来ちゃうのよ?!……に、逃げたいけど腰が抜けて……」
ガルムの暴れように慌てたフレイヤだったが、初めて目の当たりにする凶暴な魔獣に対し、怯えの方が勝ってしまっているようだ。肉体を持たない幽霊のフレイヤだが、逆に剥き出しの魂である霊体は、本人の心の状態がダイレクトに反映される。怒りなどの負の想念に飲み込まれたりしやすいのと同じで、強い恐怖は魂の動きさえも縛ってしまうのだ。
身動きの取れないフレイヤが嘆いたちょうどその時、ドアが開いて廊下からの灯りが室内と檻を照らした。
「きゃっ!?」
「な、なんだっ!?女?どうやって……」
「ちっ!犬っころが暴れたのはこの女のせいか!どっから入ってきたのか知らねぇが、余計な真似しやがって!」
「……おい待て、この女、見覚えがあるぞ」
「何?」
カーズが連れてきた二人の男の内、一人が訝し気にフレイヤの顔を覗き込む。フレイヤは恐怖のあまり身を縮ませていたが、やがて男は何かを思い出して目を見開いた。
「やっぱりそうだ!コイツは昼間、団長が連れていた女だっ!」
「団長の……女!?バカな、あの人がここを調べる為に女を置き去りにしたってのか!?」
(ば、バルの女?!ヤダ、そんな風に見えるんだ、嬉し……って、喜んでる場合じゃないわ、バレちゃった?!)
いまいち緊張感のないフレイヤの考えはさておき、カーズ達はフレイヤがバルドルの関係者だと気付いて、一瞬怯んだ。昼間はバルドルに剣を向けていたが、彼らにとってバルドルは恩人であり尊敬すべき人間だ。昼は仕事の為に止むを得ず手荒く追い返す羽目にはなってしまったが、それも後できっちり謝罪するつもりだったのだ。
そんなバルドルが情報を得る為に、女一人を森に置いて潜入させるなんて非道な真似をするとは考えられなかった。しかし、いくら信じたくないと言っても、現実にフレイヤがここにいるのだ。カーズ達三人は動揺のあまりその場で動きを止めてしまった。その一瞬の隙を、ガルムは見逃さなかった。
「ウウゥゥゥ……ガァッ!!」
「なっ!?こ、こいつっ!」
ガルムの眼前に強力な魔力が集中し、それが強烈な空気の塊となって発射された。それは風属性の魔法、エアロ・バレットだ。魔法としては初級の魔法だが、込められた魔力の量が尋常ではなく、その破壊力はとてつもないものだった。
「ちぃっ!」
「な、ななな……っ!?」
カーズ達に向けられたエアロ・バレットにより、鉄格子はひしゃげ、飴細工のように圧し折れてしまった。そのまま風の弾丸は真っ直ぐに飛んでいく。カーズは咄嗟に横っ飛びでエアロ・バレットを避けるとフレイヤを庇う様にして押し倒した。残った二人は身構えたまま直撃を受け、激しい破壊音と共に部屋の外へと吹き飛ばされてしまった。
「檻が!?アウル!ノメノッ!」
吹き飛ばされた二人の名前を、カーズが叫ぶ。その腕の中で、部屋の壁までもを容易にぶち抜くエアロ・バレットの威力を目の当たりにしたフレイヤは言葉も出ない。そうして、邪魔な檻を破壊し、ガルムは悠々と満足気に歩きだしていた。このまま部屋の外へと出て行くつもりのようだ。
「クソっ!魔法まで使いやがるとは……完全に魔獣じゃねぇか!割に合わねぇ!」
「か、カーズさん。あなた達、アレが何なのか知らないの?」
「ああ?!テメェは知ってるってのかよ!?っていうか、女!お前はバルドル様の何なんだ?超が三つはつくお人好しのあの人が、お前みたいな非力な女を一人で森に置いていくなんて事をするはずがねぇ。……っつーか、この感触、テメー人間じゃねぇな!?」
「わ、私は……えっと、バルのお、おおおおんおんおん…」
顔を赤らめるフレイヤの声が、どんどん尻すぼみに小さくなっていく。バルドルの恋人だと言えれば良かったのだろうが、現状でそれは完全にウソである。令嬢として育てられたフレイヤは、変な所で嘘がつけないのだ。そもそも、誰かと恋人にあるという事を口のするのも恥ずかしい年頃でもあって、猶更答えにならないようだった。
「カァーズッ!やべぇぞ!犬っころが出てきやがったっ!」
「ちっ!もういい、テメーの事は後回しだ!黙ってここにいろ!」
「え、あ、ちょっと!」
外から仲間達がカーズを呼んでいる。ガルムの能力を正しく知らない彼らが、迂闊に相手をするのは危険だ。フレイヤは怯えながらも、何とか彼らが少しでも有利に立ち回れるよう情報を渡すつもりだったのだが、完全に邪魔者扱いである。カーズにしてみれば、フレイヤは実践を知らぬか弱い令嬢に見えたのだろう、それは無理もない話だ。今のフレイヤは、生前の令嬢そのものなのだから。
「カーズ、遅ぇぞ!」
「悪いっ!皆無事か?アウルとノメノは?!」
「二人共どうにか無事だ。だが、どういう事だ?この犬、なにをしやがった?」
「コイツは魔獣だ!かなり強力な魔法を使いやがる……全員気をつけろ!」
フレイヤを置いて飛び出したカーズは、先程吹き飛ばされた二人が無事と聞き、安心しつつ全員に警戒を促した。彼らが任された仕事とは、期日が来るまでガルムを檻の中で飼育しておくことだ。ただし、万が一暴れ出した際には始末することも含まれている。そして、今がまさにその万が一の時だろう。外でガルムと対峙するカーズ達は、すかさずフォーメーションを組んで、ガルムを取り囲んでみせた。
「はっ!寝てばっかりの獣を飼育するだけにしちゃあ、報酬がデカ過ぎると思ったぜ!」
「むしろ、魔獣退治には少なすぎる額だがな。お前ら、魔法防御を切らすなよ!」
「おうっ!」
危険な相手だと解っても、カーズ達は一切怯むことすらしない。果たして、カーズ達は無事にガルムを退治できるのであろうか。
お読みいただきありがとうございました。
もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら
下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。
宜しくお願いします。




