あの人の為に
団長神勢……バルドルを神の如く崇める団員達。エッダ騎士団には割と多い。
「はぁ!?そんでおめおめ帰って来たんスか!?カーズの奴、団長に散々世話になったクセに……!」
「おめおめって……まあそういう事だ。あいつらにも事情があるんだろう。元上司の俺がいつまでも上司面するのも面白くないだろうしな、仕方ないさ。この事はくれぐれもフォルの耳には入れるなよ?…お前でその反応じゃ、あいつに知られたら何をしでかすか解らんからな……」
「あー…アイツ団長神勢ッスからねぇ……」
ウルはそう言って、しみじみと遠い目をして天を見上げている。フォルセテイはバルドルを神格化と言っていいほど心酔しており、バルドルに逆らう者を許さないと公言して憚らない男だ。過去にも騎士団総出で忘年会をした際、バルドルに絡んできた酔っ払いを叩きのめした事があった。危うく大怪我をさせる所だったが、バルドルが間に入って事なきを得た。その時、止めに入った他の団員の方が数名、怪我をした程である。
結局、あの森での遭遇の後、バルドルとフレイヤは特に食い下がる事も無く帰宅する事にした。バルドルにしてみれば、カーズ達に出戻りを頼む立場であるので、あまりしつこく話をするのも避けたかったというのもある。彼らが悪事に手を染めていないかは心配だが、それこそかつての上司が首を突っ込むのはよろしくないだろう。気になる事はあっても、それ以上出来る事はないのだ。
「しかし、フォルじゃなくても、アイツらの態度は許せないっすよ!やっぱ、ぶん殴って連れ戻しましょ!ボッコボコにしてやります!」
「だから、そういうのはよせって……あいつらが困っているならともかく、そんな強引な真似が出来るか」
「はぁ…団長は物分かり良すぎ系上司なんスよねぇ。そういうとこを皆慕ってるんスけど……」
ウルはそう言って溜め息をついた。騎士団という、典型的な体育会系集団であっても、団員達がのびのびとしていられるのはバルドルのそうした性格故だろう。エッダ騎士団は平民上がりの者達が多い組織だが、バルドルの貴族らしからぬ対応や人柄が慕われて強い結束を生んでいるのだ。
なお、王都や王城を守護する近衛兵団は貴族の次男や三男といった子息達で構成されており、かなり選民意識の強い集団であるらしい。ウルを始めとした団員達の大半が彼らを毛嫌いしているのは、そういう理由であった。
ちなみにフォルセティら第二番隊は現在、他の領地へ魔獣討伐の為に出兵中だ。もし、彼がこの場にいたら即カーズ達に制裁を加えようと飛び出して行った事だろう。その意味ではウルで助かったとバルドルは胸をなで下ろしていた。
「ぐぬぬ、これから俺が出兵じゃなきゃ、アイツに話つけに行くんスけど……!」
「もういいさ。ただ、カーズ達なら即戦力になるから、戻って来てくれればお前たちの負担を減らせると思ったんだが……すまんな」
申し訳なさそうにバルドルが頭を下げると、ウルは眉を下げてそれ以上何も言えなくなってしまった。王家からエッダ家に支払われる金は全て騎士団の運営に使われており、それだけでは足りないと領民からの税収で賄っているのである。そんなバルドルの暮らしが貧しいのを、騎士団の誰もが理解しているのだ。
貴族の彼が自らの事を後回しにして、部下である団員達を優先しているのだから、文句など言えるはずもない。
「俺らのことなんて気にしなくていいんスよ!今は領地に帰ってくりゃ、疲れなんか吹っ飛んじまうんスから。よゆーっス」
「いやまぁ、それもな……」
ウルが言うように、今のエッダ領では怪我や病の回復が早いだけでなく、疲労の回復も速い。それ自体はありがたいことだが、バルドルはあまり歓迎出来ないようである。理由はともかく、この状況がフレイヤによるものなら、それはいつまでも続くものではないからだ。少なくとも、彼女は自分を殺した犯人を知り、その動機が解れば未練がなくなると言っている。つまり、彼女が現世に留まる理由がなくなるのだ。そして、その時がきたら彼女は成仏してしまうだろう。その時この特異な状況がどうなるのかは解らないが、恐らくは彼女がいなくなればその影響も消えてしまうはずだ。だからこそ、バルドルはその力に頼り過ぎるべきではないと考えているようだった。
そんな二人のやり取りを、静かに聞いていたのはフレイヤである。自分の力でエッダ領に変化が起きているとは思っておらず、何とかしてもっとバルドルの力になりたいと彼女は考えていた。
(そうは言っても、やっぱりカーズさん達が戻ってきてくれた方が、バルドルは助かるのよね。今の私に出来る事と言ったら……)
フレイヤは密かに考えを巡らせた。そして、それはその夜に実行されたのだ。
「すー…すー…ん、む……」
深夜に差し掛かる少し前、バルドルは自室のベッドで眠りに就いた。この所、とにかく慣れない書類仕事が続くせいか疲れが溜まっていて、よほどのことがなければ、一度眠ると起きられないバルドルは、その日もぐっすりと深い眠りに就いているようだ。
「バル、しっかり寝てるわね。待ってて、必ず秘密を突き止めてみせるから…!」
フレイヤは、バルドルの寝顔を確認してから、ふわりと空を飛んで屋敷から出て行った。フレイヤがこの家に来てからこれまでの間、夜はお互い常に一人である。血塗れ姿だった頃は恐怖を煽ってばかりだったし、美しさを取り戻してからも、気恥ずかしさで同じ部屋にはいられなかったからだ。なので、眠る事のないフレイヤは窓から空を眺めたり、屋根の上に座っては星を眺めたりして過ごしていたのだった。
風を切って飛ぶフレイヤの行く先は、もちろんあの森である。そもそも今まではバルドルから遠く離れる事が出来なかったが、生前の容姿を取り戻してからのフレイヤは、ある程度自由に行動できるようにもなっていた。自分の姿を誰に見せ、誰に見せないようにするかも、自由に選べるようになった。幽霊として格段に成長したと自画自賛するほどだ。
そんなフレイヤが考えたのは、あの森で出会ったカーズ達が、本当は何をしているのか調べることであった。
もしも仮に、彼らが邪な行為に手を染めているのなら、それは即座に対処すべき案件だ。その場合、彼らを騎士団に連れ戻す事は出来ないだろうが、悪事を食い止める結果には繋がる。逆に、彼らがつまらない仕事で時間を無駄にしているのだと解れば、バルドルは改めて彼らを連れ戻そうと考えるだろう。どちらにしても、彼らがあの時隠そうとした何かを突き止めれば、それはきっとバルドルの為になる。フレイヤはそう考えていた。
「ちょっとでもバルの役に立って、いい所を見せなくちゃ…!そして、それで……フフ、ウフフフ」
せっかくの美しい容姿はどこへやら、令嬢にあるまじき顔で笑うフレイヤ。どう見てもやましい事を考えているのは彼女の方だが、バルドルの力になりたいという願いに違いはない。そしてあっという間に、再び森の中の屋敷に到着した。
「あった、ここよね。……?なにかしら、森の奥から変な気配がする。この間は気付かなかったけど」
フレイヤが空から見ても、特に森に変化はない。ただ、何かがそこにあると主張しているような、そんな不思議な感覚がした。それが何なのかは気になる所だが、今はそれよりもカーズ達の事である。フレイヤは奇妙な違和感を覚えながらも、屋敷の中へ潜入するのだった。
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