表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/100

その日、森の中で

何やら不穏な気配が…

「さて、そろそろ着くはずだが……」


 馬車に揺られながら、バルドルは周囲をキョロキョロと見回している。少し前までは、一人で移動する際には単独の馬に乗っていたのだが、今はフレイヤがいるので、専ら馬車での移動がメインである。もっとも、馭者を雇う余裕はまだないので、バルドルが馭者台に座っているのだが。


「ずいぶん、森の奥なのね。ねぇ、バル。カーズさんってどんな人なのかしら?」


 何故か馭者台の隣に座っているフレイヤが、バルドルに寄りかかりながら尋ねた。もたれ掛かられても重さは感じないが、以前の血塗れ姿の時よりは触れた感覚がする。バルドルは冷や汗混じりに言葉を吐きだした。


「か、カーズか…アイツは騎士としての腕も良くて人に好かれるイイヤツだったんだが、とにかく家がウチ以上に貧しくてな。十三人いる兄弟を食わせる為に、騎士団に入ってきたんだよ。ただ、うちも決して高い給料が払える訳じゃない。三年程勤めた後、もっと儲かる仕事がしたいからと騎士団を辞めてしまったのさ。今ならまともな給金を払ってやれるし、アイツの今の仕事が上手くいってないなら、戻って来ないかと言いたかったんだが……」


 王都で店を出すと言ったカーズは、退職金代わりに装備一式と十人ほどのメンバーを連れて騎士団を出て行った。貧乏騎士団であるエッダ騎士団は、無くなった装備の新調に苦慮した経緯があって、先日ウルが怒っていたのはそれが理由である。とはいえ、彼らは仕事となれば真面目だったし、実力もあったので、バルドル自身は別に怒っていない。数日間、寝ずに日雇いの仕事をして鎧代を稼いだのも、今となってはいい思い出だ。


 ウルから情報を聞いたバルドルは、早速王都に向かった。しかし、カーズと仲間達はそこにおらず、方々を廻ってようやくたどり着いたのは、この鬱蒼とした森の奥にいるという情報だった。バルドルは不審に思いながらもとにかくそこへ行ってみようと、フレイヤを連れてやってきたのだ。ちなみに、ウルはバルドルの屋敷で留守番である。


「凄い人達なのね。でも、どうしてこんな場所なのかしら?これじゃまるで、人目を避けて潜んでいるみたい」


 (確かにな。カーズも含めて、出て行った連中は実力がありながら困窮していた者達ばかりだ。まさか、金に困ってよからぬ悪行に手を染めてるなんてことは……?)


 バルドル自身は彼らの事を信じているものの、貧すれば鈍するという言葉もある。慣れない仕事に失敗する内に、腕っぷしを買われて知らぬ間に悪の道へ…という可能性もゼロではないのだ。実際に、過去には組織的に誘拐を行う犯罪集団を検挙した際、構成員の半数近くが、やむにやまれぬ事情で騙されたり、脅されたりして犯罪に手を染めるというケースもあった。

 腐っても貴族であり、領主であるバルドルはそういうケースも目にしているので、的外れな想像とも言えないだろう。


 王都で得た情報によると、カーズを含めた十一人の元騎士達は、BAR開店の資金を稼ぐ為、この森に拠点を構えて仕事をしているらしい。ここはちょうどエッダ領と王都の境目に位置する森で、管理者が曖昧になっている場所でもある。期せずして、悪事を働くにはちょうどいい立地でもある訳だ。


「あ!バル、あれじゃない?小屋みたいな建物があるわ」


「小屋って……一般市民の暮らす標準的な家だぞ、あれは」


 街道から少し離れ、森の細道を進んでいくと、視界の先に一軒の家が見え始めた。貴族の家しか知らないフレイヤには小屋のように見えただろうが、どうみても標準的な家屋である。ただ、森の中にポツンと一軒だけ普通の家が存在するのは、普通ではない。

 そんな木陰から家を覗ける位置に来た時だった。突如、二人の頭上から、三人の男達がそれぞれに武器を構えて木の上から飛び降りてきたのだ。


「!?フレイヤ、伏せろっ!」


「きゃあっ!」


 バルドルは咄嗟にミストルテインを構え、馭者台や馬を覆う程の巨大な盾へと変化させた。そして、落下攻撃を仕掛けてきた三人の攻撃を受け止めると、そのまま全力で押し返す。まさか攻撃を防がれただけでなく、押し返されるとは夢にも思っていなかった攻撃者達は成す術もなく弾き飛ばされ、近くの木に激突した。すぐさま、バルドルは詠唱を始めて、馬車全体に防御結界を展開する。


「万物をあまねく照らす光芒よ、束ねて悪しき力から我らを守り給え…『燦爛たる光の大帆船ブリリアント・スキーズブラズニル』!」


 輝く光の帯が幾重にも重なって、馬車全体を包む帆船の形となった。燦爛たる光の大帆船ブリリアント・スキーズブラズニルは、光によって防御陣地を形成する高等魔法である。その船を破壊しない限り、中にいる対象を攻撃することは出来ないが、術者であるバルドルの魔力が尽きれば船は消えてしまう。また、船の形はしていても動きはしないので、その場に止まらなければならないのが欠点と言えるだろう。

 ちなみに船の大きさ、即ち防御範囲を変えることで魔力の消費を調節することが出来る。今回の場合は、馬と馬車全体を守るだけなので、そう大きな消費はないようだった。


 燦爛たる光の大帆船ブリリアント・スキーズブラズニルを使った後、バルドルがすかさず馬車から飛び降りてその前に立つと、いつの間にか、馬車の周囲は複数の男達に取り囲まれていた。その中で、先頭に立った男が前に出て、剣で肩を叩きながら軽々しくバルドルに声を掛けてきた。


「……こいつぁ驚いた、見覚えのある侵入者だと思えばバルドル団長じゃあないですか。一体どうしてここに?こんな辺鄙な森の中に女連れで訪れるとは。ここはピクニックで来るにしちゃ色気が無さすぎますぜ」


「カーズ…!」


 周囲の男達は、カーズの言葉を聞いて殺気を消した。覆面で顔を隠しているが、恐らくカーズが連れて出ていった元騎士団の仲間達だろう。だが、一向に警戒の色が消えないのは気になる所だ。バルドルは魔法を解除し、ミストルテインを元の若木に戻し、カーズにその手を差し出した。


「久し振りだな、カーズ。元気そうで何よりだ、他の皆も無事なようだな」


「ええ、まぁ、お陰様でね。それで、何の用なんだか、返事を聞いていませんが?」


 カーズは余程警戒しているのか、バルドルの手を取ろうとはしなかった。殺気こそ感じられないが、明らかな拒絶の意志は感じられる。一体、何がどうなっているのか?


「お前が王都で店を出すと言っていたんで、そちらへ足を運んだんだが、お前達がどこにも見当たらなくってな。方々駆けずり回って、ようやくここで仕事をしているんだと聞いてきたんだよ。お前達はここで、何の仕事をしているんだ?」


「……御法に触れるような事はしちゃいませんよ、俺達はこれでも誇り高きエッダ騎士団の端くれでしたからね。それに、店を出すのももう少し先の話です、今は皆で、開店資金を集めてる最中なんですよ。申し訳ないが、お帰り下さい。こう見えて忙しいんでね、貧乏暇なしってなもんで」


 それ以上話す事はないと言わんばかりに、カーズは視線を強めてバルドルの顔を見据えた。それと同時に、取り囲んでいた他の面々も、再び殺気を放ち始めている。このままここに居れば、彼らは今度こそ牙を剥くだろう。ずっと手を差し出していたバルドルはふぅと溜息を一つ吐いて、話を切り上げることにした。

 そうして、馬車に乗り込んで去って行くバルドル達を、カーズと仲間達はいつまでも見つめていた。

お読みいただきありがとうございました。

もし「面白い」「気に入った」「続きが読みたい」などありましたら

下記の★マークから、評価並びに感想など頂けますと幸いです。

宜しくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ