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平和な一時

やっぱりフレイヤはフレイヤでした。

 その日、バルドルは悩んでいた。空前の好景気に沸くエッダ領内では、現在、押し寄せる観光客を受け入れる為の新しい宿泊施設や、新規に開設される村や街などの整備に追われている。元々そう広くないエッダ領だが、そんな場所で急激に人が増えれば歪みや問題が増えるはずだ。しかし、一向に、人々の不和や軋轢といった問題は上がって来ない。

 エッダ領に住む人々は、元から慎ましい暮らしに慣れているだけあって、大儲けのチャンスにもそこまで敏感ではないのだろう。質素倹約を旨とするのは領主だけではなかったのだ。


 だが、それにしてもこの平穏さは異常である。外から人が流入しているのは明らかだとバルドルは相当警戒していたのだが、完全に肩透かしを食らった恰好だった。


「うちの領民は皆大人しい方だと思ってはいたが……流石にこれはな。嬉しい誤算ではあるんだが、少々不気味だ」


 とはいえ、わざわざ藪をつついて蛇を出す必要もないので、しばらくは静観するしかない。ここで問題となるのは、そうした諸問題へ対応する為に、常時人を待機させていることである。人というのはもちろん騎士団の面々達だ。騎士団の団員達には大変な苦労をかけてしまっていて、申し訳なさで一杯なのだった。


 それでなくとも、エッダ領を除くグラズヘイム王国内で頻発している魔獣への対処の為、各隊は休む暇がほとんどないほど働かせてしまっている。ローテーションで少ない休みを工面しているとはいえ、お世辞にも満足な日数とは言えず、一刻も早い彼らの待遇改善がバルドルの中では急務であった。


「新しく人を確保するにしても、ある程度は即戦力でなければ人手不足は解消できない。しかし、この平和な時代に戦える人材なんてそうそう居るはずもないしな……うーん」


「大変そうね、バル。あまり根を詰めすぎてはダメよ」


「あ、ああ……気をつけるよ。ありがとう、フレイヤ」


 音もなく傍らに立って微笑むフレイヤの横顔はとても美しい。しかし、そんな女神を思わせる微笑みを前にしても、バルドルはぎこちない笑みを浮かべるだけだ。その様子に不信感を抱いているのは、他ならぬフレイヤの方であった。


 (おかしいわ。私がこんなに綺麗になって、貴族としての所作もマナーも完璧に取り戻したはずなのに、バルとの距離が近づくどころか離れてる一方な気がする。……自慢じゃないけど、生前の私って色々な男性から引く手数多だったのに。王子がいたから全てお断りしていたけれど、それって私の見た目が悪いって事じゃないはずよね?じゃあ、どうしてバルはこんなに遠慮がちなのかしら)


 そもそもどんなに綺麗になった所で、二人は生者と死者だ。そこから進展はないはずなのだが、フレイヤは自慢の美しさを取り戻した事もあって、その辺りが意識から抜けてしまっているらしい。見た目こそ生前のものに変わったフレイヤだが、中身はそこまで変わっていないようだった。


 (もっとこう、お互いにちょっとドキドキするような事があってもいいと思うのよね。バルに恋人がいないのは解ってるし、私にだってもう王子はいない訳だし。ちょっとくらい……)


『ありがとう、フレイヤ。君がいてくれて本当に助かるよ。君がいない生活なんて、もう考えられない……!』


『ば、バル…待って?私達、まだ出会って三カ月くらいだし……こ、心の準備がっ…』


『時間なんて関係ない!俺は君を愛しているんだ。もう自分の気持ちに嘘はつけない。フレイヤ……っ!』


『バル!?待って……ああ、ダメっ…ダメだけど、ちょっとくらいなら……!』


「おい、フレイヤ?……おーい?」


 完全に妄想の世界に入り込んでしまったフレイヤは、バルドルの声が聞こえていないようだった。いくら美しい容姿になっても、薄笑いを浮かべたまま隣に立たれて無反応だと、余計に不気味だ。バルドルにはフレイヤが何を考えているのか全く解らず、心なしか息を荒くしているフレイヤから少しだけ椅子を離した。


「団長ぉ~!戻りましたっス~!」


「ああ、ウル。戻ったか、お疲れさん。すまないな、ひっきりなしに出歩かせて」


 ちょうどそこへ、見回りに出ていたウルが戻ってきた。ウルはバルドルの右腕ではあるが、騎士団内の役職としては第一番隊の隊長である。エッダ騎士団は一~五番隊までで編成された組織で、各隊に隊長と副隊長が任命されているのだ。それらを総括し騎士団長となっているのがバルドルであった。

 バルドルは一応侯爵という立場もあるので、自分が率いる隊は持ち合わせていない。バルドルが直接指揮を執るのは、全隊合同で動く場合か、式典の警備など公式な行事の時に限られている。

 

「別に構わないっスよ、パトロールなんて楽なもんっスからね。しかし、やっぱ地元の方がいいっスねぇ」


「何だ?何かあったのか?」


「いや~、うちらと三番隊は一昨日までシャハティーン領に行ってたじゃないっスか。せっかくなんで仕事終わりにちょっと遊んできたんスけど……なんつーか、昔と変わったなって」


「変わった?シャハティーン領が?どういうことだ」


 シャハティーン領は、グラズヘイム王国の西端に位置するシャハティーン侯爵が治める領地だ。全長二キロメートルに及ぶ大きなビーチと、海の幸がウリな人気の観光スポットである。領主であるシャハティーン侯爵は領地経営の手腕に優れた優秀な男で、とても下手な管理をする人間ではなかったはずだ。にもかかわらず、ウルが評価を下げるというのは不可解だった。


「なんて言えばいいのかなぁ……まぁ、シャハティーン領だけじゃないって言やそうなんですけどね。どこの領地も、昔はこう……キラキラしてた気がするんスよ。酒の味とか料理も旨かったのに、なんだろ?ランクが落ちたって言うか、そんな感じっスね」


「妙だな……各地に魔獣が出ているから、人の気が落ち込んでいるのは解るんだが」


 太平の世が続いたお陰で、魔獣が頻繁に出るようになっては確かに楽しめる空気ではないのかもしれない。だが、それを差し引いてもウルがそこまでハッキリと落胆するからには間違いないのだろう。ウルという男は、かなり優れた直感と感性を持っていて、理屈ではない部分で物事を言い当てる素質を持っている。彼にしか解らない基準であっても、あてずっぽうで断言することはほぼ無いのだ。いずれにしても、調べてみる必要はあるかも知れない。

 そこでふと、バルドルの脳裏に閃くものがあった。

 

「そうだ、酒と言えば……ウル、カーズの奴はどうしてるんだ?」


「カーズ?ああ、アイツなら王都に店を出すんだって息巻いてましたけど、そういやそれっきり音沙汰ないっスね。今時、騎士BARなんて流行んないって言ったのに……それがどうかしたんスか?」


「いや、アイツの仕事が上手くいってないなら、戻ってきてもらうのもアリかと思ってな」


「ああ!人手不足解消の為っスね?いいじゃないっスか!あのバカが何人も引き抜いて出て行ったせいで散々迷惑したんスから、二、三発ぶん殴って連れ戻しましょうよ!」


「いや、そこまでするつもりはないんだが……元気でやっていれば無理にとは言わないぞ」


 えー!とぶー垂れているウルを横目に、バルドルはかつての仲間を想い出していた。そして、仕事の合間を縫って、久々に顔を見に行こうと決めた。差し当たり、それもフレイヤの様子が落ち着いてからになるなと、溜め息を吐きながらだ。

お読みいただきありがとうございました。

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