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幽霊屋敷とエンカウンター

主人公と同じ状況に陥ったら、気絶するかもしれません。

「ここか。王都にこんな場所があるとは……王都に来るのは母上の後を継いで、侯爵の継承式をした時以来だからな。しかし、なんというか……」


 ヴァーリの依頼を受け、バルドルは王都の中にある旧ヴァナディース公爵邸を訪れていた。本来、貴族はそれぞれ己が管理する領地を持つものだが、ヴァナディース公爵家は王家と縁戚関係にあった事もあり、王都の中に私邸を持っていたのだ。

 下調べをしてみると、どうやらこのヴァナディース公爵家は80年程前、一家全員皆殺しにされてしまったらしい。下手人は捕まっておらず、事件は迷宮入りしたままであるようだ。


 その事件があってからというもの、このヴァナディース公爵邸は犠牲者の霊が出ると噂される幽霊屋敷として名を馳せていたようである。毎晩のように女のすすり泣く声が聞こえるだとか、人が立ち入ろうとするとこの屋敷の周りだけ天候が悪くなり、怪我人が出るなどの噂が、まことしやかに囁かれていてこれまでは誰も手を付けようとはしなかった。

 しかし、昨今は平和な世の中が続いたお陰で、王都も人口増加の一途をたどっている。となれば、必然的に土地が足らなくなるものだ。そんな中で、立地もいいこの屋敷の土地を遊ばせておくのはもったいないと言われ、今回のバルドルへの依頼となった訳だ。


 バルドルが屋敷の前に到着し空を見上げると、確かに噂通り、日暮れの空はどんよりとした天気になっていた。しかも、それはこの屋敷を中心としたごく狭い範囲だけだ。これは確かに何かよからぬものが居てもおかしくない雰囲気である。やたらと広いこの屋敷は、来るものを拒み拒絶しているかのように静まり返っていた。


「……は、早く仕事を済ませて帰ろう。対アンデッド用の塩やアミュレット(護符)も買い込んできたしな。な、なにも心配はいらないはずだ」


 金がないというのに、わざわざ遠方の教会から買ってきたアミュレット(護符)には安産祈願と書かれているが、恐怖に身を震わせているバルドルはそれに気付いていない。こういう時のバルドルは、どこをとってもポンコツである。


 念の為、光の浄化魔法や、簡易結界を重ね掛けしてバルドルは恐る恐る公爵邸の門を開いた。長らく動かしていない門扉はさび付いているようで、軋む音が何とも言えない不気味さを演出している。とりあえず人が一人通れるくらいに門を開けると、バルドルはびくびくしながら敷地の中へ入って行った。




「当たり前だが、静かだな。……いや、騒がしくても困るんだが」


 しんと静まり返った屋敷の中に入って、バルドルはそう呟いた。仕事でなければ、いや、本来なら仕事であっても絶対に近寄りたくない雰囲気をした屋敷の中は暗く、かび臭い空気が漂っている。事件の直後、調査に入った人間によって遺体などは運び出されたようだが、壁には飛び散った血痕がいくつも残っていた。普通、こういった廃墟となった屋敷なら、悪戯や盗みが目的で立ち入った人間が窓を割ったりしているものだが、そういった形跡は全く無い。非常に頑丈で気密性の高い、いい建物なのだろう。隙間風の酷いエッダ家の屋敷とは雲泥の差があるなと、バルドルは思った。


 今回、ヴァーリに頼まれたのは、この屋敷に本当に幽霊が出るのかどうかと、もしその存在を確認できた場合、それを排除できるかどうか?という点である。


 本音を言えば、わざわざ中を調べなくとも外から屋敷全体を破邪魔法で浄化してしまえば済む話なのだが、ここに居るとされるのは、何の非もなく悲劇に見舞われた哀れな魂達である。先述の通り、ヴァナディース公爵家は王家の縁戚でもあった事から、力づくで浄化してしまおうというのは憚られるようだ。話し合いで成仏(解決)させられるのなら、それに越したことはないらしい。その気持ちは理解出来るが、説得するなら国教会のシスターや神父、或いは教皇にでも任せればいいのにとバルドルは考えていた。ただ、それでは金にならないので何も言えなかった。兎角この世は金である。


「誰かいるか?…いないのならいないと言って欲しいもんだな……ああ、早く帰りたい」


 誰もいないのにいないと声が聞こえたら、それはそれで恐ろしいはずだが、そんな事を考えられるほどバルドルには余裕がない。とにかく早く家に帰りたい、その一心である。


 少し進んで震える目で観察していくと、当時の出来事は想像以上の惨劇であった事が窺えた。血飛沫は壁だけでなく、時に天井まで達しており、それでいて血痕に乱れがなく、殺しを仕損じた形跡がない。どれも相当な腕前でなければ、こうも見事な痕跡にはならないだろう。下手人はかなりの剣の腕を持つ人間であることが、一流の騎士であるバルドルにはよく解った。

 そして、ここが幽霊屋敷であることよりも、殺しの現場であると認識すればするほど、バルドルの意識は段々と冷静になってくる。それが、彼の優秀さを表していると言えるだろう。

 

 (80年前と言えば、まだ祖父さんが当主だった頃か。あの頃ならば、魔獣もかなりの数がいたと聞く。ならば、これだけの腕を持つ人間がいてもおかしくはない…か?)


 そこまで考えて、バルドルはその思考を打ち消すように頭を振った。未だ捕まっていないとはいえ、犯人捜しは頼まれた仕事ではないのだ。どうせなら、これだけの罪を犯した犯人が悪霊にでもなっていてくれれば、何ら良心の呵責もなく光魔法で消し去れるだろうが、残念ながらここにいるのは被害者だけである。

 

 ゴロゴロと雷鳴が響く中、血痕に導かれるようにして歩いていくと、ある部屋に辿り着いた。客室だろうか?その部屋のドアはバルドルの屋敷の玄関よりも立派に見える。色々な意味で嫌な現実を突き付けられながら、バルドルはその部屋のドアを開けて、中に入った。


「ひぇっ!?な、なんだ!?この部屋、明らかに他の部屋とは空気が違うぞ…?!」


 部屋に入った瞬間、背筋を舐められたような不気味な感覚が襲ってきて、バルドルは思わず飛び上がりそうになった。その部屋は明らかに空気そのものが違っている。ここだけまるで真冬のように冷え切っており、鼻を衝く匂いはカビではなく、鮮血そのものであった。

 たった今ここで、誰かが殺されたばかり……そんな雰囲気を感じるのだ。


 緊張感溢れる空間で、不意にバルドルの使っていた灯魔法の効果が切れた。暗闇に支配された瞬間、外で一際大きな落雷が発生し、室内が瞬間的に稲光に包まれた。その光に照らされて、壁際に血塗れの女の姿が浮かび上がった。


「きゃああああああっっっ!!」


「うぎゃあああああっ!でっ!でっ、出たあああああっ!?」


 こうして、一人の見目麗しい男と、一体の浮かばれぬ女の霊は出会ったのだった。

お読みいただきありがとうございました。

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ファンタジー? ホラー? ミステリー? まだジャンルを掴みきれていませんが、あらゆる要素が混在しており、先の読めない段階でした。幽霊との出会いからどんな展開になるのでしょうね。ここまで、とても面白かっ…
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