悪霊からの脱却?
フレイヤ は、ふつう の ゆうれい にしんかした!
「そのままじゃ売れないなら、加工して売っちゃうのはダメなの?」
二人が考え込んでいると、フレイヤが何の気なしに提案した。言われてみればその通りで、加工品として世の中に出せばさほど問題は無いように思える。ドヴェルグにそのまま伝えようかと思った矢先、彼の方から問いかけてきた。
「うん?ああ、そうだな」
「お?嬢ちゃんか?なんて言っとるんじゃ」
「いや、このままじゃ売れないなら加工して売るのはどうかってさ」
「それがなぁ、儂も考えたんじゃが……まぁ、百聞は一見に如かずじゃ、実際に見た方が早いじゃろ。……ほれ」
何やら渋い顔になったドヴェルグは、ゴソゴソと鞄を漁り、何かを取り出してバルドルの方へ投げた。
「おっと。…ん?小型の魔力灯か」
魔力灯とは、魔力を流すと光を放つ手持ちの灯りである。通常は室内の天井に設置されるものだが、渡されたそれはハンディタイプで、要は懐中電灯だ。ドヴェルグの寄越したそれは、試作品だからなのだろう。何ら装飾も施されてはおらず、ただ白い円筒状の棒の先に丸いライトが付いているだけのものだった。見た目には何の変哲もない為、バルドルは特に深く考えずに魔力を流してみた。
「あっ!バカ…」
「え?」
カッ!
一瞬、物凄い閃光が魔力灯から発せられ、バルドルの視界が真っ白に染まった。運悪く、自分の顔にライトを向けてしまっていたので、その強烈な光がダイレクトにバルドルを襲った形だ。
「きゃっ!眩し…っ!」
「ぐあああああっっ!目が!?目がぁっ!!」
「……とまぁ、こんな感じでな。コイツは出力がとんでもないんじゃよ。他の物も作ってはみたが、軒並みこんな有り様じゃ。とても通常の使用は出来ん。これでも通常の魔力灯に使われる魔石の量から十分の一くらいに減らしたんじゃがなぁ」
「そんなものいきなり寄越すなよ!俺を殺す気かっ!?」
もはやちょっとした閃光弾クラスの光量を持ったこの魔力灯は、普段使い出来るものではない。しかも、ドヴェルグの今の口振りからすると他のものに応用しても、同じように過剰な結果をもたらすという事だ。これが魔力灯だったからよかったものの、火を生み出す魔石や水を作る魔石に加工したらどうなるか、想像しただけで恐ろしい。実際、バルドルはほんの少しだけ魔力を流しただけなのだ。
「さっき嬢ちゃんは、コイツを加工して売ったらどうかって言ったんじゃろ?これが答えじゃよ。はっきり言って、コイツをどうやって売ればいいのか儂には見当もつかんのじゃ」
「あんな少ない力で、これだけの効果を発揮するとなれば、あ……」
バルドルはそこで、ある結論に思い至った。というよりも、答えは一つしかないだろう。恐らくドヴェルグも、この答えに行き着いたはずだ。だからこそ、バルドルの元へ話を持ってきたのである。
「流石は坊、気付いたようじゃな」
「ああ……しかし、これは…本当にとんでもない事になるぞ」
「え、え?何?どうしたの?二人共」
隣で見ていたフレイヤは、二人が何を考えているのかさっぱり解らないようだった。頭の上に?マークを浮かべてバルドルとドヴェルグの顔を交互に見ている。そんなフレイヤに、バルドルは静かな声で答えた。
「……より少ない力で、過剰とも言える最大級の効果を生み出す。それが求められるもの、それは……戦いだ」
「そう、コイツは武器に…いや、兵器に使用すれば間違いなく途轍もない効果を発揮するじゃろう。それこそ、個人が国家を滅ぼす事が出来るほどの、じゃ」
「ええっ!?そ、そんな…」
令嬢であったフレイヤには、そんな発想はなかったようだ。しかし、考えてみればそれは当然な答えであるようにも思う。この国は長く平和を維持できているものの、他国では今も昔と変わらず国家間の小競り合いや魔獣の対応に力を使っている。今はそれぞれの国のバランスが取れているからいいものの、この魔石が野心のある人間の手に渡れば悲惨な結果をもたらすであろう事は想像に難くない。もちろん、そんな兆候は今の所どこにもないのだが、この魔石はその均衡を完全に破壊する力を持っているのだ。
「やっと解ったよ、ドヴェルグがわざわざ俺の所まで来て、直に話をしようとした訳が。これは確かに、人には聞かせられない話だ」
「うむ、この事は、儂の部下達にも秘密にしてある。出来る限り少ない人間のみで情報を共有した方がいいと思ってな。……正直、儂は王家にすら、この魔石の事は話すべきではないと思っておる。現王はそこまで愚かな男ではないと信じておるが、周囲の取り巻き共は信用できん。そもそも、どんな人間であっても、力を手に入れれば変わるもんじゃ。特に権力の座についとるモンは余計にな」
その言葉に思い当たるフシはある。あのバルドルを敵視しているユミル卿などは、息子が率いる近衛兵団を引き立たせる為なら手段を選ばないだろう。そこまで愚案を押し通す男ではないと信じたくとも、普段の調子があれでは信じろという方が無理である。
「残りのゴーレムの身体はどうなってるんだ?」
「量が量じゃからな、ほとんど手つかずであの第一坑道の奥に置きっぱなしじゃ。今の所、崩落の恐れありということで第一坑道は立ち入り禁止じゃし、まだコイツの力を知っておる者もおらんからしばらくは心配いらん。後は、これをどうするかじゃ。売っ払うのもよろしくないが、なまじお前さんの苦労を知ってしまっておるとな……金になると解っとるもんを捨て置くのも勿体なかろう。正しく使えれば、こんなに素晴らしい物も無いでな。じゃから、困っとるんじゃよ」
「気遣いは嬉しいが、俺の貧乏は今に始まった事じゃないからな。こんな危険物を世に放つくらいなら、無かった事にした方が……」
ああでもないこうでもないと意見をぶつけ合うバルドルとドヴェルグ。その傍らで、フレイヤは興味深そうに魔石の塊を見つめていた。
(なんでかしら……凄く綺麗って訳じゃないのに、目が離せなくて…触ってみてもいいかな?きっと触れないけど、ちょっとくらいなら、いいわよね)
ちらりとバルドルの方に視線を向けるも、相変わらず二人は意見をぶつけ合っているばかりだ。フレイヤはどうしても好奇心を抑えられず、魔石の塊へと手を伸ばした。すると。
「えっ!?」
「な、なんじゃ!?」
「うわぁっ!ど、どうした?!」
一瞬だけ眩い光を放ち、フレイヤの身体が金色に輝く。実はまだ視力が戻っていなかったバルドルは、突然ドヴェルグが大声を出した事に驚いて飛び上がり、ソファから転げ落ちてしまった。痛みを堪えてソファに戻る頃、ようやく視力が戻ってきたようだ。そこで見えてきたのは、いつものように血塗れの姿ではなく、生前の美しい容姿を取り戻したフレイヤの姿であった。
「痛て…どうしたんだ?ドヴェルグ。……ああ、やっと見えるようになってきた。ん?」
「あ、あの」
「こりゃあ、どういうことじゃ?」
「ふ、フレイヤ……?どうしたんだ?一体」
「ご、ごめんなさい。どうしてもその石に触ってみたくて…どうせ触れないだろうと思って触ったら、なんか……こんなになっちゃった」
てへへと笑う姿は、普段の血塗れの時とは違ってとても可愛らしいのだが、余りの変化にバルドルもドヴェルグも呆然としている。しかも、ただ姿が戻っただけではなく、今までは全く聞こえていなかったフレイヤの声が、ドヴェルグにも聞こえるようになっていたようだ。
「じ、嬢ちゃんの声が聞こえるぞ…!?生き返ったんか?!」
「そんな……魔石に触れたからって、そんな事があるのか?!」
「うーん……私にも何が起こったのか解らないけど、別に生き返った訳じゃないみたい。でも、今までよりもずっと、五感をしっかり感じられる気がするわ」
そう答えるフレイヤは、自分の身体を目で見てチェックしている。今までは血に汚れていてよく解らなかったが、青を基調としたドレスは派手過ぎず、フレイヤの美しさを更に強調しているように見えた。恐らく、彼女が生前に好んで来ていた装いなのだろう、流石は公爵令嬢、仕立ても生地も一流である。
ただ、よくよく見ると足先は無く、今まで通りその身体はフワフワと浮いているようだった。外見上の人間らしさを取り戻したお陰で、余計な違和感があるものの、そこに目を瞑れば生きた人間と遜色ないだろう。それがかなり問題な気もするが。
「あ、あはは…どうしよう?ね」
誤魔化すように笑うフレイヤだが、思いもよらぬ新たな事態を前にして、バルドルとドヴェルグは再び頭を抱えるのだった。
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