悪霊令嬢の新たな力
おや、フレイヤの様子が……?
涙を流して悔やむガリドの姿を前にして、フレイヤの心の中に湧き上がるものがあった。自分の霊体の中に、誰かがもう一人いる。そう気づいたのは、もう少し後の事だが。
「ガリドさん、あなたが望んだ事は、決して悪い事じゃありません。現実と、自分の力や周囲の環境が噛み合わない事はどんな人にでもある事です。そこから抜け出そうと当然ですよ。かく言う俺も、侯爵として貴族面をしていますが、家計は火の車でして……それでも、俺には俺の出来る事を懸命にやろうという気構えだけはあります。それに気付けたのは、やはり、家族を亡くしてからでした」
バルドルはガリドの肩にそっと手を置いて、自らの無力を語った。まだまだ未熟な自分が母の急逝により侯爵家の当主になった時、バルドルの中から我が身の不運を嘆く気持ちは消えた。それは、母や祖父が、騎士団の仲間達という素晴らしい存在を残してくれたことに気付いたからである。
最愛の恋人を失ったガリドの悲しみに比べれば、バルドルは仲間がいる分マシなのだろう。だが、仮に互いの不幸を比べた所で、事態が解決しないのも事実だ。今のガリドに必要なのは、後悔で終わるのではなく、新たな道に進む為のきっかけなのである。
20年前から止まってしまったガリドの時間を進めたい。……それこそが、シェヴンという霊の本当の願いであった。その為に、フレイヤはガリドと対話する事を選んだのだ。 そうして意を決したフレイヤの身体がぼんやりと光を帯びていく。それは昨夜浴びた、月の光に似た淡い金色の輝きだった。すると、血塗れだったフレイヤの顔から血が消えて、顔つきそのものが別人のようになっていった。あまりの変化にバルドルは唖然とし、それまではぼんやりとしか見えていなかったはずのガリドにも、変化したフレイヤの姿はハッキリと見え始めたようだった。
「久し振りね、ガリド」
(フレイヤ…?いや、違う、この姿は……もしや)
「バカな……!?シェヴン、君なのか?どうして」
「まずはごめんなさい。私が自暴自棄になったばっかりに、あなたを20年もあの場所に縛り付けてしまったわ。例えあなたとあの時結ばれなくとも、生きてさえいれば、どこかでもう一度巡り合うチャンスもあったかもしれないのに……今となってはもう、遅いけれど」
「何を言うんだ、あれは君のせいじゃない。私に、いや、僕にもっと力があれば、君の両親を説得出来たはずなんだ。君があんなことになる前に、僕がしっかりと力をつけていれば……!」
「それでも、それなら尚更私が悪いわ。あなたを信じて待つことが出来なかったのだから。……私達、お互い様ね」
フレイヤと全く違う顔で笑うシェヴンは、生前の姿のままなのだろう。確かに美しい女性だったようだ。ガリドは手を伸ばしたが、その手はフレイヤの身体に触れる事は出来なかった。
「ああ、シェヴン。君に触れる事はもう出来ないのか……だけど、どうして君がここに?フレイヤさんはどうしてしまったんだ?」
「私もあなたに触れたいけれど、流石にそれは出来ないわ。この霊体は、フレイヤさんの身体なのだから。…私はね、昨晩願ったの。もう一度あなたに会いたいと、あなたに一目だけでも会って謝りたかった。あなたを本当の意味で自由にしてあげたい、そう思ったのよ。そうしたらいつの間にか、私は彼女の中にいたわ」
「なんと……」
(フレイヤがシェヴンという娘の魂を取り込んだというのか?どうやってそんな事が……ロンダールの坑道の時もそうだったが、フレイヤには何か、特別な力があるとでも?)
「私ね、あなたの事はずっと時計塔の中で見守っていたの。けれど、私は姿を見せる事も、あなたに話しかける事も出来なかったわ。まるで、何かに抑えつけられているみたいに……こうして幽霊になって姿を見せられるようになったのは、昨日が初めてよ。あなたにもう一度会えるんだって思ったらとても嬉しかったけど、焦りもしたわ。あなたったら、昨日は時計塔に顔を出さないんだもの」
「すまない…昨日はその、どうしても……」
言い淀むガリドの答えを知っているのだろう、シェヴンはふっと微笑んで頭を振った。
「いいわ、解っているから。とにかく、私がまた姿を見せられなくなる前に、あなたを自由にしたかった。やり方を間違えてしまったけどね。でも、フレイヤさんに叱られて目が醒めたわ。彼女にはどんなにお礼を言っても足りないくらいよ」
その時、微笑んだシェヴンの顔がじりじりと揺れて歪んでみえた。少しずつだが、フレイヤの顔が重なり始めていて、元の血塗れ姿に戻りつつあるようだ。シェヴン自身もそれに気付いているのか、少し悲しそうにもう一度笑った。
「ああ、そろそろ限界みたい。あなたに会えて、もう私の心残りはほとんどなくなっちゃった……もう、私を現世で保っていられるほどの未練が残っていないんだわ」
「な!?待ってくれ、シェヴン!僕はまだ、君に話したい事が…!君と離れたくないんだ!」
「何言ってるの、もう…仕方のない人ね。いつかまた、あなたがこっちへ来た時に、たくさん話しましょう。長生きをして、話したい事をたくさん増やしてきてね……それじゃあ、もう…逝くわ……あり、がと…………大、好き…よ…………」
「シェヴン!」
その言葉を最後に、フレイヤと重なっていたシェヴンの姿と気配は完全に消えた。物悲しい思いは残るが、ガリドはどこかさっぱりとした表情で涙を流している。彼もまた、伝えられなかった想いを伝える事が出来たのだろう。シェヴンとガリドの二人から、心残りが消えたのだ。
後に残ったフレイヤは、相当疲れたのか、肩で息をしている。ただ、フレイヤもまた、やり切った顔をして満足そうである。
「生きろ、か……まさか彼女に言われては、そう簡単に投げ出す訳にはいかなくなりました。差し当たって、次の職探しから始めなくては」
「ガリドさん。その、もしよければ、うちに、エッダ騎士団に来ませんか?」
「こちらとしては願ったり叶ったりですが……よろしいのですか?」
「もちろんですよ。以前から、魔法を専門に扱える仲間が足りていなかったんです。騎士団に必要なのは、単体で強力な魔法を扱えるよりも、仲間と協力して補い合える術師ですから!…その、貧乏所帯なもので高い給金は出せないのが心苦しいんですが…」
「給料など気にしませんよ。長い間、時計塔の管理者生活をしていて、ろくに金を使ってきませんでしたからね。蓄えはだいぶあるつもりです。まぁ、ただ働きでは困りますがね」
「そ、そんな事はありませんよ!給料は必ず出しますから…!」
そんな風に笑える程度には、ガリドの心は晴れたようだ。フレイヤの頑張りは、決して無駄ではなかったと言っていいだろう。こうして、エッダ騎士団に新たな仲間が加わる事となったのである。
「しかし、自分より40も歳若いあなた方に救われるとは、人生とは解らないものですねぇ」
「40…?俺はもう26ですよ。失礼ですが、ガリドさんは40代では?」
「はは、言ったでしょう?私にはアールヴの血が混じっているのだと。彼らはとにかく長命でしてね、いつまでも若さが続くようなのです。祖先と言っても、まだ生きているかもしれませんよ」
「え、じゃあ本当に…60代、で!?」
驚くべきガリドの若さに、バルドルはただただ驚愕するばかりであった。
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