とある魔術師の悔恨
後日談…長くなりすぎてしまいましたが、もう一話だけ続きます。
「この辺でいいか…」
ガリドと出会ったバルドル達は、時計塔を離れ、隣の商業区と隣接した小さな川縁に移動していた。わざわざ移動したのは、あまり人には聞かれたくない話の内容をする為だ。
まだ春は遠いこの時期、さして見る所もない小川の傍にはほとんど人気はない。この辺りは植樹されたモノネの樹が立ち並ぶ、並木道でもあるのでちょうどいい場所だった。
「いや、まさかあなたがあの名高いエッダ家の当主様だったとは。何分、貴族とは縁遠い生活をしておりますので、思い至らなくて申し訳ありません」
ガリドは素直にバルドルに着いてきて、頭を下げている。年齢的に言えば、ガリドはバルドルの親ぐらいの世代だというのに、非常に腰が低い。それだけ、貴族と言う相手を理解している証拠だ。バルドルは慌ててそれを否定し、頭を上げるよう懇願した。
「いえ、こちらこそ急にすみません。どうしても、話をしたいというものですから」
「……それは、あなたに憑いている霊の事、でしょうか?」
ドキリと心臓が高鳴って、バルドルは思わず目を見開いた。ガリドには、フレイヤの姿が見えていると言う事なのか?別に悪い事ではないのだが、突如フレイヤの存在を看破された事でバルドルはただただ驚いてばかりである。
「そうなんですが……失礼ながら、見えるのですか?彼女のことが」
「ええ、少し朧気にでありますがね。実は、私の父方の遠い祖先にアールヴがいたらしいのです。お陰で、霊魂や精霊の存在は、幼い頃からよく目にしていましたよ。魔術師になっていなければ、国教会の神父になっていたかもしれません」
ガリドは微笑んで、フレイヤを見つめている。アールヴというのは古語であり、現在の言葉で言えばエルフの事である。彼らもまたドワーフと同様、神話の時代に存在したとされる亜人種であり、現在は人間との混血が進んでいなくなってしまった者達だ。ガリドはドヴェルグと同じ、亜人の末裔ということなのだろう。ドヴェルグとは違って見た目には全く違いが解らないが、言われてみればガリドは歳の割には若いように見えるし、耳の形も少し変わっているようだ。
「あ、あの、初めまして…フレイヤと申します。すみません、どうしてもあなたにお伝えしておきたい事があって」
「ほう、フレイヤさんと仰るのですか。自我のハッキリしている幽霊というのは珍しいですね。私の知る限り、霊というものはもっと意識が曖昧で、人間に興味を持つものは少ない印象でしたが」
(フレイヤと会話が出来ている……という事は、見えているというのも嘘やハッタリではないと言う事か。だとすると、少し気が重いな)
決して疑っていた訳ではないのだが、バルドルはガリドが嘘を吐いている訳でないと言う事は、そのやり取りで理解出来た。だが、そうであるならば、これから話す内容は彼をより傷つけることになるかもしれない。しかし、フレイヤはどうしても話したい事があるのだという。複雑な思いを胸に、バルドルは二人のやり取りを黙って見守ることにした。
「それで、お話というのは?残念ながら、成仏のお手伝いというお願いなら聞けませんよ。私では、物理的に消滅させることになってしまいますから」
「いえ、違うんです。話って言うのは、その……シェヴンさんのことで」
その名を伝えた途端、ガリドから発せられる気配が鋭く、重くなった気がした。それは当然だろう、彼にとって、その名は軽々に聞きたくないものであるはずだ。ヴァーリの調べによれば、彼は自殺したかつての恋人、シェヴンの遺体を最初に発見した人物なのだから。
「何故……どうしてその名を?」
「気を悪くさせてしまったらごめんなさい。ただ、どうしても彼女の最後の気持ちだけは伝えておきたかったんです」
「シェヴンの、最後の気持ち?そんなもの、どうしてあなたに解ると言うんです?彼女はもう20年も前に命を落としたんですよ。生前のあなた達は知り合いだったとでも?それなら、何故今更……」
明らかに不機嫌さを露わにし、ガリドが畳みかけるように問いかけた。フレイヤもその不快な気持ちが解るのだろう、自分がそうやってガリドに辛い思いをさせてしまうのが心苦しい、そんな顔をしている。だが、彼女にはどうしても伝えねばならない理由があるのだ。それは、シェヴンの魂の最期を見届けた事に寄る所が大きい。
「ガリドさん、あなたはずっと時計塔の管理者を務めているんですよね?」
「……そうです。私が魔術師として王国に雇われて以来、私はあの時計塔の管理者として働いてきました。もっとも、今回の件で私は解雇される事になるでしょう。魔石に込めた魔力の暴走など、前代未聞の大失態ですからね。全く、今までこんな事は一度もなかったというのに…」
「それが違うんです、今回の件は、あなたのミスなんかじゃないんです」
「さっきから何を仰りたいのか解りませんね。それじゃあ、今回の件は賊によるものだとでも言いたいのですか?しかも、シェヴンの気持ちがどうのと……バルドル侯、一体どういうおつもりです?あなたはこの霊に何を言わせたいのでしょう?まさか、あなたはこの霊に操られておいでなのでは」
ガリドが怒るのも無理はない。心の傷を掘り起こされただけでなく、自らが管理する場所でのミスが自分のミスではないと言われたのだ。それはつまり、ガリドではない第三者が今回の事態を引き起こしたという事になる。それは、彼の仕事が完璧ではないと指摘しているようなものだ。バルドル自身、こういう対応をされる事は予測していたとはいえ、気分がよいものではない。
バルドルの方が地位と立場は上でも、それをかさに着て居丈高に話をするつもりは全く無い、敢えて無礼な口を利くガリドに対し、バルドルは平身低頭で答えた。
「すみません、ガリドさん。決して、あなたやあなたの仕事をくさすつもりはないんです。この件に関しては俺の口から伝えられる事が限られているので、あえて様子を見ていましたが……彼女、フレイヤは本来、聡明で優しい人間なんです。ただ、どうも幽霊というものになると、少し思慮深さが欠けてしまうようでして……申し訳ない。どうかもう少し、話を聞いてやってもらえませんか」
ガリドよりもずっと歳若いとはいえ、バルドルはれっきとした侯爵家の当主である。そんな相手に頭を下げられては、流石に無碍には出来ない。場合によっては無礼打ちされても仕方ないのだ。ガリドはそこで冷静になって、渋々ではあるものの話を聞く姿勢に戻ってくれた。
「こちらこそ申し訳ありません、感情的になってしまいました。……それで、今回の火災と彼女…シェヴンがどういう繋がりになるのですか?」
「シェヴンさんは、あなたが管理者という立場に甘んじている状況が許せなかったと言っていました。あなたの実力を世間に知らしめるため、魔石から魔力を暴走させ、あの火事を引き起こしたのです」
「そんな、バカな……!?彼女はそんな考えなしに行動する人間では……」
「ですから、それが、幽霊となってしまったが故の愚行だったのです。彼女は真にあなたの事を考えていましたが、先程の私のようにどこかで考えが足りず、あのような行動に出てしまったようでした。何よりもあなた自身が、かつて彼女に伝えたのではありませんか?自分は時計塔の管理者などで終わる人間ではない、と」
「それは……確かに。しかし、私はこれまで20年以上、あの場所で勤めを続けてきました。最愛の人であった彼女が、あの場所で亡くなった時も、その遺体を私が最初に見つけた時も……それなのに、どうして」
何故自分の前に出て来てくれないのか、ガリドがそう思っているのは、バルドルにもよく解った。許されるならば、例え幽霊であってももう一度会いたい…そんな相手は誰にでもいるものだ。それはきっと、フレイヤも同じだろう。
ガリドがそれを最後まで口にしなかったのは、どこかで思い当たる事があるからのようだった。そして、力無くその場に座り込み、心配になるほど肩を落としてしまった。
「ガリドさん…」
「確かに、シェヴンと出会った頃の、まだ若く野心に満ち溢れていた私は、時計塔の管理者として一生を終える事が苦痛でなりませんでした。しかし、現実は私の傲慢を許さなかった。幼い頃は魔術師としての才能を褒め称えられたものの、王都には自分よりも遥かに優れた人物ばかりで、田舎から出てきた私には何も無かった。結局、人より優れていたのは魔力の量だけで、実際に扱える魔法は精々低級や中級止まり。挙句の果てには、愛した女性すら守り切れずに死なせてしまった。……私が思い上がらず、身の丈にあった幸福を望んでいれば、彼女を…シェヴンを死なせる事もなかったはずなのに……!」
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