繋がる縁
後日談…ですが、続きます。
「すみません、オーディ様。急に泊めて頂いただけでなく、食事まで」
「なに、構わんよ。昨夜の君の活躍ぶりからすれば当然の事だ。君のおかげで、あれだけの騒ぎであったにも関わらず、死者や大きな怪我人も出さずに済んだからな。流石はフリッグ殿の忘れ形見だ」
オーディは長く整えられた髭を撫でながら、どこか嬉しそうに微笑んでいる。オーディとバルドルの母フリッグが幼なじみだったとは聞いているが、どのような間柄だったのかまでは聞いていない。単なる幼なじみではなかったのか、聞いてみたい気持ちもあるが、やはり気後れしてしまうばかりであった。
昨夜の時計塔での火災事故は、バルドルとヴァーリの初動が速かった事で、大きな二次災害も無く終えられた。鎮火の確認が取れたのは夜半過ぎだった事と、かなりの魔力を消耗したバルドルはそこから帰る気にもなれず、ヴァーリの家に泊めてもらうことにしたのだ。
事情を聴いたオーディはバルドルを快く迎えてくれたので、本当に助かった。バルドルは宿をとるほど、財布に余裕がなかったからだ。元々バルドルが受けていた依頼についても、王城では詳しい話が出来なかった事もあってタイミング的にはばっちりだったと言えるだろう。
「しかし、ヴァナディース公爵家のご令嬢が幽霊とはな。……今もここにいるのかな?」
「はい、俺の隣に。……少し、緊張しているようですが」
オーディやヴァーリの家系…つまりアース公爵家は、代々国の財務大臣を継いできた貴族の重鎮である。当然、同じ公爵であったヴァナディース公爵家とも付き合いがあり、フレイヤはアース家の事をよく知っていた。フレイヤが存命だった頃は、まだオーディすら生まれてもいなかったのだが、それでも今の所は誰よりも自分の事をよく知っている人物に近いのがオーディである。そのせいか、フレイヤはオーディを前にして、緊張してしまっているようだった。
「おい、大丈夫か?フレイヤ」
「え、ええ。大丈夫……その、私の知っているアース公爵って、凄く恐い方でいらっしゃったから……」
「……そうなのか?だが、オーディ様はそんな人じゃないぞ」
「それは、解ってる…んだけど……」
たらたらと汗の代わりに血を垂らしながら、フレイヤは縮こまってしまった。どうやら、生前によほど怖い思いをしたらしい。背中の一つでも摩ってやれればいいのだろうが、霊体であるフレイヤの身体に触れるには、フレイヤ自身の許可を取るか、或いは魔力を込めた手で触るしかない。この状況で許可を取るのも気が引けるし、かといって魔力を込めて触れば逆にダメージを与えかねないのだ。どうしたものかとバルドルが困っていると、オーディが不思議そうに首を傾げた。
「会話をしているようだが、彼女は何と言っているのかね?」
「あー…それが、その、彼女の知っているアース公爵はかなり強面だったらしく……緊張すると」
「ふむ。……彼女が存命だった80年前というと、私の祖父が当主だった頃だな。なるほど、確かにあの方ならば恐れられても仕方がないだろう。かく言う孫の私も、とても怖かったよ。私が物心ついた頃には、もうとっくに現役を引退していたのだがね」
そう言ってオーディが笑うと、いくらかフレイヤも緊張が解けたらしい。少し明るい顔になってきた。そんな雰囲気の中へ、ヴァーリが外出から戻ってきた。手元には大きめの紙を持っていて、それを読みながら歩いてきたようだ。
「帰ったぜ。フレイヤちゃんの言ってた令嬢だが、該当する人物が見つかったよ。長く赤い髪で年齢は16~17くらいだったよな?」
「もう見つかったのか?ずいぶん早かったな」
「まぁ、相手は死んでるって解ってるからなぁ。死亡者リストと照合するだけだし、そんな手間でもなかったよ。貴族の令嬢で若くして死ぬってケースも、あんまりねぇからな。……ええと、そんで当たったのはシェヴン、シェヴン・ワイアーノルト。20年程前に17歳で亡くなってる。死因は…飛び降りだ。それも時計塔の内部でな」
「そうか。時計塔で……無念だっただろうな」
その痛ましい報告に、バルドルとフレイヤが顔を歪めた。20年前と言えばバルドルがまだ6歳ほどの子供の頃である。しかし、今の自分の年齢からすれば17歳はかなり若い年齢での死だ。フレイヤの事もあってか、バルドルは身につまされる思いがしていた。
「ワイアーノルト……久し振りに聞いた名だな。確か、南部で小さな領地を持っている子爵だったか」
「知ってるんですか?父上」
「ああ、今はもう一線を退いているはずだが、当時の子爵だったワイアーノルトはとても優秀な男だった。彼の息子と私は歳が近くてな、何度かパーティで顔を合わせた事がある。領地経営に才能があったらしく、様々な手法で領地を改革し、先代から引き継いで爵位を継承してからたった二年で納税額を倍増させたのだ。それもあって、爵位の引き上げも検討されていたんだが……」
「そうはならなかった、と?」
「うむ。ある時から、突然彼は火が消えたように情熱を失い、領地に引き籠ってしまったのだ。それまで伸び続けていた納税額の増加もピタリと止まってしまい、それっきりだ。あのまま結果を出し続けていたなら、彼の才覚を持ってすれば伯爵か侯爵まで昇りつめたかもしれん。だが、そうか、娘を亡くした事が引き金で……」
オーディは子を持つ親として、思う所があるらしい。恐らくだが、ワイアーノルトの家格が上がるというのは、順当に行けば間違いない状況だったのだろう。それ故に、ワイアーノルトは娘が家柄の合わない魔術師と付き合っている事を許せなかったのだ。
貴族にとって、家の価値は何よりも重要である。もしも家格が上がれば、その効果はワイアーノルト家だけに止まらず、領地に住む領民全体の暮らしに影響する。何故なら、領主の爵位によって、国からの還元も変わって来るからだ。領地と領民を持つ貴族にとって、家の価値は土地の民全ての価値と等しいのである。
だからこそ、この世界においても政略結婚は貴族が持つ有効な手段の一つなのだ。それを理解しているからこそ、ワイアーノルト子爵は断腸の思いで娘の恋を引き裂いたに違いない。まさかそれが、娘そのものを失う結果に繋がるとは思わずに。いくら領民を己の子と同様に思っていても、自らの決断により実の娘を死に追いやった事実は消えない。それがワイアーノルト子爵から情熱を奪ったのだと誰もが理解し、言葉を失った。
その日の午後バルドルはフレイヤと共に、時計塔へ赴いていた。今はまだ、近衛兵達や魔術師達が現場検証を行っていて、時計塔の内部には立ち入る事が出来そうにない。途中で買った手向けの花も、この分では置いていけないだろう。だが、傍で浮かない顔をしているフレイヤを見ているのも辛いものだ。バルドルがふと視線をずらすと、立ち止まって時計塔を見つめる人々の中に、一人の男がいた。
黒いローブで全身を覆っているが、顔は外に出している。見た所、歳はそう若くない、恐らくはオーディやフリッグと同じ位の年齢だろう。その悲壮な表情のせいか、それが誰なのかバルドルには解る気がした。
「あなたは、ガリドさんですか?時計塔管理者の」
「ええ、そうです。失礼ですが、どちらかでお会いしましたか?私の事をご存じのようですが……」
このガリドという名の魔術師こそ、かつて、シェヴンと恋仲にあった魔術師の男である。ガリドは面識がないはずのバルドルの態度に疑問を抱きつつ、会話に応じるのだった。
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