(部分的に)ポンコツ光騎士の日常
顔はいいのにお金がない主人公大好きなんですよね(癖)
「は?幽霊屋敷の調査?」
コートをポールハンガーにかけながら、男が聞き返した。男はまだ若く二十代半ばといった歳の頃に見えるが、その立ち振る舞いは堂々としていて、纏っている空気も歴戦の勇士を思わせるものだ。プラチナの髪は剣を振るう邪魔にならない程度に伸びており、室内だというのにキラキラと輝いてみえる。麗しく甘いマスクにバリトンボイスが良く似合う、誰もが認める美男子であった。
彼の名はバルドル・エッダ。王家専属の騎士であり、自らが騎士団長として騎士団を抱える侯爵である。先祖が武功を立てまくって貴族まで登り詰めたという伝説を持つ家系に生まれ、自身も立派な騎士として育ったのだが、二年程前、当主だった母親のフリッグが急逝し若くして家を継ぐことになった。尚、彼は得意魔法が光属性であることから、誰が呼んだか光の騎士侯爵と呼ばれている。
「そーそー。噂に名高い光の騎士侯爵サマなら悪霊なんか屁でもないだろ?ずっと土地を遊ばせておくのも極まりが悪いってうるさいんだよ。お歴々がさぁ」
ソファーにふんぞり返りながらクッキーを摘まんでいるのは、バルドルの親友、ヴァーリである。代々国の重鎮として、財務大臣を任されているアース家の一人息子であり、バルドルとは幼い頃、王家の剣術指南で知り合った仲だ。
初めは幼いながらも衝突していた二人だったが、ある時、剣の試合で決着をつけようという話になり、バルドルが彼をギッタギタに叩きのめして以来、二人はすっかり仲が良くなった。ヴァーリ曰く、コイツを敵に回すより味方にした方が得だと思った、とのことだ。財務大臣を務める家系だけあって、ヴァーリは損得勘定に長けている。それは人間関係でも同じなようで、彼は実父に負けず独自の価値観で人脈を作っているようだ。
「バカな事を。幽霊なんてものが…………いないとは言わないが、わざわざ相手をしに行くものでもないぞ。放っておけばその内成仏するだろう」
バルドルは極めて冷静に、こちらを見ずハンガーに掛けたばかりのコートにブラッシングしている。一張羅のコートだけあって、生地も仕立ても一流の品物だが、それにしてはやけにブラッシングが念入りだ。よく見るとしきりに手を動かしているものの、同じ場所ばかりにブラシを入れているようだ。その様子を見たヴァーリは苦笑しつつ、話を続けた。
「お前、そんな事言って幽霊が怖いってんじゃないだろうな?光魔法がありゃ楽勝だろうが、あんなもん」
「……ふざけるな、罪もない霊を光魔法で消し去るなど出来るか。レイスやスペクターとは違うんだぞ」
レイスやスペクターは、アンデッド系のモンスターである。どちらも霊魂の状態で現れる為、はっきり言って幽霊と何が違うのかヴァーリにはよく解らない。しかし、バルドルは一心不乱にコートにブラシを入れ続け、こちらを見ようとはしなかった。そこで、ヴァーリは何かを思いついたようにそっとクッキーの入っていた袋に空気を入れ、おもむろにそれを叩き割った。
パァンッ!
「おわぁっ!?な、ななななななんだ、何の音だっ!?」
「やっぱり怖いんじゃねーか!なんなんだよ、お前。剣を握ってる時は魔獣の群れですらお前にビビッて逃げてくのによぉ……」
「う、うるさい!剣で切れない奴は苦手なんだっ!そもそもお前、そんなに驚かせて俺が心臓マヒで死んだらどうする!?少しはデリカシーってものを持て!」
「…それ、デリカシーって言うのか?」
不意に大きな破裂音がすると、バルドルは飛び上がって一瞬にして部屋の隅に逃げた。よく見るとちょっと涙目になっていて、イケメンが台無しである。何を隠そうこのバルドルは、幽霊や実体のないモンスターが大の苦手な男であった。
長い付き合いなので、ヴァーリも薄々それには気付いていたのだが、まさか泣くほどだとは思ってもみなかったらしい。普段ならば泣く子も黙る勇猛果敢な親友がここまで弱い所を見せるのは初めてである。だが、ヴァーリはそこで引くほど、甘い男ではない。
「でもよ、この件を引き受けてくれりゃあ、父上が褒賞をたんまり出してくれるって言ってんだよなぁ。……割のいい話だと思わねーか?」
「む……それは、そうだが」
正直な所、バルドルが金に困っているのは隠しようのない事実だった。何しろエッダ家は、慢性的な資金難に喘いでいる貧乏侯爵なのだ。
この国は割合に平和で、他国との戦争も長らく起きていない。そんな中で騎士の仕事と言えば、領内や国内に散見される魔獣などのモンスター退治が主な仕事だが、それも最近ではずいぶんと数が減った。先程、ヴァーリが魔獣の群れですらバルドルからは逃げていくと言ったが、そんなものは数年単位でお目にかかっていない。
ちなみに祖父や曽祖父、更にそれ以前の先祖の代ではスタンピードと呼ばれる魔獣の大発生もあったと聞くが、ここ数十年は全く起きていなかった。敵がいない状況から必然的に騎士団は縮小され続け、予算も減らされて生活はカツカツである。母が亡くなり、バルドルが後を継ぐ少し前から、騎士達の仕事はもっぱら農作業という有様であった。侯爵と言えば聞こえはいいが、ここまで金のない貴族も珍しい。
それでなくとも、騎士というのは金食い虫な商売である。いついかなる時も動けなくてはならない為に、身体づくりは必須で、必要以上に食事を抜く事は出来ない。それでいて、訓練で身体を動かすせいか、余計に食費がかかるのだ。毎日のこととなると、それはバカにならない出費である。
しかも、装備は訓練でも酷使するので、メンテナンスや新規に購入する物も多いと来ている。バルドルが一張羅のコートを大事にしているのも、新しいものを仕立てる余裕がないからだった。
最近では、エッダ家を侯爵から男爵辺りに降格させてはどうか?という意見すらあるらしい。ただでさえ騎士団の運営と維持に金を食われていて、この上で爵位が下がるような事があれば、生活が成り立たなくなってしまう。現在のエッダ家は侯爵と名乗るにはあまりにも屋敷は小さく、使用人の一人もいない状態なのだ。代々続いてきた家が自分の代で取り潰しになることだけは、絶対に避けたい所だ。そんな彼にしてみれば、ヴァーリの言う通り、褒章は喉から手が出る程欲しい。
「褒賞か……ち、ちなみになんだが、オーディ様はどのくらい出して頂けると言ってたんだ?」
オーディはヴァーリの父であり、エッダ家とも縁の深い男である。幼い頃からバルドルの事を気にかけてくれていて、バルドルの母が亡くなった時には涙を流してその死を悼み、陰ながらエッダ家の援助をしてくれている。
「そうだなぁ。あの幽霊屋敷は王都の一等地だからな。解決すりゃあ、相当な金になるだろうし……たぶん、金貨100枚は余裕じゃないか?」
「ひゃっ、く……!?」
金貨100枚と言えば、騎士団の維持費三年分に相当する金額だ。それだけあれば、当分の間は部下達にいい暮らしをさせてやれるだろう。装備も古くなってきている事だし、思い切って新調するのも悪くない。ちょっと恐い思いをするかもしれないが、霊が相手なら、ヴァーリの言う通り光魔法でどうにかなるだろう。こうして、背に腹の代えられないバルドルは誘惑に負け、幽霊屋敷の調査に向かう事となった。まさかこれから、人生で一番の後悔をすることになるとも知らずに……
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