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王の一声

フレイヤは怒ると怖いです、色んな意味で。

「失礼致しました、では、反省の色が見えませんネェ?これだから騎士とは礼儀もマナーも知らない()()だと言われるのですよ。少しは恥というものを知りなさい。まぁ、父もいない貴方のような生まれでは、理解しろというのも無理な話かもしれませんねぇ。そんな教育さえ受けているのかいないのか……嘆かわしい」


 居丈高に嘲笑を続けるユミル。彼がどうしてこれほどまでにエッダ家を敵視しているのかと言えば、それは自身の一子、ボルの存在に起因している。ボルはバルドルの母フリッグと同い年で、かつては先々代のエッダ家当主、スノッリの元で騎士として修練を積んだ男であった。彼は騎士として剣の才覚を持ち、当時の騎士団内ではフリッグに負けず劣らずの実力者であったようだ。だが、彼はその優秀な才能と比例するように野心家で、またプライドが高かったのが最大の難点だった。

 

 時が経ち、スノッリが引退を口にした。そうとなれば次の当主と騎士団長の座は当然、スノッリの実の娘であり剣の腕も優秀だったフリッグが選ばれると誰しもが思っていた。しかし、そこで異を唱えたのがボルだ。彼は自分こそが次の騎士団長に相応しいとスノッリに直談判をした。血筋や家柄に囚われず、真に実力のある者が騎士団を率いる事が好ましいと言い放ったのである。


 これには、彼に目をかけていたスノッリも思わず苦言を呈した。そもそも、騎士団の統帥権を与えたのは、他ならぬ王家である。いかにそれが正論であるとしても、勝手にその立場を奪おうとする事は、王命に反する行為だ。誰もがその愚かな発言を一笑に付し、まともに取り合おうとはしなかった。ただ一人、ボルの実父であるユミルを除いては。


 ユミルは、自らが取り入っていた先々代の王に、息子の正しさを懇々と説いたという。当時の王は、自らの祖先が与えたエッダ家への職権を奪おうとまではしなかったが、ユミルの勢いに根負けし、間を取ってフリッグとボルが勝負をして勝った方に騎士団を任せると言いだしたのだ。

 そうして、フリッグとボルは一騎打ちをしたのだが……結果はぐぅの音も出ない程、ボルの惨敗であった。そんな息子の失態により、面子とプライドを傷つけられたユミルはそれ以来、エッダ家そのものを目の敵にするようになった。バルドルが王城を避けているのは、それが理由である。なお、ボルはユミルに泣きついたのか、王城を警備する専門の兵団である近衛兵達を指揮する近衛兵団を任されて現在に至っている。騎士団との確執はそこでもさらに深まっているという訳だ。


「……ッの!」


 騎士を粗暴な山猿とバカにされ、バルドル以上に怒りを見せたのはヴァーリであった。彼にしてみれば、親友と言っても差し支えないバルドルを罵倒しただけでなく、騎士という職業そのものを貶めるユミルの言葉に我慢ならないようだ。ヴァーリ自身、幼い頃は騎士になりたいと願っていたのだが、代々王国の財務を任されている家を継ぐ為に泣く泣く諦めたという経緯がある。その憤りはかなりのものだったが、寸での所でバルドルがそれを制止した。ここでヴァーリがユミルに何かすれば、言い逃れの出来ない最悪の事態を招くだけだからだ。


「止せ、ヴァーリ…!」


 片手と小声で何とか抑えられたのは、ヴァーリにも理性が働いていた証拠だろう。だが、問題は彼だけで済まなかったことだ。


 (なによ、この人。突然現れて好き勝手に……許せない!)


 バルドルの背中にくっついていたフレイヤも、ユミルに対して怒りの激情を持ち始めていた。バルドルの他は誰も気付いていないようだが、負の感情に引きずられ、美しい金色のフレイヤの髪が見る間に黒く変色していく。そして、恐ろしいプレッシャーを放ちながら、ざわざわとユミルの身体に髪が伸びていった。


 (マズい、マズいぞ。どうやってフレイヤを止めれば……!?)

 

 フレイヤの姿を認識出来ているのがバルドルだけである以上、大声で止めろと叫ぶ訳にもいかない。かといって、幽霊であるフレイヤは精神状態が自らの感情に大きく左右される為、ヴァーリのように簡単な制止で止められる状態ではない。そうやって思い悩んでいる間にも、怨念をまとったフレイヤの髪はユミルの足に絡みつこうとしている。遂にフレイヤの髪がユミルの足に食い込んだ、その時だった。


「そこまでだ。もうよい、止めよ」


 一団の先頭にいて、それまでの成り行きを見ていた男……グラズヘイム王国の現王、ローズルが声を発すると、ピタリと誰もがその動きを止めた。ローズルは国王だが、魔術師として稀代の才能を持つとされた男でもある。彼の発する言葉には、神の力が宿るとまで謳われるほどで、そんな彼が一声かけただけで怒りに呑まれかけていたヴァーリやフレイヤまでもが、一瞬にして冷静になったようだった。


「ろ、ローズル様…!?」


「ユミルよ。そなたの忠誠と献身にはいつも助けられておるが、バルドルもまたこの国を守らんとする忠臣なのだ。あまりお前達がいがみ合うものではない。解るな?」


「は…ははっ!」


 決して威圧している訳ではないというのに、ローズルの言葉には有無も言わさぬ迫力があり、ユミルは思わず震え上がったように小さくなっていった。それを確認した後、今度はヴァーリに向けて、ローズルが言葉を投げる。


「そなたはオーディの息子、ヴァーリ…だったな」


「はっ!」


「友を悪く言われて憤る気持ちは解るが、そなたもいずれはこの伏魔殿で働く事になる身だ。もう少し冷静さを保つよう心掛けた方がよいな。余にもそなたの敵意が届いておったぞ」


「そ…っ!?申し訳、ございません……!」


「王よ、父である私の教育が不足しておりました。不肖の息子の不敬どうか、ご容赦を」


「ふふっ、よいよい。若い内はそれくらい血気に逸っているくらいがちょうどよいわ。面白いものが見れたというものよ、行くぞ」


 ローズルはそう言うと、余裕の笑みを絶やさぬままに、付き従う大臣達を連れて城の奥へと歩いていった。オーディもそれに続き、後に残ったのはバルドル達だけである。


「ふーっ…!焦ったぜ。ったく、王様もどうせなら、もっと早くあのハゲ爺(ユミル)を止めてくれりゃあいいのによ。しっかし、とんでもねーよな、王様の圧はよ」


「バカ言え、肝を冷やしたのはこっちの方だ。全く、お前が短気を起こしてどうする?何かあればオーディ様の立場まで悪くなるんだぞ。俺のことなど、何を言われても放っておけばいいんだ」


 もはや自分の事は諦めているのだろう、バルドルはあっさりと自分を切り捨てるように言い含めようとしている。もちろん、ユミルの言い種にバルドル自身も腹は立っているのだが、父がいない事を世間がどう感じるのかは、これまでの人生でよく解っている。今更それを指摘された所で、突然父親が湧いて出てくる訳もなし、真面目に怒ってみせたり、食って掛かるのは相手の思う壺だとよく理解しているのだ。それよりも、自分のせいでヴァーリやオーディの立場が悪くなる事の方が、よほど嫌だと感じるのがバルドルという男であった。


「フレイヤも、俺の事で怒ってくれるのは嬉しいが、ああいうのは止めてくれ。と言っても、君は制御が難しいかもしれないが……どうした?フレイヤ」


「……え?あ、ううん。ごめんなさい、何でもないわ」


 バルドルが声を掛けたても、フレイヤはどこか上の空に見えた。そして、去って行く王達の背中をフレイヤはそのままじっと見つめている。

 

 (ローズル陛下……確かに私と目が合ったような気がする。それに、あの足音…あれは、あの時の黒い剣士によく似てた。……あの中に、あの時の剣士がいるというの?)


 フレイヤの頭の中で、グルグルと疑問が浮かんでは消えていく。その思いを吐露するきっかけのないままに、バルドル達は王城を後にした。


 その翌日から、ユミルは謎の高熱を出し、三日三晩女の悪霊に追いかけられる悪夢を見たとバルドル達が聞かされたのは、しばらく経ってからの事である。

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