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王城での一幕

イヤなヤツ登場。

なお、作中の慣用句はあくまでフィクションです。

 ヴァナディース公爵邸を出た一行は、口数少なく馬車に乗り込んだ。親譲りで経済に詳しいヴァーリには、あそこに置かれたワイン達の価値を考えて言葉が出ないようだ。一方バルドルは、母の形見の中で、どの貴金属を質に入れるのが良いかを真剣に考えていた。


「その……ごめんね、バル。役に立てなくて。私、そんなに高い物だとは思っていなかったから」


「ん?…ああ、君が謝る事じゃないぞ、フレイヤ。自分の領民を労うのに、他人から貰ったもので済ませようとした俺が悪かったんだ。まぁ、酒代くらいは何とかするさ」


 そう言いながら、頭の中で目星をつけたのは、母フリッグが生前あまり好みではないと溢していたジェリーガーネットの指輪である。ジェリーガーネット自体がそんなに高い物ではないし、デザインも古いので高い値はつかないだろうが、後で買い戻す時にはその方が助かるということでもある。

 そんな会話をしていると、それまで黙っていたヴァーリが会話に入ってきた。


「フレイヤちゃんと話してるのか?ってか、お前、酒が必要ならウチから持ってけよ。ウチは父上も母上も酒なんか飲まない割に、色んな所から貰うんで余ってんだ。唸るような極上酒って訳じゃねぇから、手土産にはそっちの方がいいだろ」


 ヴァーリはそう言って、少し疲れた顔で苦笑してみせた。どうやら、よほどさっき見たワインの価値が衝撃的だったらしい。この国の財務を長年見てきた一族であるヴァーリからすれば、あのワインがバルドル達とは違う見え方をしているに違いない。

 一方、フレイヤはヴァーリの言葉を聞いてさらにシュンとしてしまった。せっかくバルドルの役に立てると思っていたのに、思わぬ事で躓いたせいだろう。バルドルは何とも言えず答えに窮してしまう。貰い物を手土産にするのは良くないと言ったその口で、ヴァーリの話に乗るのは良くない気がする。背に腹は代えられない状況だが、フレイヤが幽霊とはいえ、女の子を悲しませたくはなかった。


 返事を躊躇うバルドルを見て、ヴァーリはその内心を察したのかバッチリとウィンクをして、やや強引に話を逸らした。


「あー、まぁ酒はともかくよ、父上に褒章の話をしてみればいいんじゃねーか?一応仕事は進んだ訳だし、前金程度は出してくれるかもしれないぞ?」


「そう……だな」


「おっし!そうと決まれば善は急げだ。父上はこの時間ならまだ王城にいるはずだ、行こうぜ」


 ヴァーリが馭者に合図をすると、馬車は少しスピードを上げて動き出す。バルドルが王城に行くのは、母の後を継いで侯爵になった時以来である。どうもバルドルは、貴族でありながらあまり王都には出向きたがらないようだ。何故そんなに足が重いのかとフレイヤは気になったが、その理由はこの後の出会いで明らかになる。



 

 王城・アウズンブラ。王都の中央に位置し、巨大な石造りのこの城は、神話の時代にこの世界を支配していた巨人族が建てたという逸話があるほどに大きく、雄々しい白亜の城だ。

 

 正直な所、神話というものはお伽話としてしか認識していなかったバルドルだったが、先日のゴーレムを見てしまってからは、全てが眉唾物であるとは思えなくなっていた。

 

 そもそも、この城は白竜陶石と呼ばれる特殊な石で出来ているが、この白竜陶石は非常に堅く、切り出すのが困難な石材だったりする。その為、これほどの城を造る規模で用意するのは現在の技術をもってしても不可能だという。しかも、白竜陶石が取れるのは、王都からかなり離れた他国でのみなのだ。神々の力を持ってして……という逸話が生まれるのも仕方ないことだろう。


 馬房に馬車を預け、三人は正面から王城内に入っていく。久し振りの王城は相変わらず荘厳で、空気そのものが違って感じられた。それはバルドルだけでなく、フレイヤもそうだったようで、まるで初めて来た場所のようにキョロキョロと視線を走らせては、ふんふんと珍しそうに頷いていた。


「この時間、父上は大臣室にいるはずだ。このまま行こう」


「ああ。しかし、急に来てしまったがよかったのか?アポを取ってからの方が良かったんじゃ……」


「なぁに、他ならぬお前だからな。訪ねてきたのが他の奴ならいざ知らず、お前なら昼寝してる時に叩き起こしたって父上は温かく出迎えてくれるさ」


「そうか。……そうか?」


「バルって、その大臣様に凄く気に入られてるのね。凄いじゃない」


 フレイヤの言う通り、ヴァーリの父、オーディはバルドルの事を高く買っている。それはバルドル自身も昔から感じていたことだが、それが何故なのかはよく解らないままだ。元々、バルドルには父親がいないので、それを不憫に思われていたのだろう。その程度の認識である。なので、オーディがバルドルにそこまで気を許してくれるとは思えないのだが、ヴァーリは自分の予想を信じて疑わないようだ。

 

 そうして、広い王城の通路を抜けてしばらく進むと、ちょうど大臣室から出てきたオーディと鉢合わせることになった。


「父上!」


「ん?ヴァーリ、どうした?……おや?君は、バルドル君か。久し振りじゃないか、元気そうで何よりだ」


「オーディ様、ご無沙汰しております。オーディ様こそお変わり無いようで、安心しました」


 バルドルが挨拶するとオーディはニコニコと笑って頷いてみせた。オーディという男は、今でこそ財務大臣ではあるが元々は強力な魔法を扱う術師であったらしい。また腕っぷしもかなりのもので、大柄なその身体は見事なまでに鍛えられており、とても文官とは思えない肉体を持っている。左目を常に眼帯で隠しているのは、若い頃に賊と戦って負傷したのだとか、強力な魔法を生み出す代わりに神へ差し出したなど、まことしやかに噂されてもいた。


「先日の報告は読ませて貰ったよ。各地に魔獣の群れが出没しただけでなく、魔獣を生み出す闇にゴーレムと思しきモンスターか……にわかには信じ難い話ではあるが、君の予測が正しければ今後も魔獣の発生は続くということだな?」


「はい。今の所、あの闇は他に見つかっておりませんが、アレが増える様な事があれば、大変な事態になるかと。しかし、いつどこで発生するものかは現時点では解りません。俺の杞憂であればいいのですが……」


 深刻な事態を想像し、ヴァーリを含めた三人が曇る。ちょうどその時、コッコツコッコツという、独特な足音が彼らの元に近づいていた。


 (えっ?この足音、は……)


 いち早くそれに気付いたフレイヤがその音が聞こえてくる方向へ視線を向けると、そこには華美な装飾を施した貴族と思しき男達が見えた。


「おやおや…神聖なる王城で立ち話とは、品の無い真似をなさいますナァ?いつからここは、馬宿の軒になったのやら」


 長く伸びた髭を遊ばせ、杖を突いて歩く老人男性がバルドルを睨みつけていた。ちなみに馬宿の軒とは、馭者や馬の管理者達が休憩中にタバコを吸いながら軒先で世間話をする様を揶揄した慣用句である。貴族が暇を持て余す低級労働者を嘲ようという意味合いを持った言葉だ。


「……ユミル卿、お久し振りです。大変失礼を致しました」

 

 その一団を視界にとらえたバルドルとヴァーリは、即座に立膝で跪いた。その男、ユミルはこのグラズヘイム王国で内務卿を務める公爵である。先々代の王の時代から厚遇されている彼は、常日頃からバルドルを、いや、エッダ家を目の敵にしている。このユミルの存在こそ、バルドルが王城に来ることを避ける最大の理由だったのだ。

 

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