再び、公爵邸へ
世の中には酒精強化ワインというものがあるようで、200年経っても熟成するそうです。
今回出てきたのもそういうタイプのワインだと考えて下さい。
「ハーッハッハッ!お前が女連れどころか、幽霊連れて帰ってきたとはなぁ!?アッハッハ!」
豪快に腹を抱えて笑っているのは、ヴァーリである。彼は先日の、ヴァナディース公爵邸での幽霊退治を依頼してきたオーディ大臣の代わりに、バルドルの屋敷へやって来たのだ。見ず知らずの男がやってきたからか、フレイヤはやや引いているようだ。どうもフレイヤは、あまり男性が得意ではないらしい。理由は自分でもよく解らないというが、その目に微かな怯えがある事は、バルドルにも見抜く事ができた。
「声がデカい…馬車の中は狭いんだから、そう大声で笑うなよ」
三人は現在、ヴァーリの乗って来た馬車で王都に向かっている最中である。事の次第を説明するついでに、フレイヤが譲ってくれるというヴァナディース公爵の遺した酒を受け取りに行く為だ。バルドルは下戸ではないが、騎士団長としていつでも動けるよう普段からあまり酒を飲む事がないので、酒の良し悪しが解らない。なので、ヴァーリに着いてきてもらってアドバイスを貰おうというのだ。
「ああ、悪い悪い。しかし、これまでフラれてばっかりだったお前がなぁ……やっぱりお前の良さはそんじょそこらの生きた婦女子には解らんってことだよ。ククク……」
「もしかしなくてもバカにしてるだろ?久々に剣の稽古でもするか?鍛えてやるぞ、二~三日飯も食えないようになれば少しは静かになるだろう」
額に青筋を立てながらバルドルが笑う。顔は笑っているが、背中には鬼の顔が見えるようだ。バルドルの背中にくっついているフレイヤはすっかり怯えてしまっていた。
「そう怒るなよ、悪かったって!それにしても、俺には見えないが、フレイヤさん?ってのは今もいるのか?」
慌ててヴァーリが話を変えようと、明後日の方を向いてフレイヤを探している。二人にとってはいつものやり取りなのだろう、バルドルは溜息と一緒に怒りを抜いて答えた。
「ああ、いるよ。それなりに霊感がないと、彼女の姿は見えないらしい。後は、よほど波長が合うか…なんだろうな」
バルドルには完璧な形で見えているフレイヤだが、実際に他の人間で彼女の姿を見る事が出来たのは、ドヴェルグといつかの盗人達の仲間くらいのものだ。フレイヤ自身が見せる相手を選ぶことも出来るようだが、ウルのように霊感の無い人間にはそれも無理である。ヴァーリもそのタイプなのかは解らないが、いまいち判断基準が解らない。
「なんだ、勿体ねぇなぁ、俺も見てみたかったぜ。彼女、相当な美人だったらしいじゃないか」
ヴァーリもまた、バルドルに仕事を依頼するにあたって、ヴァナディース公爵家の事は下調べをしていたようだ。80年前とはいえ、公爵家の令嬢フレイヤは美人で有名だったようである。普段の血塗れ姿からは想像もつかないが、確かにあの時、女神のような輝きを放っていた時のフレイヤはとても美しかった。ヴァーリがもったいないと嘆く気持ちも解らなくはない。
「バル…私、この人ちょっと恐いわ」
「……悪い奴じゃないんだ。許してやってくれ」
怯えた様子でバルドルの背中に隠れているフレイヤに、バルドルは苦笑していた。ちなみに、一張羅のコートは大半がフレイヤの血で紅く染まってしまっていた。幸い、普通の人間には彼女の血を見る事は出来ないので、普段使いには問題ないが、見る者が視れば、何ともおぞましい姿に見えることだろう。
「お?彼女、なんだって?」
「……お前が怖くてウザいから黙って欲しいとさ」
「なんだそれ!酷くねぇ!?」
そんな冗談交じりに、三人を乗せた馬車は王都へと進んでいった。
「さて、ここがそのワインセラーか。いやはや、壮観だなぁ」
ヴァナディース公爵邸に着いて、早速三人はフレイヤの案内でワインセラーに入っていった。前回バルドルが来た時は、血痕を頼りに進んでフレイヤの下へ辿り着いたので、ここに来るのは初めてである。80年もの間、人を一切立ち入らせなかったワインセラーは、静けさと微かな寒さを湛えていて、そこに並んだ数々の酒瓶達はまるで墓所で眠りにつく遺体のように身じろぎもせず、ただそこに在った。
ヴァーリはワインセラーに入るや否や、近くにあった酒の中身をチェックし始めた。初めは鼻歌混じりだったのが、にわかに顔つきが変わり、冷や汗を搔きながら丁寧に瓶を戻している。
「俺は酒に明るくないんだが、どうだ?土産に良さそうなものはありそうか?」
「お前な……いや、考えてみりゃ公爵家のワインセラーなんだから当たり前か。これ、どれもこれもトンデモねーお宝ばっかりだぞ!?見ろ、これなんてディスカッフィの100年モノだ!状態も完璧なほど良いし、これ一本で王都に2件は家が建つぜ!」
「え、そ、そんなにか!?」
ディスカッフィは、隣国でも有数なワインの銘柄である。その味と香り高さから世界中のワイン好きから愛飲されていて、まだ若いワインでさえ金貨5枚はくだらないと言われている。ちなみに金貨一枚でバルドル個人の月収半年分に相当すると考えればその驚きっぷりも理解出来るだろう。
それを皮切りに、ヴァーリは次々に酒の鑑定を始めた。当然ながらバルドルはそれについていけず、またフレイヤは普段から父や兄が飲んでいたものなので、余り価値がよく解っていなかったのか、二人してポカンとヴァーリの動きを眺めている。
「おいおい!こっちはドゥマネサンマーニの7番じゃねーか!?こんなの、王家に献上したっていいくらいだっての、に……」
何やら暗号のような名前を叫んだと思えば、ヴァーリはそのまま固まってしまった。何があったのかさっぱり解らないので、バルドルとフレイヤは顔を見合わせてヴァーリが再起動するのを待っている。やがて、数分間の活動停止を挟んで、ヴァーリはギギギ…と軋むようなゆっくりさでバルドルに顔を向けた。
「こ、これ…ドゥマネサンマーニの7番……さ、300年物だ」
「300っ!?だ、大丈夫なのか?それ、もう酢になってるんじゃ……」
「いや、これだけ保存状態がいいんだ。たぶん、問題なく酒として飲めるはずだ……だが、こりゃあ…国の財産になるレベルだぞ」
ドゥマネサンマーニは、以前、フレイヤが好んでいたと言っていたサンマニ領で作られているワインの名称だ。数あるサンマニ領のワイン蔵の中でも最も優れた蔵で作られ、限られたものだけが、最高品質の証である7番を名乗る事が出来る。しかも、寝かせれば寝かせただけ味が熟成されるというワインに於いて、300年という時間の経過は途轍もない価値を生み出す。何しろ、ワインは生き物であるが故に、それだけの長い時間、完璧な形で保存するのが難しいからだ。ヴァーリの知る限り、現存する最も古いドゥマネサンマーニでも100年に満たないはずだ。
ドゥマネサンマーニと言えば、ほのかな甘みと渋み、そして酸味のバランスが見事に取れているのが特徴の酒である。またワインの命とも言えるその香りは、ドラゴンでさえ一嗅ぎで黄金の夢を見るとまで謳われた代物だ。何故、ドゥマネサンマーニの年代物が珍しいかと言えば、それだけ美味しい酒だからか、皆我慢できずに飲んでしまうのである。それの300年物となれば、どれだけの値が付くのか想像もつかない。
それもこれも、このワインセラーの持ち主が80年も前に亡くなっているせいだった。フレイヤの父、ヴァナディース公爵が手に入れた時点で200年超という信じ難いレアな酒だったはずが、それを飲む前に亡くなってしまった為に、更に80年間熟成する時間を与えられたのだ。これはまさに、奇跡という他ない代物だろう。
予想外の大物が出てきた事で、三人は言葉を失い、結局それらを全て元に戻して公爵邸を後にした。もちろん、ワインセラーには強力な封印魔法をかけて、だ。ここにある酒は、どれもおいそれと手土産に出来るものではない。バルドルはいよいよ、質入れするモノを決めねばならないと頭を悩ませるのだった。
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