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悪霊令嬢だって恋をする

ちょろインな悪霊

ロンダールでの騒動から三日が経過した。バルドルはフレイヤを連れて自宅に戻り、現在は各地に出動した一番~五番までの騎士団大隊からの報告を処理している所だ。ちなみに肩の傷はロンダールに常駐している国教会の僧侶が魔法で治してくれた。フレイヤを見て除霊すると言い出さないかヒヤヒヤしていたが、どうやら僧侶にも彼女の姿は見えなかったようである。


 ゴーレムを撃破した後、助けにきたウルとドヴェルグに事情を説明すると、二人は合点がいったという表情で頷いていた。ただでさえ女性に縁のないバルドルが、フレイヤのような令嬢を袖にして、恨まれるほど粗雑に扱うとは思っていなかったのだろう。成り行きで憑りつかれていると聞いて、ウルは爆笑したまま痙攣してしばらく動かなくなるほどだった。フレイヤ曰く、ウルはバルドルがピンチだと聞いて真っ先に飛び出したというが、その有り様を見るとどうにも信じられなかった。


「ふぅ……とりあえず、各隊の休みの調整はこんなものでいいか。しかし、あの闇の塊がどこにも確認されていないとはな。てっきり、各地で魔獣が現れたのも関連があるかと思ったが、ロンダールが特別だったのか?」


 目頭を軽く押さえて、目をマッサージする。ここしばらくは書類仕事などやっていなかったので、どうにも疲れる仕事だ。バルドルとしては、剣を振るっている方が性に合っているのだが、そうも言っていられないのが、領主兼騎士団長の辛い所である。


 ロンダールの坑道の奥で見た、あの闇の泉…そこに落ちたロリポリが魔獣化したことから、魔獣騒ぎの原因がそれであることは明らかだ。しかし、別の場所ではそれが見つからなかったと言う事は、また別の要因が魔獣の群れを呼んだ事になる。つまり、これで騒動が終わったのではないのだ。今回は部下達の活躍でそれぞれの群れを排除することは出来たが、またいつ何時、魔獣の群れが現れるか解らない。これは、由々しき事態である。


 反対側のソファで紅茶の香りだけを楽しんでいたフレイヤに視線を向けると、彼女はいち早くそれに気付いて顔を背けた。あの戦いの後、幽霊なのに気絶した彼女が目を覚ましてから、ずっとこの調子だ。仕事の邪魔をしないように静かにしてくれるのはいいが、チラチラとこちらを見ては、バルドルが視線を返せばサッと視線を逸らしてしまう。何がしたいのか解らず、バルドルは困惑するばかりであった。


「あー…フレイヤ。紅茶が気に入らなかったか?悪いが、それはうちにある一番いい茶葉なんだ。君が生前飲んでいたものよりはグレードが落ちるだろうが、勘弁してくれ」


「えっ?い、いや、そうじゃなくて……だ、大丈夫よ!とってもいいお茶だわ!とってもよく干された干し草みたいな香りね!」


「ほ、干し草……!?そんなに酷いか…?」


 バルドルは怪訝な顔をしながら、自分用に注いだ紅茶の香りを確認している。紅茶の香りが干し草のようだとはあんまりな言い種だが、実の所、フレイヤは紅茶の香りなどよく解っていなかった。何故なら彼女は目を覚まして以来、どうにもバルドルを意識してしまっていたからだ。


 (ああっ!どうしよう!?私、今すっごく顔が熱い。絶対顔が赤くなってるわ……ば、バレてないかしら?!)


 フレイヤの顔が赤いのは主に彼女自身が流す血のせいなのだが、フレイヤは幽霊だけあって鏡に映らないせいか、どうも自分を客観的に見る事が出来ないらしい。フレイヤは公爵令嬢であったが、前述の通り、当時の婚約者であったロプト王子からはろくに相手もされず、また他に親しい男性もいなかった為か異性や恋愛というものに耐性がなかった。そのせいだろう、自分を庇ってくれたバルドルの態度に胸を打たれた挙句、気絶から覚醒した時に彼の腕の中にいたのが相当な衝撃だったようだ。バルドルの事が気になって仕方がない、そんな様子である。


 まさかそんな事になっているなど露とも知れず、バルドルは紅茶を口に含みながら首を傾げていた。家にある中では一番いい茶葉を出しているのだが、エッダ家のそれは、一般的な大衆店で売られている茶葉の中ではちょっとお高めくらいのものである。到底、王家や公爵家の茶会で出されているような最高級品でもなければ、国外から取り寄せた珍しいものという訳でもない。自分が知らない上流階級の茶葉と今飲んでいるそれが、どの位違うものなのか、仮にも侯爵という立場にある人間が解らないのはマズい、そう思っている顔である。


「ところで、あの時の事はまだ何も思い出せないのか?」


「ひゃいっ!?あ、あの時……そうね、まだ、よく解らないわ」


 ドギマギしながらバルドルの顔を眺めていたフレイヤは、突然声を掛けられて素っ頓狂な声で返事をした。バルドルが言っているのは、あのゴーレムと戦った時、フレイヤの様子が大きく変わった時の事である。実際にフレイヤ自身、ほとんどよく覚えていないのだが、あの時の彼女は普段とは全く異なる姿であった。女神のような威光を放ち、バルドルに尋常ならざる力を与えたあの姿はただ事ではなかった。

 しかし、フレイヤはそれを全く覚えていないという。バルドルが調べた所、ヴァナディース公爵家は王家の遠戚ではあるものの、彼らはれっきとした普通の人間である。もちろんフレイヤもだ。また、あの時聞いたヴァルキュリアとは戦いの女神だが、それとヴァナディース公爵家との関わりも見つからなかったのだ。本人が覚えていないとなると、お手上げである。


(或いは、あのロンダールという土地に秘密があるのかもしれないな。…落ち着いたらもう一度、足を運んでみるか)


「ああ、そう言えば、ドヴェルグに渡す酒を用意しないといけないんだった。……また金がかかるな」


「お酒?ドヴェルグさんに?」


「ああ、ドヴェルグはああ見えて……いや、見ての通り無類の酒好きなんだ。給料が入ればとにかく酒につぎ込んでしまうもんだから、母上が怒ってな。ついでに何かの折には酒を送るようになったのさ。その流れで、俺もドヴェルグに無理を聞いてもらった時には、酒を送ることにしているんだ。特に今回は、魔石の採掘が上手くいっていなかった所へ持ってきて、俺の救助に手を煩わせただろう?少しは差し入れしてやらないとな。…その酒代もバカにならないんだが」


 苦笑しつつ、財布の中身を確認すると、中身は侘しい物であった。それでなくとも、今回は全部隊を出動させているので出張費が嵩んでいるのだ。実費は後で王家に請求するとして、使用した装備のメンテナンス代や、負傷した団員達への手当てはエッダ家持ちである。それらを考慮すると、流石にドヴェルグの酒代を用意するのは厳しそうだった。とはいえ、バルドルにとって、臣下や領民への施しをケチる事などプライドが許さない。いざとなれば、母の遺した貴金属をいくつか質入れする覚悟である。

 そもそも、ヴァーリの父、オーディ財務大臣から件の褒賞が貰えれば困る事もなかったのだが、如何せん、頼まれた仕事は半分成功半分失敗と言った所だ。フレイヤという霊の存在は確認できたが、バルドルに憑りついてしまったのは果たして排除出来たと言えるのだろうか?近く、首尾を確認しにヴァーリが訪れることになっているが、褒章が出るかは怪しいと言わざるを得ない。


「それなら、うちのお酒を持っていったらどう?」


「うち…?というと、ヴァナディース公爵邸の?」


「ええ。うちもお父様とお兄様がとってもお酒好きだったから、ワインセラーにたくさん残っていると思うわ」


「それは願ってもない話だが、本当にいいのか?」


 正直な所、その申し出はありがたく、喉から手が出るほど欲しいものだ。しかし、仮にも亡くなった人物の遺した物を頂くというのは墓場泥棒のようで気が引ける。バルドルが遠慮がちにそう尋ねると、フレイヤは優しく微笑んだ。


「もちろん構わないわよ。どうせ私は幽霊(こんな)だし、誰も飲む人がいないんじゃ、お酒だって可哀想だもの。バルドルの役に立ててくれた方がよっぽどいいでしょう」


 まさに天の助けとも言えるフレイヤの申し出に、バルドルはありがたく乗る事にした。これで何とか、母の形見を守る事が出来そうだと、バルドルはホッと胸を撫で下ろすのだった。

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